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第2話

 それは、放課後の出来事でした。

 忘れ物をした事に気が付いた私は、誰も居ないはずの教室へと戻る。


 すると教室からは、何やら談笑するような声が聞こえてきました。

 こんな時間に誰だろうと思いながら覗き込むと、そこには隙あらば私の周りに集まってくるそこそこの家柄の子達が、何故か全員教室に残っていました。


「にしても、今日もセイラ様きつかったなぁ」

「だなー。ああいう女の事を、顔だけ女って言うんだろうな」

「本当よ、私も家の事があるから仕方なく近くに居るようにしてるけど、本当勘弁って感じ」

「あはは、正直に言い過ぎだってば」


 彼らが話していたのは、なんと私への悪口でした。

 これが所謂、陰口というやつなのでしょう。


 それでも私は、いざこうして他人から悪く言われてみても、何も思うところはありませんでした。

 何故なら、全て彼らの言う通りだから。

 私は彼らに対しても、これまで本当に好き勝手に振舞ってきたのですから。


 ――だからこれは、分かってはいたこと。でも、この場はどうしたものでしょう……。


 もう忘れ物については、どうでも良くなっていました。

 何となくここにいる事を知られたくないと思った私は、そのまま今来た道を戻ろうと後ろを振り向く。


 しかし、振り向いたその先には、私の良く知る人の姿が待っていました――。

 


「――聞いただろ? みんなお前には、もううんざりしてるんだよ」



 そこにいたのは、私の許嫁相手であるルーカスさんでした。

 彼は苦々しい表情を浮かべながら、絞り出すようにそう私に告げてきたのです。

 彼も頭では分かっているのでしょう、私相手にそんな事を言ってはならないと――。


 それでも彼は、止まらなかった。

 いいえ、きっと止められなかったのでしょう。


 これまで我慢してきたものを全て爆発させるように、私の駄目なところを次々に語り出す彼の言葉を、私はただ黙って聞いていました。


 すると、その騒ぎに気付いた教室にいた人達もこちらへ集まってくる。

 そして全員、ここに私がいる事に気付くと驚きと絶望の表情を浮かべる。


 今陰口を言っていた相手がこの場にいるのです。

 そのような反応を見せるのも当然と言えるでしょう。


 しかし、人間とは数が集まれば気も強くなるものです。

 彼らは堰を切るように、ルーカスさんに便乗する形で私への不満を全てぶつけてくるのでした。


 そんな彼らの言葉を、私は全て黙って聞きました。

 どんな言葉を投げかけられても、全ては自業自得。

 だから傷つくとかそういった感情は一切湧いてこず、代わりに私は清々しさすら感じてしまっておりました。


 だってこれは、全て捻くれた自分が招いた当然の結果なのだから。

 日頃から甘やかされるだけだった私は、初めて同世代の相手から真っすぐに感情を向けられている。

 それがたとえ酷い言われようだとしても、こうして人からちゃんと否定されている事に喜びすら感じてしまっているのです。



 ――これで私も、お人形から人間になれるのかしら。



 そんないびつな思いを抱きながら、不満を全て聞き終えた私は彼らに一言だけ告げる。



「――皆さんのお気持ちはよく分かりました。では、ここで私とあなた達の縁は全て断ちましょう」



 清々しい気持ちで、私は彼らに向かってニッコリと微笑みながらそう告げました。

 だったらお望み通り、お互い関係を綺麗さっぱり断ってしまいましょうと。


 すると彼らの表情は、見る見るうちに青ざめていくのが分かりました。

 たった今自分がしてしまった事の重大さに気付き、絶望しているのでしょう。


 この国において、貴族の爵位は絶対。

 公爵家の生まれである私の機嫌を損ねてしまえば、私の匙加減で彼らだけでなくご家族の身分すらも危ぶまれるのです。


 だからこそ、彼らは親の言いつけをしっかりと守り、これまでこんな私の相手を我慢し続けてきたというのに――。


 だから私は、そんな無力で哀れな彼らに向かって、最後にもう一言だけ付け加える事にしました。


「あぁ、安心して下さい。この件を騒ぎにするつもりはございません。だからあなた達は、安心して私から離れて下さい。それからルーカスさん。あなたとは許嫁の関係にありますが、それもこの際解消いたしましょう。この件は、私からお父様へ説明させて頂きますわ。当然これも、貴方やご家族に不利益が生じないように伝えますのでご安心下さい」

「――あっ、い、いや、それはっ!!」

「では、ごきげんよう」


 私はそれだけ伝えると、ゆっくりとその場から立ち去る。

 去り際の彼らの顔は、驚きと不安の交じり合った絶妙な表情を浮かべており、勝手ですがその顔が見られただけでも今日の……いいえ、これからの人生の収穫とさせていただきましょう。


 そう思いながら、私はいつもより軽い足取りで家路につくのでした。



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