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9 先輩2


 声のした方向を向くと入り口には先生の姿が確認できた。


「先生、戻ったんですか。これは先輩に人間の楽しさを教える活動なので口説いてません。そもそも先生とかがしっかり彼女の面倒見ればいいのに見て見ぬふりするから。彼女はまだ十六歳の少女ですよ?」


「自分より年上を少女とか言っちゃうんですかぁ?」


「事実ですから? 遊び相手とは言いませんけど話し相手になればいいのに。」


「私はいらない。」


「人と話さないと話せなくなりますよ。自分から可能性を狭めるのは非効率的じゃありませんか?」


「…………今は後輩君がいるからいい。」


「俺もいつまでもいませんよ。」


「彼女が人の話を聞くのは珍しいですねぇ。きっと教師陣や国のお偉いさんが大歓喜しますよぉ。」


「彼女を利用しようとするなら彼女の親でも許しません。俺は非才な身の上ですが窓口を閉めるくらいは可能です。彼女は存外しっかりしてそうなので俺が出るまでもないかもしれませんけどね。」


 というか彼女、国だの学園だのと交渉して好条件を勝ち得てくる女傑だし。むしろ俺が邪魔。隙にならないようにしないとね。


 さっき見たところ防犯対策があったから俺も拐われないように気を付けないと。


「後輩君頼りになる。」


「というか普通に俺の頼みでも聞いちゃ駄目ですよ、先輩。吹けば飛ぶ家柄なので人質に弱いんですよ俺は。……あ、やっぱいまのなしで。」


「何か作ってほしいの? 依頼料凄いけど。」


「それでいいです、しっかりしといてくださいね。今はありませんけどいつか土下座でお願いするかもしれません。石化回復薬とかは作るのが難しくて俺は多分無理ですから。」


「でも作れるでしょう?」


「いえ、ですから……。」


「そのくらい作れるでしょう?」


「あの……。」


「私の助手なら作れるよね?」


「…………精進します。」


「いい返事。よしよし。」


 撫でるの好きなのかなこの人……撫でられる描写も撫でる選択もなかったけど。資料集にも無かったなぁ……。


「どっちが年上なんでしょうかねぇ。」


「先輩です。生活力は乏しいようですが専門知識では勝てません。」


 俺は回復ポーションで回復できる理由を答えろとか言われても答えられない。製法と材料なら知ってるし作業も多少は出来るけど。


「爆発ポーションは専門知識。」


「あれから生成できる薬は答えられますがその薬は作れません。錬金術が必須じゃないですか。陣がムズすぎですよ。」


「もっと難しいの描けるって言ってませんでしたかぁ?」


「あぁ……あれはズルして描くんですよ。あと複雑ですが実はそんなに難しくないんですよね。」


 うん、難しくないよ。生け贄いるんだけど膨大な魔力で代替可だし。魔石で行ける行ける。


「何で知ってるの?」


「物識りだからですよ。」


「……今は詮索しないけどいつかは教えてくれる?」


「えぇー……先輩が他言しなくて気持ち悪がらなくて協力してくれるならそのうち教えます。」


「…………協力?」


「悪いことじゃないです。先輩に時間以外の損もさせません。」


「…………それはそのとき考える。」


「拒否じゃないだけ上々です、ありがとうございます。」


「そんなに言えないようなことなの?」


「言えませんよ。」


「……ミラベル教諭は知ってるのに?」


「知りませんよ。」


「私の前で嘘が付きたいならもっと徹底しないと。」


「…………先生には脅されました。」


「酷い風評被害ですねぇ。自分で勝手に話したんじゃないですかぁ。」


「いえ、脅されました。個室で悪戯されそうなったんです。怖かったです、先輩。」


「……ミラベル教諭、それは教師としてどうかと思います。」


「あながち否定できない言葉遊びをするのはやめましょうかぁ。それに彼女に睨まれると私も立場が悪くなるんですよぉ。」


「じゃあ会長に泣きつきます。」


「職員会議になるのでやめてくださいねぇ。」


「悪戯されたらそれはそれなんですけどね。冗談はこのくらいで……脅しましたよね?」


「……もうそれでいいですよぉ。」


「後輩君を虐めたら怒りますよ。学園をやめてしまったら折角出来た助手がいなくなります。この部屋のこんなに綺麗な姿はここを渡されて以来です。」


「虐めませんよぉ。私にも事情があって、彼にも事情があって、結果話してくれただけですぅ。……それに迫ったのは私ではなく彼ですよぉ。」


「結婚してくれるかと聞かれたので検討しただけです。至って普通ですよ。客観的事実として先生は美人ですし聡明で、欠点と言えば俺があと五年くらい早く生まれてこなかったことですね。」


「ミラベル教諭、彼は真面目なので私と同じ冗談が通じない人種です。そもそも生徒に結婚してくれるかと聞いておいて迫ってきたのは彼だとは暴論が過ぎるのではないでしょうか?」


「……ごもっともですぅ。」


「色々な情報から流れの想像は付きましたが他言するつもりはありませんのでとりあえずはご安心ください。後輩君を泣かせたら別ですけど。」


「………………どんな想像ですかぁ?」


 先輩は黙って目尻に人差し指を置く。その次に頭をコツコツと叩いた。


 それを見た途端、先生の目が少し怖くなって少し笑顔がひきつった。俺も自然に笑えている自信がない。


「なんのことですかぁ?」


「確証は取れたので確認は結構です。確かに闇に葬られたはずの一族が存命しているだなんて世間に知れたら色々大変ですからね。特に貴族として生きていると言うことは当時の王家が生かしたと言うことです。その辺の関係は複雑ですからね。」


「…………………………何故、知っているんですか?」


「私も物識りなので……と言ったら怒られそうですね。歴史書の空白と民話、噂の類いで不自然な部分は珍しくありません。たまたま見つけた中にあっただけです。」


「そんな詳しい話があるはずないのですけど。」


「ありませんでしたよ。ですからあちこち調べて矛盾を潰していきました。最終的に仮説として残った物の中から後輩君を脅せそうなものを限定、鎌をかけたわけです。反応がおかしかったので確定ですね。興味ありませんから教諭が後輩君を泣かせない限りは好きにしてください。後輩君がいなくなったら……どうしましょうかね?」


「…………化け物め。……ってちょお!? 何髪ぐちゃぐちゃにしてくれてるんですかぁ! 絡まったら大変なんですよぉ!? それに人の頭勝手に触るなんて何事ですかぁ!?」


 俺は黙って手を離し先輩のところへ行く。そしてポニーテールになってた綺麗な髪をほどいてこっちもぐちゃぐちゃにした。


「………………何で私まで……。」


「先輩、俺前世の記憶があるんですよ。」


「ちょお!?」


「先生、どうしたんですか? 嫌いになりました?」


「…………待って、混乱してる。理解できないのだけど……何?」


「もう全部ぶっちゃけますね。俺だって命は惜しいですけど思ったより堪え性なくて。」


「ロレンス君!?」


 俺はもう全部ぶっちゃけた。先生がなにやら張ってくれたので頭を下げておく。


 前世の名前は……思い出せないが、享年十七歳は確かだ。


 両親の顔とか育ててくれた祖父母の顔とか友人の顔も名前も微妙だ。


 ただ授業を受けた記憶も酷く薄らぼんやりとした葬式の記憶も……この世界の記憶もある。


「さあ、存分に蔑んで気持ち悪がるといいですよ。文字通りの化け物が目の前にいます。今すぐ爆殺したって誰も責めやしませんよ。」


「後輩君…………?」


 二人とも呆然としている。そりゃそうだ。先生だって読みきれてなかっただろうし。


 先生は途中は少し冷静になっていたようだったが最後の一言で驚いたようだ。何に驚いたのかは知らない。


「俺は大分気持ち悪いでしょう?」


「…………うん。」


「そりゃそうですよ。俺だって引きます。むしろ怖いです。」


 二人は黙りこむ。やってしまった感はあるが仕方ないと思う。

 だって自分を偽って生きるのは思った以上に性に合わなかった。思ったら手が出てた。


「…………もうやめてくださいよぉ。」


「何をですか?」


「何でそこまでするんですかぁ?」


「何の話か分かりませんが俺が馬鹿だっただけでしょう。」


「…………………………後輩君はいい子。」


「気に入った人間がこんなですいませんね。全く……だから助手なんて無理だと言ったんだ。」


「後輩君はいい子。間違いない。」


「確信ですか。」


 ……俺は気付いたら抱き締められてた。びっくりだ。


 ふらぁっと動き出して意識したら抱き締められてた。暗殺一家の娘かなにかなのだろうか。……それは先生か?


「後輩君はいい子。」


「壊れたラジカセですか。」


「…………私の過去も知ってるんでしょ?」


「知ってますね。」


「私の性格も。」


「知ってますね。」


「私のスリーサイズも。」


「上から82、64、87ですね。ナイスバディー。運動してなくて食生活も適当なのに神様はずるい。」


「運動はしてる。……考えられる可能性はいつかある。けど結局今が大事。最初から私に友好的だと思ったけどなるほど、得心が行った。君は私を知っていた。そして利用方法が分かっている。」


「そこ違います。取り入りたくて取り入れるほど先輩が甘い人なら俺は絶対に信用しません。」


「ほらいい子。……どこまで本音?」


「全部ですけど? 過去とか知らなくたって先輩は凄い人です。噂に踊らされる人は馬鹿ですね。」


「普通は何を考えているのかを見透かされるのは怖い。」


「俺の特大の秘密はぶちまけてしまったので怖いものはありません。強いて言えば父に迷惑をかけることでしょうか? 健康で不自由なく育ててくれたのにこんなわけのわからない息子で申し訳ないです。」


「私も色々思うけど……私に重要な事は知ってるはず。」


「利用出来るか出来ないか。良かったですね、死んでもいい奴隷一号が手に入って。」


「そうだけどそうじゃなくて……あぁ、もどかしい。私は君が言ってくれたことを忘れない。してくれたことを忘れない。君は私の後輩君で、助手で、友人だ。」


「………………先輩は心が広いですね。」


「化物って呼ばれたのが嫌で自分の秘密打ち明けて全部うやむやにする大馬鹿者には言われたくない。言われ慣れてるのは知ってるはず。」


「それで心を動かされないほど無頓着でもいられない人だと知っているつもりですよ。」


「ほら、いい子。やっぱりそうだった。」


「…………………………悪いですか。大好きな先生と大好きな先輩が喧嘩してるの見たくなかったんですよ。ライバルとか、そういうのならいいんです。でもただ悪意をぶつけあって傷つけあう姿は見たくなかったんです。先輩は口が固いですし先生は弱味を握ってます。話しても処刑はされないと考えたのもありました。」


「でも関係が修復不可能になって私が嫌がらせする可能性を考えなかったわけじゃないでしょ?」


「…………そうですね。」


「やっぱり大馬鹿者。……そんなに私が好きだったの? その私じゃない私が登場するゲームで。」


「魔王が一番好きでした。」


「……嘘でも頷けばいいのに。」


「俺はこの世界が、貴方達が好きなのでそんなつまらない嘘はつきません。先生に限って言うなら主人公ですらありませんでした。ただ、好きなものは好きです。」


「ふむ…………ねぇ、君の家って貴族との交流は少ないんだよね? 派閥とかも?」


「強いて言うなら田舎派閥です。」


「主要な薬剤の作り方は知ってる……君、私で欲情できる?」


「却下です。先輩はとても魅力的な女性ですが正直困ります。」


「振られちゃった。……既成事実作ればいいか。実家は黙らせて学園も黙らせて国も黙らせれば私は便利な助手君と平和に研究が出来る……。」


「何に釣られてるんですか。」


「後輩君。だって君以外に私を受け入れられる人間がいると思う?」


「実体験としていますよ。」


「それは似て非なる私。私は後輩君と出会った。後輩君は君の中の私に自分のした言動を振り返って言ってみた?」


 うんっと? 先輩に気に入られる、初の友人、怪物否定……フラグと好感度足りないな。

 あと過去否定か? これは好感度ある程度あれば上がるか。それを含めたら……。


「ルート入る前の前の前ですね。先輩は過去を乗り越えて成長するので代替イベントがあれば時期は関係しないと思います。」


「……ちょっと複雑だけどそういうこと。」


「………………それはまやかしですよ、先輩。」


「君は私を私として判断した。ちゃんと見て、話して、自分の知識との相互性を確認した。その上でそれを省みず私を優先した。……嬉しくないはずがない。私は君を否定しない。ちょっと特殊な予知持ちだと思えばいい。」


「……気持ち悪くないんですか?」


「気持ち悪い。だって動機と目的と行動が一つじゃないから。」


「…………そうですかね?」


「君の最適解は私に接触、知識を活用し籠絡。次に主人公達を懐柔、レベリングする。私を馬車馬のように働かせて必要土台を整える。復活前に乗り込み倒す。そのあと魔王を復活、隠遁させて卒業。功績の対価として役職を要求。私と入籍、もしくは私を円満に切り捨てて王都で好きに動きながら領地を見守る。子供をもうけて領地を継がす。あとは好きにすればいい。登場人物達は幸せになり君は目標を叶えられる。」


「何ですかその畜生は。」


「そもそも復活を知ってて無視したら被害が出る、そちらの方がよほど非道。それに本人達は幸せで君に感謝する。恩が売れる。将来が有望視されるなら特にその恩の価値は計り知れない。教諭は無視する。何故なら不確定要素だから。」


「…………むぅ。」


「不満なのは分かる。だって君はそれを選択しなかったから。それは君の趣向なのだから。私と初対面をしたように全ての人間と新たに関係を作るつもりなのでしょう。知識とか経験とか一度置いておいて。……私はそれがとても好ましく見えた。そして君には悪いけど苦悩するその姿に歓喜し安堵した。」


「……同類だと思われたなら至極の喜びです。」


「だから私は君となら結婚してもいいと思った。……そもそも貴族の結婚は利益と不利益の天秤。君は私で決める必要もない。……ただ、私は君と時間を共有できるなら悪くないと思う。助手が出来て実家から干渉されず、互いに秘密を共有してる。利点がある。愛だの恋だの分からない私だけど私を知ってる君なら教えてくれるかもしれない。私を諭したように。」


「…………つまり?」


「素敵な夫婦になれそう、だから私と結婚しましょう? もともとそんなつもりは無かったけど君ならまあいいかな。変な男を宛がわれるより比べるべくもないくらいマシ。」


「ちょっとぉ、忘れてませんかぁ?」


「これは私と彼の問題ですから教諭は関係ありません。」


「……私だって口説かれたのにぃ。結婚してもいいって今日言ったのにぃ。」


「本当? 彼女のがいいの?」


 ……不味いぞこれは。どうしようか。


「あ、やっぱりいい。困らせたいわけじゃない。」


「……二人ともそんな都合よくていいんですか?」


「私にとって君は都合のいい男だった。それだけ。」


「同じくですねぇ。君がよくても全てなげうって求める情熱は無いんですよぉ。」


「何故なら君が駄目なら結婚しないだけだから。元よりそのつもり。」


「何故なら君が婚活手伝ってくれるからですねぇ。どうせ五年くらいは私を選んではくれないようですしぃ。正直今は私ではなく君に選択肢が移ってしまいましたねぇ。」


「私は悪くない選択肢だと思う。お金は自分で稼ぐし多少の貴族的な付き合いは出来る。高位貴族との繋がりも出来る。健康で若い。」


「それは私への当て付けですかぁ?」


「貴族に対する自分の評価として出産可能かどうかは重要だと思いますけれど。」


「…………そうですよねぇ。受け入れてくれる彼が珍しいんですよぉ。」


「あの……貴方達本気ですか?」


「おどおどしてたら持ってかれるので全力キープを維持しますぅ。」


「私としてはどちらでもいいから判断は任せる。ただ選んでくれたら嬉しい。」


「……あの生きる機械みたいな人が少女のようなことを言うなんて感慨深いですねぇ。」


「先生、先輩への当たり強くないですか?」


「……あー、一応理由があるんですよぉ。嫉妬とかじゃなくてですねぇ、彼女には直接言った方がいいんですぅ。そうすると学習しますのでぇ。怪物や化物だとは思いますけどねぇ。秘密さえバレなければ可愛い生徒の一人なんですけどねぇ。警戒していたのにバレるとは思いませんでしたぁ。」


「生きる機械は関係ないのでは?」


「前にもう少し人に興味を持つよう言ったらなんて返されたと思いますぅ? 時間の無駄ですよぉ? 今こんなにも時間を浪費して君と話していることが私にはとても奇っ怪に映るくらいですぅ。」


「私自身不思議ですが彼とは話していたいんです。ストレスを感じません。」


「……俺達初対面ですよね?」


「それは私達の感想ですねぇ。そういえば好意には返報性があるそうですよぉ。所謂告白されたら意識しちゃう奴ですねぇ。君は私達を対象者……まあ恋人擬きと認識し好意を向けてるわけですから多少なりと返したくなるんじゃないですかねぇ。」


「それそのものが気持ち悪いと思うんですけど。」


「自分の存在の証明なんて私には出来ない。だから他人がこれはゲームの世界だと言っても私はそれに反論できないし君はそれを証明できない。つまり意味がない。あとは嫌悪感があるかどうかの問題で私も教諭もない。」


「そうですねぇ……本当にゲームの中だとしたら世界の真理が判明するわけですからぁ。腐っても魔法学研究者の末端としてその現象に興味があれど感情とは別問題ですねぇ。殺しちゃうなんて勿体ないですぅ。殺すくらいならバラして脳味噌観察しますよぉ。」


「私達をただのキャラクターとしてしか見ていないわけではないでしょう? なら私達は否定する必要もない。君は嘘を付かなかった。」


「気持ち悪いと切り捨てるには私達にとって受け入れられるという意味が大きすぎますねぇ。爪弾き者の厄介者ですからぁ。」


 ……そうか、この人達根っからの理系か。記憶云々に関しては俺をモルモットとしてしか見てない。


「…………俺にとっても大きなことなんですけどね……。十年以上黙って抱えてきて三年くらい不安と対峙してきましたから。だって一歩ミスれば世界滅びますからね。しかも俺がやらなきゃダメなんです。知ってるから、導かなきゃ。」


「だからいい子。男の子って感じ。」


「それ言いたかったのにぃ……背負い込むのは仕方ないですが私達に提供する見返りとして抱え込む必要もないんですよぉ。いざとなったら包丁持って二人で突撃すればいいんですぅ。」


「包丁? 戦うならちゃんとした武器を持つべき。その辺の用意は出来そう。」


「…………二人揃って。馬鹿なんですか?」


「君には言われたくないですねぇ。」


「これでも学園一の天才で王国の頭脳とか呼ばれてたりするから馬鹿じゃない。私だって私が情に流されることを今知った。」


 やば、泣きそう。堪えろ涙腺。先輩の胸で泣くのは情けないぞ。お前、貴族だろ。いけるいける。

 それに泣いていいのは母親と配偶者が死んだときだけって父さんが言ってた。


「ところで離してもらえませんか?」


「え……やだ。」


「またそれで寝るんですか?」


「眠くないから大丈夫。もし寝たら君も休んでいいよ。」


「あの、ご飯……。」


「あ、食べてなかったんですねぇ。食べさせてあげましょうかぁ?」


「この二人は……。」


「ところでぇ。十年前に思い出したってことは通算二十七歳ですかぁ?」


「五歳から十五歳をやり直しても累積はされないと思います。俺は前世の名前の知らない誰かじゃなくてロレンスです。自意識としても記憶としては存在しますがそれはその人物に成り代わることと同義ではありません。俺はこの世界で十五年生きたロレンス・セルヴァー、そこは変わらないと思います。……でも端から見たらそうなるんですかね?」


「私も十年若返りたいですよぉ。そうすればもっと……いえ、十年前は大変だったのでもう経験したくないですねぇ。当時はそれこそ恋だの結婚だの言う余裕はありませんでしたからぁ。……私の話は置いていてぇ。中身二十七なら私も気兼ねしなくていいのではぁ?」


「話聞いてました?」


「私の自意識の問題なので君にはあまり関係ないですぅ。」


「…………俺、先生にはもっといい人がいると思うの。」


「それは振ってるんですかぁ?」


「本心です。」


「なら大丈夫ですよぉ。…………だって最近良い雰囲気にすらなりませんからねぇ。ふふふふ……最後にデートしたのはいつでしたか……もう五年以上前ですねぇ……。しかも皆さんすぐ離れてくんですよぉ……何か見透かされてるようで気持ち悪いってねぇ……。もう貴族とか平民とか選り好みしてないのにぃ……周囲には結婚願望無いと思われ始めてますしぃ……生徒は私を怖がるか可愛がるかですからぁ。誰も女として見てくれないんですよぉ……いつか不老薬完成させてみせますねぇ。」


「ああ、それなら製法知ってますよ? でもあれ処刑用で不死刑用の薬品ですから同時に魔力の封印が施されますね。あと解毒薬の製法は知りません。不死と言っても理論上1000年で体の自由が失われて2000年で消滅します。」


 これを作らせるのが真の鬼畜トゥルールートの伏線だったりするんだけど今回は作らないよ。

 製法はサブイベントを特定条件で派生の裏ルート。そっからタイムアタックでミスると製法が手に入らなくなる。セーブ・ロードは必須よ。


「そこから若返りの薬とか作れませんかぁ?」


「俺には無理です。先輩なら可能かもしれません。あと素材は鬼畜なので採取するなら国か高位冒険者の協力が不可欠です。会長でも単独じゃ無理ですね。会長が3人いればいけるかな……?」


「それは難しいですねぇ……やっぱり一筋縄ではいきませんかぁ。」


「せめて医療体制が俺の知ってるレベルまで高ければ可能なんですけどねぇ……。」


 それなら三十で初産は珍しくない。


「…………そうです、それですよぉ! 私が陣描いて自分の体強化すればいけるじゃないですかぁ!」


 俺は薄暗い部屋で陣がぼんやりと周囲を照らし、陣の上の先生が叫びながら苦しんで周りを数人で囲う姿を思い描いた。これってなんだか……。


「悪魔召喚の儀式みたいですね……。」


「母体と子供の安全のためですよぉ! これなら勝てる! 婚約、婚約しましょう! 今魔術契約書を……。」


「ちょっと執行室に行ってくる。」


「冗談ですよぉ!!」


 いや、今の目は本気だったぞ……?


「あの……俺ら初対面ですしもう少しお互いを知ってからでも……。」


「知ってても枠は…………あ、一つじゃないか。教諭も最低限使えるしむしろ錬金術分野では上手……ありかも?」


「なるほどぉ! 私もそれなら苦労しない! さぁ早速婚約を……。」


「あの……俺の世間体が。」


「社交しないならいりませんよそんなものぉ!」


 先生が暴走してる……誰かたすけてぇ~。


「教諭、無理矢理はよくありません。彼の言っていたようにしばし期間をもうけてからでないと彼は脅迫されて婚約することになりかねませんよ。教諭の立場もありますから彼の卒業までは表立っては行動せず、卒業と同時に迫るのが良いでしょう。私は利益があり実家を脅し……説得して強引に婚約も可能ですが教諭は違うでしょう。不良物件を押し付けるのは可哀想です。」


「誰が不良物件ですかぁ!!」


「彼が卒業すれば教諭は三十一、若くはありません。立場の問題もあります。ご実家の問題もあります。彼の父が承諾するかもあります。問題だらけではないですか。」


「…………あれ、先輩の婚約は決定で進めてません?」


「思えば私、待つ必要無かった。互いに利があれば生まれたてでも婚約するのが貴族。まだ顔を合わせてからならマシ。でも君に嫌われて無理矢理は本意じゃないから……出来れば来年中に君から申し込んでほしい。表情とか豊かじゃないし宝石とかに胸踊らせるかわいさなんて持ち合わせてないつまらない女だけど……待ってる。」


「…………えぇー……。」


「引くとは酷い。私じゃ嫌? どうしても抱けない?」


「………………えぇー?」


「理解できない? 私はこういう女。」


 いや……そうか、先輩ならそうだよな。博士だもの。


 確かに感情より優先できる事項ではある。先輩の実家は魔法使いの名家で定期的に王国魔法師団の団長も排出する正真正銘の侯爵家、上位貴族だ。


 先輩自身も……こう言うのは失礼かもしれないが健康面では多少不安が残るが器量は良い。


 問題は……捨てられることなんだよなぁ。彼女は俺が研究の邪魔になるなら切り捨てかねない。


「結構失礼なこと考えられてる……かな? 私は契約は守る。子作りすると言われれば時間を作るし煩雑な面倒も処理できる。」


「……先輩の実家が承諾するかどうか。」


「君が頑張るか私が話をつけるか。とりあえず相性見るのに数ヵ月くらい接してみれば良い。私も思ったより合わないかもしれないし君の知ってる私と差違があるかもしれない。ただ将来結婚を見据えるだけで視点は変わる。正式じゃないから互いに堅苦しくもしない。……貴族的思考だから面倒になる。平民的に、とりあえず付き合ってみるはありじゃない? どちらの経歴にも傷はつかない。それこそ私が誰かと結婚するなんて誰も思わない。思わせない。……どう?」


「…………いや、最後の問題が俺的に一番問題でして。」


「言ってみて。」


「………………先輩がゲームより綺麗なんです。だからその……将来を見据えると…………えっと………………業務に支障が……と言いますか……。今は大きな子供の面倒でも見る感覚で作業してましたが……意識してしまうと言いますか……。」


「あー……下着類とお風呂か。慣れて。夜はこっち来ないようにするから。」


 そんな殺生な。


「貴族なら自分の感情の一つや二つ宥めて笑顔を取り繕えてこそ一人前。帰ったときに父親に立派になった姿を見せたくはないの? 私を婚約者ですって紹介したらひっくり返るほど驚いて泣くほど喜ぶと思うけど。」


 …………いい加減はっきりさせないと男じゃないか。


 とりあえず雑念を一度全部追い出して天秤を作る。客観的な利点と不利益点を比較して……比較するまでもないか。


「分かりました。ではこれからよろしくお願いします。私は貴方を伴侶となる人として接しますので見極めてください。私もその中で見極めます。……先輩、始めに理解しておいてください。俺は貴方が幸せな姿を見たい。だから俺は幸せに出来るよう全力を尽くします。それは時に先輩の思惑とは違う、または煩雑に思うこともあるでしょう。先輩の時間を浪費させてしまうこともあるかもしれません。それに対する非難も、損害に対しての補填も受け入れます。金銭的な補填は無理ですから扱き使ってください。……それでも、貴方は私と共に過ごすことを望んでくれますか?」


「……それはほぼプロポーズだけど。」


「このままいけば結婚です、間違いではありません。これでも男、決めるところは決めます。俺はその覚悟をもって貴方を迎えたい。」


「……面倒だからと投げ出さないでね?」


「そちらこそ。」


「…………………………はい、喜んで。私、プラトネス・ミネリクトは貴方を認めます。」


 …………分かってはいたが俺はやはり驚いて少しだけ目を見開く。


 貴方を認める……これは結構重要なセリフだ。具体的にはルートに入る第一歩。


 やっぱり、先輩は俺の知ってる先輩だ。意外と寂しがり屋で子供っぽいところのあるぼっちだ。


「……私の枠は残ってますかぁ?」


「先生は先生です。」


「そうですね、彼の言う通りです。教諭は私と同じ方法は取れないでしょう。教諭は教諭なりに彼にアプローチをして卒業までに射止めて自分も惚れれば良いんです。最後のは私より簡単でしょう? 私は側室が居ようと構いません。彼を占有されなければ私は彼が何処へ行こうと興味もありませんから。」


 今は……ね。これ正規でルート入ると別なんだよ。


 正規で入ってから他ヒロインへとちょっかいをかけると彼女は一線を引いてしまって彼女のトゥルーに入れなくなる。


 王子でのハーレムエンドは……先輩を最後にするんだ。ただしルートに入る直前までは進行させるの必須。


 あんまりカジノとか行ってても引かれます。風俗街の描写はあるにはあるけどイベント以外で行けないので省く。


 ……R-18じゃなかったからね。性描写は無いよ。ただそういう場所で事件があるだけ。

 でも抗争みたいのだからあんまり関わらない。その期間だけはカジノで遊べないくらいだね。


「先輩、ご褒美忘れないでくださいね。」


「…………いつ?」


「ゴールデンウィーク三日目でお願いします。一日目と二日目は警戒しないとなので。」


 まだ大きなイベントは無い。精々序盤のダンジョンと調薬が出来るくらい。

 問題なのは…………メインヒロインちゃんと王子か婚約者(男女)の誰かとの好感度が一定以上だった場合だ。


 まあ……出るんだよね、噛ませ犬。このイベントは対象者の好感度の微妙な差によって内容が違う。


 1、最高。対象者が助けてくれる。

 2、最低。ギリ起こる感じだと誰も助けてくれないけど大事にもならない。

 3、微妙。これが一番最悪。誰も来ないし制服破かれる。上着のボタン飛ぶ程度だけどね。


 イベント自体は始め二日で起き、場所は変わらないので張り込もうと思う。傍観して3の場合だけ妨害。


 俺へのメインヒロインちゃんの好感度は今はいらないからスニーキングミッション。ただのストーカーでは無いぞぅ?


 妨害は魔法で行います。野外なので泥水作って押します。三人なので仲間割れしてください。


「……なら私やりましょうかぁ?」


「……本当に?」


「いじめよくないですぅ。時間帯は分かりますかぁ?」


「分かりますけど変わるかもしれません。」


「私が一生徒を気にかけたってバレませんよぉ。」


「……ならお願いします。」


「他の女の子に粉かけるの?」


「はい。俺以外がやってくれるなら最良なんですが俺しかいないなら。先生がやってくれるらしいので解決です。」


「………………三人目は、多くない?」


「だから俺が王子様だと駄目なんですよ。一番楽なのはお嬢様が対応してくれることですけど。もしくはそもそも起こらないことです。大体、先輩だって予想外なのに……。」


「私はどうなんですかぁ?」


「白状しますと初めからあわよくばワンチャン狙ってました。」


「……私でよかったんですかぁ?」


「ちょっと歳上すぎることを除けば。俺の結婚相手とか平民でも全然構いませんからね。ただ条件のいい相手がいれば良かっただけです。失礼ですが適度な狙い目じゃないかなとは思ってました、はい。すいません。」


 なんなら荒んだ心を勝手に癒す清涼剤として利用しようとしてました、すいません。まさか一発でバレるなんて。

 ただ狙うと同時に凶行に走らないか監視しようとも思ってました。


「申し訳ありませんでした。」


「……残念でしたねぇ。」


「ところで…………何時間待てばご飯になります?」


 気が抜けたら腹の虫が情けない声を上げだした。ずっとお預けだったから……無きゃ無いでいいんだけどあるの分かってて食べられないのは辛い……。


「あらぁ。しっかりと男の子なんですねぇ。」


「あのですね、俺ずっとお腹空いたって言ってるんですよ。正直朝と夜だけだと足りないんです、量が少ないんですよ。自炊しようと思ったらお金かかるのでそれしかなかったんですけど……。」


「成長期ですねぇ。」


「そうです。ついでに体使う仕事だったので食べる量は普通の貴族にしては多いと思いますよ。」


「どれどれ~?」


 手を取られて手のひらをむにむにされる。あの、先生?


「硬いですねぇ。」


「そりゃあ……タコも出来れば血も出ますし皮も堅くなりますよ。これでも比較的綺麗な手なんですよ?」


「あ、良い感じですねぇ。」


 その手を流れるように頭に乗せられた。そのまま撫でさせられる。俺は操り人形か。


「先生、やめてください。先生手柔らかいんですから触られたら意識してしまいます。」


「………………私は?」


「ずーっと離れてって言ってるんですけどねぇ? 頑張って意識を逸らしてるんですよ。そのうち襲われますよ?」


「避妊はしてね。」


「そこは時間の無駄だから襲うなじゃないんですね……。」


「襲われない方がいい。まだ未婚だから。でも可愛いから離れたくもない。なら仕方ない。」


「諦め早いなこの人……既成事実作ろうとしてただけある。」


 俺明日死ぬのかもしんない。

 父さん、母さん。生んでくれてありがとう。俺もそちらへ行きますよ、母さん……。


「死ぬんですかぁ?」


「山ほどの幸福の後には谷ほどの不幸が来るものです。」


「こんなことで幸せなんですかぁ?」


 うん、幸せ。いや、多分先生が思うよりずっと男は単純だよ。


 好意とかそういうの全部吹っ飛ばして美人に触れあえたら嬉しい。なんなら話すだけでも嬉しい。極めつけは会えるだけで幸福。


 それが……なに? 両手に花で婚約持ちかけられてるんでしょ? 幸せ以外のなんなの?


 多分明日死ぬ。


「…………私でも照れるんですよぉ?」


「先生。事実です。多分先生が真面目に口説けば大体の男は靡くんじゃないですか?」


「ワンナイト狙いならたまに見かけますよぉ。一目惚れしたって言う人も前はいましたぁ。……どっちも続かないんですけどねぇ。」


 ワンナイトしたことあるんだ……意外。


「…………………………すか。」


「はい?」


「したことないですよ悪いですか!!」


 うわ、怒った。


「…………マジで?」


「結婚する気もない相手とワンナイトしたいと思いませんよぉ! 良い雰囲気になる前に相手は逃げてくんですよぉ!! この歳でまだですよぉ!!! ばかぁ!!」


 先生キレた。


 いやぁ……良いんじゃないですか? 俺が貰うんで。


 そっか……。


「むしろそうじゃないと思って口説いてたって言うんですかぁ!?」


「その通りですけど……。」


「……嫌じゃないんですかぁ? 年増の面倒くさい中古とかぁ。素性もよくわかってないんでしょぉ?」


「そんなことで先生の魅力が陰るとは思ってませんでした。」


 先生は結婚さえ絡まなければ常識的で頼れる大人だ。結婚さえ絡まなければ。


 綺麗なお姉さんが好きな男の子が相手の処女性を疑ってるだろうか?


 なんなら経験人数二桁とかでも最後に選んでもらえればそれで。それどころか数経験してる中で選んでもらえたならそれは男として嬉しい。その何十の男より魅力的だと言われるのだから。

 まあ浮気は困るから性格は吟味するけどね。


 ………………浮気……ねぇ。二人ともごめんなさい。


「………………あのですねぇ。私も照れるんですよぉ。」


「先生真っ赤だぁ。」


「もう嫌ですよこの子……羞恥心とか無いんですかぁ。」


「あるから口にしてません。事実として先生は綺麗だ。俺は本心から言っています。」


「…………十年前に会いたかったですねぇ。そうすれば私は教師にはならなかったかも……。」


「それは嫌です。先生は先生しているときが一番素敵だと思います。詳しくは存じ上げませんけど……少なくとも好きなんでしょう、教職が。なら好きな仕事を出来るだなんて素敵じゃないですか。先生だから出会えたんですよ。もし当時会ってもすげなくされたでしょうね。だって先生は美人だから。」


「……本当に…………。……慣れてるんですかぁ?」


「何がですか?」


「女の敵ぃ。」


 急に何で罵倒されたのでしょう? デリケートな話しすぎた事は理解しているけど。


 二股かな? そこは土下座しか出来ないけど。

 もしくはちゃんとお断りするべきか……キープ発言の時に予防線張って止める資格はないって言葉貰ったし。


「こっちに選択権ないの分かっててぇ。」


「俺、嘘は言いません。先生が本気なら結婚相手は見つかると思います。」


「後輩君、落ち着いて。男性に免疫のないミラベル教諭が可哀想。」


「喧嘩売ってるんですかぁ!?」


「ん……文脈で伝わらない?」


「思考力落ちてる相手にそれは……。」


「自覚はあるんだ。」


 やりすぎた自覚ならあります。


「可愛いのでついやり過ぎましたね。ところで先輩、暑くありませんか?」


「暖房弱める? 寒いと手先が鈍るから少し強めに入れてる。」


「…………離れる選択肢は? 今日やることは?」


「予定の向こう数時間分前倒して終わらせてる。」


「……先輩、大丈夫ですか?」


「普段から余裕を持って組んでるから集中すればなんとでもなる。今は充電中。頭空っぽだから難しいこと言われても分からない。」


 嘘つき。頭リセットしてても俺の何倍も頭良いくせして。


「体壊したら後が大変ですよ。」


「そうなったら後輩君に看病は任せた。寝込むと全く頭回らなくて困る。シャワーすら危険。」


「そりゃしますけど。俺は辛そうな先輩見たくないですよ。」


「それで動くほど私の好感度はまだ高くない。」


 半分本音で半分言うこと聞かすためってバレたか。


「……お願いですから離れてくださいよ。」


「えぇー……じゃあ定期的にこうしていい? じゃないと取り貯めないといけない。」


「……はぁ。あんまり俺に構ってたら駄目ですよ。俺がいて体壊したらむしろ邪魔になるんで来ませんからね?」


「了解した。開放……したのはいいけどこのあたりが寂しいから普段から何か持とう。」


 先輩は胸の下からお腹辺りを指でぐるぐるして指す。子供か。十六歳児か。

 …………お腹減った……。


「先生、ご飯……。」


「…………そうですねぇ。はい、どうぞぉ。」


 先生はバスケットの中から一つサンドイッチを取り出して差し出してきた。俺はそれを受け取ろうと手を伸ばしたが先生はそれをひょいとかわす。


「先生のいじわる……。」


「お返しですよぉ。ほら、口開けてくださいぃ。」


「正気かこの人……。」


「くち、あけてくださぁい。」


 ……………………ここは恥を忍ぼう。


「はい、あーん。」


 俺は差し出されたそれにかぶりついた。


 ……美味い。


「……というか先生も照れてるじゃないですか。」


「…………こんなことしたことないんですよぉ!」


 恋人自体はいた風なのに……。


「恥ずかしくてやってられませんよこんなことぉ!」


「じゃあなんでやっちゃったんですかぁ?」


「だって目の前でイチャつくものですからぁ!」


「教諭、私もいただいていい? 彼にだけあげたいなら自重するけど。」


「そんな意地悪しませんよぉ! 三人分作ってきてますよぉ! どうぞぉ!」


 許可が出ると先輩は座ってお上品に食べ出した。……手掴みでかぶりついてるのに育ちのよさが伺えるの凄い。


「先生も食べるんですか?」


「…………私はつまむくらいでいいんですけどぉ、君の食べる量が分からないから多目に作ってきたんですぅ。二人分あればお腹は膨れるかなぁって思いましてぇ。残ったら夕方にでもつまめばいいんですよぉ。」


 先生の こういうところが 癒し系。


 何で売れ残っちゃったんだろうね? 結婚と年齢が絡むと目が怖いだけで美人で気配りもできてこうして食べてみると料理も上手そうなのに。


 だってこれ挟んだだけとか嘘じゃん。一手間を感じますよ?

 今食べたのベーコンと卵だし。火が通ってることは確実。


 エプロン姿の先生……可愛いだろうなぁ。見てみたい。

 あ、俺もエプロン調達しないと。俺のエプロン姿は可愛くないから見たくない。


「……どうですかぁ?」


「美味しいですよ。先生、料理上手なんですね。」


「こんなの誰でも作れますよぉ。挟むだけですぅ。」


「少なくとも私には作れません。固いか焦げてるか生焼けか、どうやってもふわふわにはなりません。」


 先輩も卵だったんだ。他何あるんだろう? 卵だけかな?


「慣れですよぉ。」


「慣れなら誰でもじゃないです。」


「それは技術なのだから誇っていい……って繋げると話が円滑ですよ。」


「言葉が難しい。」


「……褒められたんですかぁ?」


「先輩は分かりにくいですよね。きっと出てって、邪魔、勝手に触らないで、時間の無駄、それはそこにあるのが正しい辺りで来る人全員追っ払ってたんですよ? 相手を心配しててもそれだと伝わりません。どうしてほしいのか伝えないと分かりません。褒めたいなら素直に凄い、美味しい、上手とか数文字でいいんです。」


「…………美味しいです。ありがとうございます。」


「そうです、良くできました。お礼まで言えるなんて先輩は素晴らしい。」


「…………流石に私も十六歳。当然お礼くらい言える。」


「貴方はその当然が出来なくてお礼すら言えない人達をご存じでしょう?」


「……貴族?」


「正解です。貴族だらけのこの学園でこそ最低限の礼儀は必要だと思うんですが弁えてない方がいらっしゃいますよね。少しは優雅に余裕な態度でお礼くらい言えないものでしょうか?」


「なら後輩君も素敵な人。いい子。優しいし気が利くし仕事ができて褒め上手。私の言いたいこと分かるから諭すのも上手い。」


「はい、あぁん?」


 口にねじ込まれた。今一瞬凄まれた気がしなくもない。


「………………先生、美味しいんですけど先輩の教育中は遮らないでくださいよ。」


「教育……ですかぁ。」


「先生、先輩は凄い人です。常識とかマナーとかいらない人です。でも今の先輩は敵を増やしてしまう。だから少し柔らかくなってもらいます。俺に小言を言われ、コミュニケーションの大切さを少しずつ。じゃないと孤立したままですよ。」


「もう一人じゃない。」


「俺は数えないでくださいね。」


「……なんで?」


「俺と会長、先生あたりは先輩が何言いたいか分かるでしょう。それだと練習になりません。先輩には漬け込ませる弱さはないので少し周りと上手くやるだけでも無茶を言われにくくなりますよ。」


「どう繋がるの?」


「いい人に無理は言いにくいでしょう? そう言う人もいます。ただ利用しようとする人は突き放せる先輩ならそういう人が敵にならなくなって少し敵が減るでしょう? そうしたらほんの少しだけ余裕が増えるのでは?」


「…………一理ある……けど、わざわざ覚えるほどかは分からない。」


「俺がその辺は上手くやりますよ。先輩は結構言われたことを覚えているので負担に感じさせないよう俺が勝手に少しずつ言っていきます。俺と接してればそのうち慣れますよ。」


「……そういうもの?」


「今まで先輩は俺みたいに接した人がいましたか?」


「…………いない。」


「だったらそうなる可能性もあるでしょう? 俺は出来ると思ってます。」


「……じゃあ、任せる。」


「承りました。」


「………………どっちが年上なんですかねぇ?」


「先輩です。」



 こうして俺達の近いようでまだ遠く、他人と言うには知りすぎた関係は始まった。



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