第6話
「――えっ?」
少し遅れて、驚きの声を上げるライリーさん。
まるで信じられないものでも見るように、こちらを凝視してくる。
「いえ、だって先程、私に挨拶してくれたでしょう? だから、おはようございます」
「え、ああ、うん。おはよう」
私が再び挨拶をすると、今度はライリーさんも戸惑いながらも挨拶を返してくれました。
「えっと、セイラさんってそんなキャラだったっけ?」
「キャラ、と言われますと?」
「いや、なんていうか……普段はもっと、高飛車な感じ?」
「えーっと、それ本人に言います?」
「いやだって、わざとやってたでしょ?」
「――え?」
ライリーさんのその言葉を聞いて、思わず私ははっとしてしまいました。
なんと彼は、これまで私がわざと嫌われるように振舞っていた事に気付いていたのです。
「あはは、見てれば分かるよ。セイラさんが、どうして自分からわざわざみんなから嫌われるような事をしてるのか、ずっと不思議だったんだ」
人からこんな事を言われたのは、初めてでした。
だから不覚にも私は、そんなライリーさんに対して少しだけ興味が湧いてしまったのです。
この人の目には、一体私はどう映っているんだろう――。
そんな事が気になってしまった私は、これは当初の目的からも外れないし好都合だと、それからも彼にちょっとずつ干渉するようになりました。
ただ干渉すると言っても、至って普通の会話をするだけです。
「さっきの授業で聞き逃した事があるから、ノート貸してください」
「ライリーさんは、何か課外活動や部活動などには所属されてるのですか?」
「そのお弁当、お野菜ゼロですね……」
「あ、肩にホコリついていますよ」
私はこうして、何かあれば積極的にライリーさんへ話しかけるようになっていきました。
私の的にされてしまった可哀そうなライリーさんはというと、同じくクラスでは一人な事もあってか、そんな私に対してもちゃんと全てに返事をしてくれました。
「ノート? 字汚くてもいいならどうぞ」
「帰宅部ってのに所属してるよ」
「何言ってんだ? フライドポテトがあるだろ。ポテトは野菜だぞ?」
「ん? ありがと」
そんなライリーさんとの他愛のない会話は、本当に全てが新鮮でした。
ロレーヌ公爵家という爵位、そして私の容姿すらも気にする素振りを見せないライリーさんとの会話は、私の乾ききった心をどんどんと潤わせてくれるようでした。
――こんな人、初めて。
何も無かったこの学校生活。
私の中の興味は、もう完全にライリーさん一色に染まってしまっているのでした――。
◇
あっという間に下校の時間がやってきました。
普段なら退屈な一日も、ライリーさんのおかげで今日だけは充実しているように感じられました。
そんなライリーさんはというと、ようやく一日が終わったと気怠そうに一回伸びをすると、早々に鞄を持って立ち上がる。
そして私の方を向いて、「それじゃ、また明日」と一言だけ残して帰って行きました。
――また明日、ですか。
何気ないその一言。それでも、私にとってはとても嬉しい一言でした。
また明日もライリーさんとお話しが出来ると思えるだけで、これまでのただ気怠いだけだった学校生活も少しだけ楽しみになっている事を自覚する。
もしかして私って、実は結構チョロいのでは……? なんて心の中で笑ってしまいながら、私も席を立ち帰る事にしました。
しかし教室を出る際、私は一つの変化に気が付く。
相変わらず誰も話かけてこようとはしないものの、クラスの皆がこちらを見てきているということに――。
その表情はどれも、驚いているような何とも言えない表情を浮かべている。
そしてその向けられる視線の中には、元許嫁であるルーカスさんも含まれているのでした――。