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8 先輩


「こんばんわぁ……っと、君は手が早いですねぇ。早打ちロレンス君ですねぇ。」


「あ、先生。こんばんは。どうかなさいましたか?」


「貴方の方がどうかなさったんですかぁ?」


「何か……ああ、これですか。ウェイトです。」


「無理があると思いますけどぉ? 女の子型のウェイトですかぁ。」


 俺は今、先輩を背負いながら作業している。抱きついていたのは置いといて掃除していたら寝やがったのだ、この先輩は。


 その辺に転がすわけにもいかず、かといって向こうの部屋は地雷が増えるだろうから変に入れない。


 起こしても起きないし仕方ないから背負って掃除していたと言うわけだ。


「というわけです。」


「横着しないでくださいよぉ。何故抱きつかれてたんですかぁ?」


「分かんないです。雇われたので話してたら抱きつかれました。落ち着くそうです。」


「子供ですかぁ……。生徒執行部に報告しますねぇ。」


「会長が面倒見ろって。月に金貨八枚を提示されたら貧乏な俺は頷くしかないです。」


「……私の月収より上なのなんなんですかぁ?」


「ところで先生、この人代わりに持っといてください。ささーっと椅子捜し出して寝かせますから。」


「起きた。」


「よくも寝てくれやがりましたね先輩?」


「気持ちよかった。よく寝た。……おぉ、片付いてる。私背負いながらやったの? 凄い、力持ち。後輩君は偉いねぇ。」


 先輩は半分寝惚けながら俺の頭を撫でてくる。……恥ずかしい。


「……起きたなら降りてください。」


「えー?」


「今日遅れた分取り戻さないとでしょう?」


「それもそうだ。私向こう行ってるから……あれ、ミラベル教諭。どうかなさいましたか? こちらにいらっしゃるなんて珍しいですね。」


「貴方の監視ですよぉ。……というのは冗談でぇ、執行部に用があって行ったら何の冗談かロレンス君の名前とバスタオルと水着のデリバリーを頼まれたんですよねぇ。」


「なるほど、お手数をおかけしました。」


「話すならまず降りませんかぁ?」


 ……やっと降りてくれた。肩と腰と腕といてぇ……。


 こりゃ明日は筋肉痛だ。そりゃ人一人背負って作業すればそうもなる。


「……想像以上に大変だったんですねぇ。」


「何がですか?」


 女性に重いは禁句だ。あと先輩が気にするかもしれない。


「先生、ありがとうございました。」


「これなんに使うんですかぁ?」


「頭洗ってほしいらしいんですよ。」


「自分でやりなさいぃ。」


「教諭。私が10分時間を好きに使えればどれだけ話が進むと思いますか?」


「数時間寝こけたひとの言葉とは思えませんねぇ。」


 お、先生嫉妬? やっぱり若い方がいいんだ裏切られたって? 可愛い~。


 大丈夫、二人とも大差ないから。どっちも年上だし。強いて言えば先輩は大きな子供感あるかな。


 今日だけで計43枚のパンツを発掘して28のブラジャーを掘り出したよ。セット揃ったの4組だけ。サイズも目に入るから覚えたよ。とは言うものの知ってるから別に感慨もない。


 なんかいちいち意識してたのが馬鹿みたいだよね。途中までは先輩の体柔らかいなぁとか思ってたけど途中から早く起きないかなぁだったからね。


 先生、癒して。


「私は寝ないと頭が働かないから寝たんです。これから一生懸命働きます。行ってきます。後輩君、引き続きお願い。」


 ……引っ込んでったよ。


「…………大変だったんですねぇ。」


「……肩と腕と背中が痛いですね。明日から授業なのに大丈夫かな……まあ月金貨8枚のためならこのくらい。先輩も気持ちよく寝れたなら良かったですよ。」


「お人好しですねぇ。」


「先輩はあんなに人懐っこい人じゃないでしょう。よっぽど気に入ったみたいですね。孤独な先輩の後輩君やるくらいなら苦でもありませんよ。……んんーー。さて、続きやるかな。じゃないと寝るとこないや。」


 俺はぼちぼち行動を再開する。


「ここで寝るんですかぁ?」


「そういう契約ですから。布団もなにもありませんけどもう春ですしなんとかなるでしょう。着替えは朝取ってくればいいとして、シャワーはどうしましょうかね。ここの借りるわけにもいきませんから実技系部活のとこ貸してくれないか聞いてきます。」


 手を動かしつつ俺は質問に答えた。答える途中で今後の行動を決めた。


「……素で寝るつもりですかぁ?」


「それしかないでしょう。ある程度自分で用意することを見越しての金額設定でしょうから。生活費は負担してくれるって言ってたので休日の朝夕の食事代と筆記用具代、生活雑貨代くらいは出ますかね。出なくても困りませんけどね。いやぁー、本当ありがたいです。楽な仕事で。」


「楽……ですかぁ?」


「少し前まで農業やってたんですよ? もっと重いもの背負うし振り回します。それに比べたら楽ですよ。思ったより人を背負うのは気を使うから変な筋肉使っただけです。これであの金額なら俺だって仕送りできるかもしれません。」


「……遊興費とかには使わないんですかぁ。」


「そんなことしてる暇があったら経済学でも勉強します。先輩教えてくれないかな……。」


 暗記科目なら教えるの得意だと思うんだ。考える科目はまだしも。


「…………貴方も随分とストイックですねぇ。」


「俺がストイック? だったら結構多くの人がストイックになりますよ。世の中働かないと明日死ぬかもしれない人だっていっぱいいるんです。俺は結構欲に忠実ですしね。」


「…………男の子なんですねぇ。」


「そうだって言ってるじゃないですか。学園に入ってからと言うもの関わる年上の女性にはからかわれてばかりだ。先生も俺をからかう。」


「反応が可愛いものですからぁ。」


「酷い人だ。……なんでこんなとこに下着があるんだ。」


 机の奥の方に何故隠したんだ……? 謎だ。


「本当ですねぇ~。」


「先生、届け物はそこの椅子にお願いします。そろそろ戻らないと先生も仕事あるでしょう。」


「今日はもう無いんですよぉ。…………君、ご飯食べましたぁ?」


「食べてませんけど。お金ないですしここは最寄りの食堂でも少し離れてます。それに先輩も食べてないんだから俺が食べるわけにもいかないでしょう。」


「食べないと大きくなれませんよぉ?」


「そもそもうちは朝夕の二食でしたよ。ここは量が多くないので三食欲しいですよね。昼食費は負担しろとか舐めてますよねぇ。」


「仕方ありませんねぇ。パンでも買ってきてあげましょぉ。」


「あ、本当ですか? 財布財布……鞄の中か。」


「嫌だなぁ、そのくらい奢りですよぉ。」


「女性に奢られる男って情けないと思うので出します。」


「女性の面倒を見てお金を貰うのはいいんですかぁ?」


「それは…………。」


「あ、嘘ですよぉ? そんな真に受けないでくださいぃ。私が意地悪を言いましたよぉ。ということでここは大人の顔を立ててください、ねぇ?」


「……ありがとうございます。」


「素直な子は好きですよぉ。頑張ってる子にパン一つくらいご褒美があっても良いですよねぇ?」


「あんまり良くはないと思いますよ。執行部に知られたら怒られちゃいます。」


「真面目ですねぇ。たまにはルール破ったっていいんですよぉ。」


「先生は悪い大人ですね。」


「失礼ですねぇ。」


 先生は来たときは少しピリピリしてた雰囲気をふわふわに変えて出ていった。うん、少し癒された。




 そこから集中してやってたが時間を見ると三時間は経っていた。大分片付いたな。


 それにしても先生大丈夫かな……期待させといて落とすような人じゃないんだけど。何かあったか? 学内で?


 強いて言えば面倒な仕事でも押し付けられたんだろう。あー……晩飯まだかなぁ。


「遅くなりましたぁ。……お、凄いですねぇ。ちゃんと休憩しましたぁ?」


「今一段落付いたとこなので今から少し休憩貰おうかなって思ってます。聞きに行ったら逆に邪魔しそうなので後で報告ですね。」


「……もしかして……というかもしかしなくてもぶっ通しですかぁ?」


「そうですけど。五時間くらいかな? 結構早く片付いたので着替えと少量の荷物くらいなら取ってこれそうですね。」


「もっと休みましょうよぉ。」


「お金もらって雇われてるのに勝手に休憩が許されるわけないじゃないですか。」


「……君はどこの世界から来た人なんですかねぇ?」


「そんなこと言われても困りますけど。」


 肉体労働でもないしそんな休憩いるか? 散らかってはいたけど虫とか生ゴミとかは出てこなかったし。パンツはいっぱい出てきたけど。ミッケって言いたくなったよ。


「パンは売り切れだったのでサンドイッチ作ってきましたぁ。お待たせしてごめんなさいねぇ?」


「つまりは先生の手作りですか? ぃよっし!」


「挟んだだけですけど嬉しいですかぁ?」


「そりゃあ嬉しいもんですよ。先生も想像してみてください。仕事してて集中が切れて一息着いたときに俺が現れて先生、お弁当忘れてますよって。」


「……想像しちゃったじゃないですかぁ!」


 めっちゃ照れてる。可愛い。癒される。


「先生は食べたんですか?」


「食べましたよぉ。私はもうおっきくなれませんけどねぇ。せめてもう少しあれば生徒より辛うじて大きかったんですけどねぇ。」


 先生ちっちゃいからね。他の女子生徒と比べても同じくらいか下手したら小さい。


「…………ごはん?」


「あ、先輩先輩! 先生が差し入れですって!」


「……差し入れ? ミラベル教諭が? 珍しいですね。」


「この部屋見て思うことありませんかぁ?」


「…………驚きました。もう綺麗になってます。」


「まだまだですけどね。書類系統はその辺にありますからそこを仕分けるのに文具をいくらか揃えないと。ラベルも欲しいですよね。バインダーは売ってるかな……これ食べたら自分の部屋行くついでに軽く購買見てきますね。無ければ明日探してきます。」


「…………………………いい子。でも頑張りすぎ。そんなに褒めてほしかった?」


「仕事ですから。明日は書類や薬品の整理、明後日は大量の下着類の洗濯と場合によっては収納関係で必要なもの点検、今週中にはそちら側の部屋も終わらせて、そうしたらようやく先輩のお手伝いができますね。本当は洗濯はお願いしたいですけど量が量なので仕方ありません。」


「着れないのは捨てていいよ。」


「……俺にそれが分かるとでも?」


「今は上から「あーーー!!」……なに?」


「あのですね、恥じらってください。」


「だって教えないと分からない。」


 この人興味ないだけかと思ってたけど……違う、天然さんだ。


「……わかりました、古そうなのからサイズ確認して小さいのはリサイクルに回してしまいますね。」


「リサイクル?」


「先輩が着てるような上物の下着は古着屋で売れます。中古品でも庶民にはありがたい品なんです。なので洗ったらあと古着屋でうっぱらってきます。それで必要なものがあれば買ってきますね。」


「じゃあお小遣いにしていいよ。」


「十分すぎるほど貰えますからこれ以上は申し訳なくて受け取れませんよ。そこいらの本職のメイドだって月に大銀貨十五枚程度なのに。」


 およそ十五万円。結構人気のお仕事。求人調べたから平均そんなものだと思う。


「……そうなの?」


「そうです。衣食住を主が負担しますからそのくらいでも十分生活できますしなんなら仕送りだってします。先生の給料すら月金貨六枚くらいです。」


「何で知ってるんですかぁ?」


「たまたまです。」


 ゲームで先生が愚痴ってた。その姿にも癒された。


「特殊な仕事だと言うのは理解しました。危険も承知です。それでも気後れするくらいの額なんですよ。だから別に俺が優しいとか真面目とかではなく、そんなに貰うならこっちも出来ることをしないと釣り合わないんです。」


「それを真面目って言うんですけどねぇ。」


「……先生には痛いところ突かれましたけどね。」


「それは忘れてくださいよぉぅ。」


「…………もしかして私、結構無茶振りしてた?」


「出来るので無茶じゃないですよ。」


「彼じゃないと無理でしょうねぇ。置いてあるものが物騒ですし大人はプライド高いから従いませんからねぇ。彼は知識も技術もそこらの学生とは比較になりませんよぉ。」


「俺は三年生と戦ったら負けます。」


「何でもありならぁ?」


「…………どこまでですか?」


「全部許可しますぅ。」


「会長には負けます。」


「学生トップレベルですねぇ。あと知識と技術は戦闘(そっち)じゃないですぅ。」


「技術は微妙ですよ。」


「とにかくぅ、彼以外には難しい要求はしてますねぇ。」


「それは分かってます。……彼しか起用しないのでそこは問題ありません。問題は彼がそれに対してどうかです。」


「こなせますしキツくもないですよ?」


「……本当に? 私重くなかった?」


「そう思うなら人に抱きついて眠らないでくださいよ。そんなに重くなかったですよ。普段背負う背負子のが重いです。」


「…………契約外。ごめんね?」


「いいですよ、あれくらい。よく寝れましたか?」


「うん、ぐっすり。」


「なら良かった。」


「……もしかしたら他にも食い違いがあるかも。私も普段から言葉少ないから……私が知らないこともあるんだ。」


「そりゃあそうですよ。何でも知ってたら研究なんて必要ありません。知りたいからあるんでしょう。人間と関わるなら察して貰うのは楽ですけど相手を知りたいと思うから楽でなくても話をするんです。」


「…………その通りだと思う。」


「先輩にはストレスでしょうね。でも順序だてないと相手には伝わりませんよ。……って説教臭いですね。歳でしょうか。」


「それは私に対する嫌みですかぁ?」


「まさか。先生はお若いです。先生ですから説教するのも変じゃありません。……俺も焼きが回りましたね……先輩に説教とか釈迦に説法でしょうよ。」


「…………ううん、確かにその通り。効率悪いから言葉減らしてももっと効率悪くしたら世話がない。……後輩君はいい子。」


「前後の文、関係あります?」


「後輩君が可愛い。」


「撫でられてもあんまり嬉しくないですよ? あと意味わからないです。」


 というかなんか……照れる。


「じゃあお給料下げて仕事減らす?」


「そりゃないですよ先輩。このままでいいです。」


「……でも大丈夫? 体壊したら元も子もない。」


「こんなんで壊すような柔な体じゃありません。」


「でも休憩とか寝る場所とか決めないといけませんよねぇ? 一応先生なので同じ寝床でって言うのは流石に止めますよぉ?」


「……それも駄目ですか。では彼をどこで寝かせましょう? 夜遅くまで手伝って貰うこともあると思ったのでそもそも移動してもらったわけですけど。」


「貴方が言わないから彼は床で適当に寝るつもりでしたよぉ?」


「…………本当?」


「自分で用意するまでは適当にしてろってことでは?」


「……本当にごめんなさい。私、色々考え足らずだ。」


「俺が転がって寝てても死にはしませんよ。少し体が痛くなるだけです。」


「シャワーとか決めないと使いませんよぉ? お手洗いも外まで走るかもしれませんねぇ。」


「ねぇ先生、俺サンドイッチ食べたいです。お腹ペコペコ。」


「この子言わないと自分の手持ちでしか考えないのでご飯も食べませんよぉ?」


「自分以外の手持ちを宛にして食事を考えるとか俺をなんだと思ってるんですか。そんな恥知らずじゃないです。」


「………………ごめんなさい。」


「先生! サンドイッチ! サーンードーイーッチ! 食べたいなぁ! 三人で!」


「……甘いですねぇ。」


 先生、先輩を虐めちゃ駄目ですよ。しょんぼりしちゃったじゃないですか!

 折角言わなかったのに!


「言わないと伝わりませんよぉ? 伝わらないから彼は勝手に考えて補完するんですぅ。……こういうのは失敗して覚えればいいんですよぉ。」


「先生!」


「……後輩君、私を庇ってるの?」


「なんのことでしょうか?」


「……君の性格を測り損ねた私の責任だよね。それに庇われて……損するの君なのに。」


「損なんてしてません。」


「変な子。」


「先輩って俺に対する評価は不気味と変人しかないんですか?」


「確かに不気味な変人ですよね~。」


「ミラベル教諭は彼と接点が?」


「担任ですぅ。今日ちょっとお話ししたんですよねぇ?」


「そうですよ、聞いてください先輩。先生ったらちょっと歳のこと考えただけなのに目の敵にして。ちっとも侮辱する意図はなかったのにですよ? 入学早々担任に呼び出されるとかどんな問題児ですか。」


「ある意味問題児ですよねぇ。」


「先生ひどいっ!」


「……それにしては仲がよろしいようですね。」


「人のこと言えますかぁ? 貴方、私よりもよっぽど人と関わらないじゃないですかぁ。」


「…………確かに。」


「今日の貴方は変ですよぉ。風邪ですかぁ?」


「私だって人間。」


「不眠不休で動き続けるので機械だと思ってましたぁ。」


「そういえば寝たのは二日ぶりくらい?」


「先輩こそ体壊しますよ。何事も体が資本、適度に運動してちゃんとご飯を食べて寝る。そうしないと体が言うこと聞かなくなりますからね? ある日目眩がして倒れたら死ぬなんてこともあるんです。先輩が死んだら悲しいので養生してください。」


「…………いい子だ。」


「撫でないでくださいよ、真面目に話してるんですから。」


「君が手伝ってくれれば寝るよ、後輩君。」


「……そのつもりですけど。お給料いただくわけですし。」


「仲いいですねぇ?」


「先生、本当にお腹すいたんですけどいつまでお預けですか? もしかして目の前に見せるだけ見せて食べさせない人なんですか? 新入生に先生が意地悪したって広めてやるぅ。悪戯されたって。」


「洒落にならない冗談はやめましょうねぇ。新入生の間で首席はそれなりに影響力あるんですからぁ。」


「そういえば先生A組の担任ってことは相当優秀なエリートじゃないですか、若いのに。」


「…………若いのにって褒められたのいつぶりでしょうねぇ。」


「でもその前に確認。君はどこまでを業務範囲だとしてどこまでを生活費に入れてどう生活するつもりだったの?」


「先輩に関することは大体業務範囲で帰れない可能性も低くないからここに泊まること。生活費はそのままですよね? 生活は適当に。ここは学園なので凍死することも餓死することも雨風に打たれることもないので不可能じゃないです。」


「生活の最低限のレベルが低いですねぇ。」


「先生達と違っていいとこの出ではありませんから。そういう家無しをどうするかも問題になるんですよ。うちは農地ばっかでどうにかなってますけどそれでも流れてきたり作物を盗まれたりはたまにあります。かといってうちで死なれても困るんです。最低限を見極められないとやってられないんですよ。」


「……私達とは視点が違うんですねぇ。」


「そりゃそうです。教職と為政者が同じ視点のはず無いでしょう。とはいえもう少し上の爵位でお金があれば手はあるんでしょうけどね。」


「貴族……だよね? 他の何かではなく。」


「セルヴァー男爵家嫡男、ロレンス・セルヴァーと申します。」


「君、苦労するよ。」


「社交界に出なければ大した苦労はありませんよ。近所の領地も皆似たような考えなので小競り合いも起きません。そもそもうちに礼服をそうしょっちゅう買えるような私財はありません。母が生きていればたまにはお茶会もしたかもしれませんけど母の命は私が貰ってしまいましたからそういう交流もありませんね。俺が誰かしら迎えてもその生家との関係は本人の希望次第ですね。うちとしては最低限の交流を保ったままでも大丈夫です。」


「………………つまり、そういうことですかぁ?」


「んー……あぁ。母は俺が産まれた直後に他界しましたよ。うちは使用人が二人だけなので乳母の捜索が大変だったそうです。それもあって父は俺にとって大事な人なんです。唯一の肉親で男手一つで育ててくれましたから。」


「…………同じ貴族とは思えない。」


「同じじゃないですからね~。環境も何もかも違います。両親やその親の成長環境に至るまで全てですね。当然価値観も違いますよ。」


「……私がいかに人に興味なかったのかよくわかった。君がただ変人なだけだと思ってたらそもそも慕うだけの理由があった。」


「ははは、先輩は人に興味がなくても仕方ありません。周りには悪い大人か自分を利用しようとする敵ばかりでしょうからね。でも世の中にはいるんです。慕われるべき人が。会長とか分かりやすいでしょう?」


「………………確かに。私も会長にはお世話になってる。慕ってる……のかは分からないけど何かあったら手助けしようくらいには思ってる。」


「慕われるって言うのはその積み重ねだと思いますけどね。ちなみに先輩もです。」


「私? 私は社会不適合者。」


「でも人の何倍も努力して沢山の知識や技術を持っているでしょう? 俺は素直に尊敬しますね。あと天才は羨ましいので嫉妬します。」


「…………嫉妬ってそんなあっさりしたものじゃない。」


「そうですね。俺には切実さが足りません。でも羨ましがることは嫉妬ですよ。裏にどんな苦悩や努力があっても人間見える場所が綺麗なら羨ましくなるんです。」


「君も相当努力したと思う。」


 俺はゲームしてただけだよ。ゲームで努力しなきゃ死ぬだろうに。そもそもそういうのをゲームと言う。


「しても勝てない人はいます。どれだけ小手先を鍛えても圧倒的な力には勝てません。……先輩に合わせて言うと俺は既存のものは産み出せても新しいものは作れない。会長に合わせるなら俺は逆立ちしたって勝てやしない。俺もやっかまれる側ですけど上には上がいて羨むくらいはしないと進めないんですよ。」


「………………それは向上心。」


「変わりませんよ。とにかく俺は先輩を尊敬します。」


「……後輩君はいい子ですね。」


「そうですねぇ。」


「何がいるの?」


「何……とは。」


「君の生活に。」


「雨風しのげる場所とご飯と服です。」


「最低限じゃなくて。むしろ最高で。」


「自室に帰ることですね。あそこは実家より設備がいい。」


「ならランク下げて。というか分かってるのに惚けないで、時間の無駄。」


「時には雑談も必要ですよっと。毛布一枚とはしっこ貸してもらえれば。あと厨房、なければ機材買ってきてバーナーで何とかします。」


「一応存在してる。」


「ならよかった。そんなものですかね。」


「……ミラベル教諭、彼に必要そうなものを箇条書きにして私の名前で執行部に提出しておいてください。代金はあとで払います。」


「正解ですからおつかいしてあげますよぉ。」


 先生はバスケット置いて去っていった。……まだおあずけ。


「…………ごめんね?」


「何がです?」


「分かってるでしょ、わざわざ言わせないで。」


 非効率的とか無駄とか言わなかったってことは……恥ずかしがってるな?


「自分にすら無頓着な人が俺なんかに頓着するはずないでしょう? 俺だって承知してます。先輩が気に病む必要はどこにもありませんよ。むしろその無頓着部分をフォローするのが俺です。先輩が一人で出来るようになったら俺首じゃないですか。折角仕送り出来そうだったのに。」


「……仕送りするの?」


「昼食代と筆記具代が浮けば結構仕送りできます。……やっぱ自費ですかね? それでも大分浮きますけど。」


「自分に使ったりしないの?」


「何に使うんですか。使うとしてもダンジョンへの旅費くらいですよ。」


「研究費とか、本代とか。」


「俺は知ってるものは作れますが知らないものは作れません。もし想定外のことが起きても対処する術がありません。技術が付いてきていないので想定外は高確率で起こり得ます。本はかさばるのでいらないです。」


「美味しいもの食べるとか。」


「俺が食べるくらいなら先輩にも作れるように料理勉強してきますよ。」


「後輩君いい子。」


「ありがとうございます。でも撫でないでもらえますか?」


「若いんだから遊びたいとかないの?」


「先輩が遊んでくれるなら遊びたいです。」


「……私が? チェスでもする?」


「絶対勝てないやつじゃないですか……。」


「でもそれくらいしか置いてない。」


「むしろ何であるんですか?」


「会長が持ってきた。たまに一局やって帰る。十戦十勝。」


「会長……実は暇なんですか?」


「月に一回くらいは休日ないとやってられないとか言ってた。」


「ちなみに先輩は?」


「一日に平均5時間くらいは休んでる。今回はたまたま徹夜が続いただけ。」


「先輩、それは人間として必要な休養です。しかも少ないです。」


「……時間はいくらあっても足りない。それに遊び相手もいない。」


「目の前にいるでしょう。」


「……君も忙しいんじゃないの?」


「月に一回くらい美人の先輩がご褒美に遊んでくれるなら益々やる気出ます。」


「なに口説いてるんですかぁ?」


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