あやとり
山から川に向かう斜面に広がる住宅地。リバーサイドに、おれんち。となり一段高くなって、ゆいちゃんち。同い年、おれの幼なじみだ。さらに上、草原を越えたエリアの大きい家が、あやちゃんち。あやちゃんと12歳年が離れているお兄さんは、おれと幼なじみが訪問すると優しく歓迎してくれる。あやちゃんがいくつなのか、おれもゆいちゃんもハッキリと知らない。おれたちより学年が上だから、年上なのは確かだが。
ままごと遊びで厄介だったのが
あやちゃんと夫婦のときのこと
「ちがう」
「そうじゃない」
「こうでしょ」
だめだしオンパレードで
しめくくりは
「このグズって言って。ねえ言って、言ってよ、ねえ」
どういう意味かハッキリわからなくて
けれども意図は理解したのか
おれは涙を流していた
ないている自覚がなく
ふうっと汗かくみたいに涙
あやちゃんの兄が加わって
「おまえなんかに大事な娘はやらん」
とビンタくらって
思わず本気で殴り返したら
兄妹から本気で怒られた
「なんてことしやがる!」
「なんてことするのよ!」
どこまで本気で
どこから演技か
なにもわからず
それでも本気で殴り返したのは
正真正銘おれの素直な気持ちがベース
家庭が見える
っていうひともいたけれど
ひとつひとつの過程に
望みや求めるものがあらわれていて
実は間逆の家庭模様ってこともある
ちなみに
あやちゃんの兄が恋人の家に初めて招かれたとき
大歓迎だったそうだし
恋人の父親から言われたセリフは
「うちの娘をよろしくたのみます」
みたいな感じ
ままごと遊びと違うけれど
ある程度の年齢となった思春期あたり
いつもはそんなこと言わない兄妹が
なにかスイッチ
はいったみたいに
演劇モードで
「うちの娘」よばわりしたりされたりで
ときどき おれに からんできた
おれの幼なじみは あやちゃんのことを苦手と言っていた
だからっていうわけじゃないけれど
だんだん あやちゃんちに行かなくなっていったのは本当だし
あの家にお邪魔しない限り
あの兄妹が演劇モードになるのを見たことがない
ちょっといつもより多い人数でボーリング場のレストランに行ったことがある
たぶん誰かのバースデーだ
ケーキが出たし
かたつむり?
どれも小さなお皿にのってて
けれど次~次へと運ばれてくる
たぶんただの炭酸水ちょっと甘い炭酸水
だったはずだけどシャンパンみたいなシールが貼られている瓶で
おれはお酒を飲むような気分にひたっていた
ビールもワインも飲んだこと無いから
雰囲気だけでそれ飲んだ気分
イメージだけで酔っ払えた
あやちゃんが言う
「ちゃんと言ったの? あの子に」
なんとなく察して答えたのは
「もちろん。ちゃんと言ったさ」
目を丸くして まばたきしてるかわかんない瞳で彼女
「そう じゃあ よかったね」
と
てっきり いつもみたいに微笑むと思ったその瞬間
ひたすらぬるい水みたいに なにかが醒めたみたいな空気
ひさしぶりに兄貴と会ったとき
おれは幼なじみと一緒に歩いていて
遠くから
『やあ』『よお』という視線
で
バッタリ遭遇するぞの瞬間
「おやおやっ、おやおや~。
ちがう女と一緒だと、おやおやっ、おや~?」
と誰!?な反応をするから
なんだそれって思ったのとほぼ同時に
幼なじみが声を出していた
「あやちゃんのお兄さん、ひさしぶり~
奥さんも元気そう?」
奥さんも?
すこし離れたところ
買い物中の奥さん
っていう空気に気づいたのかたまたまか
あやちゃんのお兄さんの恋人いまは奥さんの彼女が
こちらに手を振った
「あいかわらず仲いいね」
向こうの彼女と おれの隣の彼女が ほとんど同時に言った気がした
「へええ。そんなこと、あった。へええ」
あやちゃんと電車でバッタリ会ったとき話した
話題がなくて会話が切れると
「へええ」
ってなってた
塾に行くのがイヤで
そのくせ「別の塾の模試も受けるから」と父に言ってもらったお金で
カセットテープを買っていた
なんでおれこんなことしてるんだろうな
って
いつも考えてた気がする
「へええ。そんなことあったの。ふーん」
と幼なじみが言う
「うん。バッタリでビックリした」
「ふーん。元気そうだった?」
「よ?」
「うん、目に浮かぶ。ふーん」
塾をサボるとなぜか気が滅入るので
なんだかんだで受講するけど
自習室は居心地悪いから
いつもの喫茶店で話すわけだけど
なんだかどうにも話題がなくて
話題がないのに いつも会話とにかくひたすらしゃべっていた
そんなふうに記憶している
ふと
子供の頃にしかできない遊びってあるよな
ふと
勉強しろ勉強しなさいってさんざん言われたけど
ふと
勉強は大人になってからも続くし
社会人になってからの遊びは もはや遊びと言うより本気モードだし
ふと
おれは思うよ 子どものときこそ遊んどけ
遊んで遊んで遊びつかれて そろそろ別のなにかをしたいと思えるまで
とことん遊んでおいたほうがいいぞ
けど
腑に落ちたよ
親が子どもにするアドバイスは 親が後悔してることだって
親が子どもに厳しく言う理由は 親が後悔してるからだって
つまりさ
「子どもの時にしかできない遊びってあるからな。飽きるまで遊んどけ」
って そのまんまおれ自身の後悔に由来しているものなのかもしれない
ああ言えばこう言うみたいに
すべて言葉のあやだよ
って
思い出すそばから流れて消える車窓の景色
すぐ忘れるよ
よく知ってる
もう忘れたよ
よく覚えてる
商店街がシャッター街になってしまうなんて予想もしなかったけど、ふと、なにかの拍子でバッタリ会うたびに懐かしさがこみあげるけど、それはほんの一瞬。ときどき考えてしまう、「いいんだよな、あってるよな?」と彼が誰で彼女が誰かを確認せずにいられないほど。変わったわけじゃないけれど、いや、見た目は確かに変わったかもしれない。見た目よりも雰囲気のほうが問題かな。いや問題ってわけじゃない、問題なわけがない。じゃあ、いったいなんなんだろう。