最終話
「先程はその、色々とすみませんでした……」
「俺はいいよ。でも良かったね」
「良かった、ですか」
「うん、無事にルーカスくんと仲直りできたみたいで」
「ああ、ええ。そうですね」
ライリーさんと並んで歩く帰り道。
改めて私が謝罪をすると、ライリーさんは優しく微笑みながら受け止めてくださいました。
そんな優しいライリーさんだからこそ、私も一つの覚悟を決める――。
「……それでですね。察しの良いライリーさんならもうお分かりかと思うのですが、私は――」
周囲に人のいない木陰下。
バクバクと胸が張り裂けそうになりながら、私は胸の内に秘めた思いを告げる事にしたのです。
しかし、まるで私の話を遮るように、ピタリと立ち止まるライリーさん。
そして、私を真っすぐ見つめながら気持ちを整理するように一息つくと、その口を開く――。
「えっと、ごめん。俺から先に一ついいかな?」
「え? は、はい」
気持ちを伝えようとしていただけに、戸惑ってしまう。
けれどライリーさんは、きっとこれから大切な話をしてくれるのでしょう。
だから私も、まずはその言葉を聞く事にしました。
「何ていうかさ、俺って人と違うし、周りからはよく変わってるって言われるんだ。そのせいもあってか、ご存じの通り友達は少ないし、オマケに別に頭が良いわけでも運動神経が良いわけでもない。だからかな、自分で自分に期待していなかったし、これからも俺はこんな生き方をしていくんだろうなって何となく思っていたんだ」
それは、初めて聞くライリーさんの胸の内側の話。
その事を明かしてくれるのは嬉しいけれど、並べられる自虐的な言葉にどうお答えすれば良いのかが分からない――。
「でもさ、さっきのやり取りで気付いたんだ。――ああ、なんだ俺。セイラさんの事が好きだったんだなって」
「……理由をお伺いしても、よろしいでしょうか?」
「理由、か――。そうだな、最初は正直、セイラさんの事は変わった子だなって少し気になっていたんだ。何でこの人は、俺と違ってそれだけ裕福で容姿もとても綺麗なのに、その全てを自ら台無しにするような生き方をしてしまっているのだろうってね。でもさ、話をするようになって分かったんだ。なんだこの子、自分を偽っているだけで、全然悪い子なんかじゃないじゃないかってね。だからこそ、理由が気になった俺はセイラさんの心の内を探ろうと思っていたんだ。――でも、セイラさんとする会話は楽しくてさ、気が付くとセイラさんの事を考えてしまっている自分がいたんだ」
そう前置きをして、ライリーさんは一度深呼吸をしたのち言葉を続ける。
「さっきのルーカスくんとのやり取りで、俺も分かっちゃったんだよね。俺がセイラさんに抱いている感情は、もう興味だけじゃなくなってるんだって。――セイラさんの事が好きだから、ルーカスくんが許せなかったんだって」
恥ずかしそうに頭を搔きながらも、ライリーさんはしっかりと自分の気持ちを言葉にしてくれました。
初めて打ち明けてくれるその心の内の言葉に、私はライリーさんから目を離せなくなってしまう。
見つめ合いながら、改めて向き合う二人――。
「だから、セイラさん。こんな俺ですが、付き合ってくれませんか?」
「――はい。こちらこそよろしくお願いします」
返事をするとともに、頬を伝う一筋の感触。
今日は本当に泣き虫だなと思いながらも、その涙を止める事はできませんでした。
これまでの人生において、こんなにも嬉しい事なんてあったでしょうか――?
いいえ、きっとありません。
だからごめんなさい、今だけは全てをさらけ出させてください。
これまで作り上げてきた心の壁が、涙とともに洗い流されていく――。
こうして私が泣き止むまでの間、ライリーさんは私の事をずっと優しく抱きしめてくれるのでした。
◇
「おはよう、セイラ」
「おはようございます、ルーカスさん」
登校すると、先に教室にいたルーカスと朝の挨拶を交わす。
そんな私に対して、ルーカスの隣にいるミリスさんが不満そうに睨んでくる。
あの一件から暫く経った今。
なんとルーカスは、隣のミリスさんとお付き合いをする事となったそうです。
実はミリスさんは、ずっとルーカスに対して思いを寄せていたそうで、ミリスさんの方から告白をする形でお付き合いすることになったとか。
だからこそ、元許嫁である私に対してあまり良い感情を抱いていないようです。
気持ちは理解できますし、これには半分は当事者であるルーカスも苦笑いを浮かべるしかない様子。
私としては、できる事ならミリスさんとも仲良くなる事が出来れば嬉しいのですけれど。
ルーカスはというと、初めはミリスさんの告白に対して返事を保留にしていたそうです。
まずは時間をかけてしっかりと自分の気持ちを整理し、そのうえでミリスさんとちゃんと向き合う覚悟を決めたのだと聞きました。
もう私の時のように、許嫁だからとか、相手の容姿など上辺だけで相手を見るのではなく、自分自身の心でしっかりと相手の事を考えたかったからというルーカスの言葉に、私は少し胸を痛めました。
もしも、幼い頃の私がもう少しだけ強い心を持っていたら、今頃どうなっていたのでしょう――なんて考えが一瞬頭を過りましたが、すぐにその考えを取り消しました。
だって、結局私はルーカスには相応しくありませんから。
そう思えるのは、今の仲睦まじいルーカスとミリスさんの関係を見ていれば分かる事です。
「今日も朝からお熱い事で。爆発しろ」
そう不満を漏らしつつ、遅れてやってきたのはアレンくん。
あの時、ライリーさんとルーカスの言い合いを仲裁してくれた方です。
そう言うアレンくんも女性からおモテになるのに、どうやらずっと特定のご相手はできていないようで、一人でいじけるアレンくんの態度に私達は一緒になって笑ってしまう。
こうして皆で一緒に笑い合える関係が、今の私にとっての大切なモノの一つなのです。
暫く皆と談笑したのち、自席に座っていると隣から椅子を引く音が聞こえてくる。
「――はよ」
そしていつもと変わらず、小さな声で朝の挨拶をしてくれる男の子。
それは今の私にとって、最も大切で愛おしい存在――。
「はい、おはようございます。ライリーさん」
朝の弱いライリーさんを元気付けるため、私は満面の笑みとともに朝の挨拶を返す。
「ちゃんと今日も、お弁当を作って持って参りましたからね?」
そして私が言葉を続けると、机に突っ伏していたライリーさんは少しだけ不満そうに顔を上げる。
「それはありがとう……でも、野菜は苦手なんだよ……」
「あら? 好き嫌いは駄目ですよ? 野菜もちゃんと食べてください。でないと――」
「でないと、なんだよ?」
「将来一緒になった時、病気になられても困りますから」
自分で言っておいて、恥ずかしさから顔が見る見る熱くなっていく。
それはライリーさんも同じで、見る見るうちに顔が赤く染まっていく。
「――そうか。じゃあ、食うしかないな」
そして恥ずかしそうに視線を逸らしながら、ライリーさんは小さく呟くのでした――。
そんなライリーさん――いいえ、私が今お付き合いしているカレの可愛らしい反応に、自然と幸せな笑みが零れてしまうのでした。
幼い頃に拗らせてしまい、すっかり物語上の悪役令嬢のように育ってしまった捻くれた私。
ですが今では、一緒に笑い合えるお友達、それから何よりも大切なカレが傍に居てくれるおかげで、退屈だった学校生活も毎日が楽しく過ごす事ができるようになったのでした――。
まるで悪役令嬢な私を変えてくれたのは、貴方でした ~完~
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