第13話
ルーカスに対して、はっきりと告げられたライリーさんの言葉。
その言葉に対して、ルーカスは言葉を詰まらせる。
しかし、それでも納得はいかないご様子で、再び口を開こうとした時その肩へポンと手が置かれる。
同じクラスのアレン・デュークさんでした。
「――ルーカス。お前達の間に何があったのかは知らない。でもさ、今のやり取りだけ見るとお前が悪い。それに、見ろ――」
そう言ってアレンさんは、私の方を見る。
訳が分からない様子でルーカスもこちらを向くと、その表情には狼狽の色が現れていく。
――どうかしたのでしょうか。
その理由が分からない私でしたが、頬に伝わる一筋の感触に気が付く――。
――これは……涙?
そう、私の頬を伝ったそれは、紛れもなく涙でした。
でも何故、急に涙が――そう思いながら、私はずっと隣に居てくれるライリーさんの方を振り向く。
するとそこには、私を安心させるように微笑んでくれているライリーさんの姿がありました。
その優しい微笑みを前に、私は涙の理由に気付いてしまう。
――ああ、そっか。私、嬉しかったんだ。
さっきのライリーさんの言葉が、私は嬉しかったんだ――。
――ライリーさんだけは、こんな私の事をちゃんと見てくれた。
――ライリーさんだけは、こんな私の事をちゃんと理解してくれた。
――ライリーさんだけは、こんな私の事を、守ろうとしてくれた……。
そんな喜びに、私は一つの気付きを得る。
ずっと胸にぽっかりと空いていた穴の原因に、ようやく私は行きついたのです。
――私はずっと、誰かに自分自身を認めて貰いたかったんだ。
ライリーさんは、こんなちっぽけな私に空いていた心の穴すらも埋めてくれた。
だから私は、覚悟を決める。
涙を拭って一歩前へ踏み出すと、ルーカスの前に立つ。
「――今更こんな事を言っても、無駄なのは分かっています。それでも、これだけは言わせてください――――これまで、沢山のご迷惑をおかけいたしました。本当に、申し訳ございませんでした」
その謝罪とともに、私は深々と頭を下げる。
そんな私からの突然の謝罪に対して、教室内はざわざわとどよめきだす。
それもそのはず、皆さんは私とルーカスが会話しているところなんて一度も見た事が無いのですから。
「――幼い頃から、私は私ではなく、この容姿とロレーヌ家という爵位を目当てにされてきました。それはきっと、ルーカスさんも同じだったと思います」
「いや……それは……」
「いえ、いいのです。だから私は、周囲に対して壁を作るようになりました。誰も私自身の事を見ようとしないのならば、私の方から嫌われてやろうと思ったのです。その結果、次第に捻くれていった私のせいで、ルーカスさんには本当に沢山のご迷惑をおかけしてしまいました」
私は、自分の心の内を吐き出す。
話をする事で分かって貰いたいとか、許して欲しいなど都合の良い事を考えているわけではありません。
こうして全てを明かす事こそが、ルーカスに対する最低限のけじめだと思ったから――。
「――では、もし俺が、あの頃の事は全て無かった事にして、もう一度許嫁に戻って欲しいと言ったらどうする?」
ルーカスから、まさかの言葉が返ってくる。
いきなり「許嫁」という言葉が飛び出した事に、再び教室内にはどよめきが広がる。
今時許嫁だなんて、中々聞かない言葉でしょう。
それだけ私達貴族というものは、特殊な存在というだけです。
私はルーカスの言葉に対して、はっきりと向き合って返事をする。
「それは、お断りさせていただきますわ」
「理由を聞いてもいいかな?」
「ええ、どうやら私は、畏れ多くも恋をしてしまったようなのです。ですから、そんな浮ついた気持ちのままルーカスさんと向き合うのは、大変失礼な事だと思いましたので。たとえそれが、親同士の決めた許嫁だとしてもです」
私はルーカスの事を真っすぐ見つめながら、はっきりと答える。
ルーカスはというと、私の思いに対して気を抜くような溜め息をついた。
「――まぁ、そうなんだろうな。知ってた」
「知ってた、とは?」
「だってここ最近のセイラは、俺には一度も向けてくれたことの無い表情をしていたから」
「そう、ですか……」
「正直に言うと、俺は悔しかったんだ。どうしてその表情が、ずっと近くにいた俺ではなく、こんなぽっと出の平民に対して向けられているのかってね。でも改めて考えてみると、俺は俺で駄目だったんだ。ずっとセイラに対して、ちゃんと向き合おうとしてこなかったから。だからこれは、お互い様なのさ」
「お互い様……」
「うん、だからさ。――良かったら俺と、改めて友人になってはくれないか?」
何か吹っ切れたように、ルーカスはその言葉とともに手を差し出してくる。
「友人、ですか。でも……」
散々迷惑をかけてきた私が今更友人だなんて、そんな事許されるのでしょうか……。
「友人と言っても、何も特別な話じゃないさ。朝会えばおはよう、そして帰りにはまた明日。そう言葉をかけ合える、普通の関係さ」
「――なるほど。ええ、それでしたら」
恐る恐る、私はルーカスの手を取る。
するとルーカスは、少し後悔するように微笑んだ。
「――その、何ていうか……俺も以前、色々言ってしまってすまなかった」
「そんな! 謝らないでください! あれは全て私が悪いのですから!」
「はは! まぁそれもそうだなっ!」
慌てて謝罪をする私に向かって、ルーカスは悪戯に笑った。
それはあの時と同じルーカスの本音。でもその本音は、あの時とは違っていた。
それが私も嬉しくて、言われているのについ笑みが零れてしまう。
「――よし、じゃあ俺は行くよ。ライリーもその、色々言ってしまってすまなかった」
「いや、俺は別にいいさ」
「そうか、ありがとう。それじゃ、また明日」
「ええ、また明日――」
また明日――。
まさかその言葉が、ルーカスから聞ける日が来るとは思いませんでした。
「じゃあ、俺達も帰ろうか」
「え? ええ、そうしましょう」
完全巻き込む形となってしまったが、ライリーさんは微笑みながら声をかけてくれる。
その言葉に安心した私は、もう何も包み隠す事無く一緒に微笑むのでした。




