4 彼女と彼
4 彼女と彼
生徒執行室。執行部の部室であり学園の生徒機関の中枢、ゲームの一年目では彼女関係以外でほとんど見ない場所だ。
執行部の基本構成員は文武両道を地で行く才能あるもの達ばかりで俺なんかがいたら場違いである。
そこに今、お茶を出されて座っている。
「楽にしたまえ。」
「それは無理ですよ。入学初日に執行室に入るなんて思いません。私はまだ教室にすら行っていないんですよ?」
「私も君以外は知らないな。合格してきた中で初日でしでかす奴もいないからな。」
「……代表挨拶、とても驚きました。」
「その割には平然と済ませた上に良いところを持っていったではないか。」
多分中身は拗ねてる。会長ルートだけでも二桁周回は固い俺は会長が何を考えているか手に取るように分かる。
なおある程度登場する人物なら全員分かる。副会長とか。
「あれは会長様が注目を集めてくださったからですよ。私一人でしたら定型の挨拶を義務的に済ませただけでした。」
そこで執行部の人がいることに気付いた。俺は会釈で軽く挨拶する。相手は驚いているようだ。
「ん? ……ああ、ご苦労。」
「も、もったいないお言葉です! 失礼しました!」
彼は逃げていった。会長は少し寂しそうだ。
「……魔物でも相手にするわけじゃないのに。」
「何か言ったか?」
「いえ、何も。」
「そうか。そうだ、会長に様はいらないぞ。」
俺は思わず溢れた言葉を笑って誤魔化した。
この人、尊敬されると同時に畏怖されている。武力も知力も権力さえも手中に納め、他の追随を許さない彼女は孤独だ。
太陽のように目の前を照らすけれど、その光で同時に肌を焼く。
だから彼女には友が一人しかいない。もっと孤独な最後の彼女、学生編の最難易度攻略対象。彼女は会長を友とは思っていないだろうけど。通称博士。
ちなみに本人が友人に数えていないだけで信者なら少なくない数いるはずだ。
「本当に執行部には入らないのか?」
「私では力不足です。」
「……それは方便だろう?」
バレた? 流石会長。
「何故嘘をつく?」
「……もう気づかれているようですね。確かに、私は同年代ではトップでしょう。ですが生憎と才能がない。剣などまともに振れず防御に徹するしかできません。魔法も少し鍛えた先輩のほとんどには負けます。会長が勧誘するような期待の新人ではありませんよ。半年もすれば私を越える人間も出てくるやもしれません。」
「……謙虚なんだな。」
違いますよ。俺が魔法を鍛え出したのは六歳半のとき、剣を握ったのは三年前です。
主人公達に付いていくため結構努力したんですよ、この三年は。魔法なんかは普通に便利で心踊ったので八年以上ずっと鍛えてきました。
それでも。それでもそれしか伸びなかったんです。確かにまだ成長の余地はあります。魔法だって一番成長するのは15歳~20代前半と言われています。
……でも、精々どうにか死に物狂いで主人公達に……貴方達に付いていけるかどうか。下手したらそれでもお荷物だ。
「私は羨ましいですよ。でも羨んでも何も変わりません。目的のために俺はまだ強くなる。……私はまだ強くなります。」
「……今は二人だ、崩しても構わん。」
「そうはいきません。先輩には敬語を使いなさいと執行部長に叱られます。」
「それはどこの執行部長のことだろうか? まさか私か? 私はそんな印象なのか?」
「ほんの冗談です。」
「……私が良いと言っているのにか?」
「もしまた誰かいらっしゃったらどうなさるおつもりですか? 貴族の噂は早いです。私と会長、どちらのためにもなりません。権力を使わなくともそれに付随する立場は常に誰かが見ているんですよ。」
「…………後輩に諭されるとはな。やはり君は欲しい。私に物怖じせず話せる存在は貴重だ。」
「…………正直に理由を話しますのでお許しくださいませんか?」
「聞こうじゃないか。」
「放課後はアルバイトがしたいので部活動に参加するつもりはありません。」
「うむ、そうだろうな。」
なら見逃してほしいんだけど孤高な人だから倒さないと寂しい学園生活を送るんだよなぁ。
……でもなぁ。
「気が変わったら言うといい。それと学外でのアルバイトは自由だがそれによって本業を疎かにしてはいけないぞ。あまりに成績が落ちるようならアルバイトの禁止を言い渡す。逆に落ちなければ臨時で役職を作ってもいい。就職にも便利だぞ。」
「ではその時は会長に甘えさせていただきます。」
寂しいから話し相手になってほしいって副音声が聞こえるようだなぁ!
「学園はどうだ?」
「難しい質問ですね。何せまだ入学式しかしておりませんし同輩とも全く話しておりません。」
「確かに。このあと案内しようか? どうせ今日は仕事もない。」
「とてもありがたいお申し出ですが悪目立ちしますので遠慮させていただきます。」
それは主人公達にどうぞ。そもそも会長接触フラグって暫く先なのよ。
「確かに……私は怯えられているからな。」
「あれは尊敬しているんですよ。ただ恐ろしい人には誰も付いてきません。無茶なばかりの人に誰も手は貸してくれません。自信を持ってください。」
俺が返すと会長は少し驚いた顔をした。
「先程も思ったが君はやけに私を買っているな? どこかで会ったか?」
そうだ、初対面だよな。ちょっと好感度高すぎたか。
「少し見ただけで分かりますよ。ただ強いだけの人が無茶を言い出したら他の人は止めるでしょう。副会長と思われる人は全く不満が無さそうでした。」
「そう見えたか……彼にはいつも小言を言われるのだがな。」
「不満があるなら何度だって挑戦してくるでしょう。彼は会長に何度挑戦してきましたか?」
「…………確かに一度もないな。指示にも従ってくれる。ただ従うだけの存在を副会長には据えない……か。」
「その通りです。……さて、私はそろそろ失礼しますよ。」
「……そうか。執行部に入らずとも来るといい、歓迎しよう。仕事があるので相手をできるかは運次第だが暇があれば私が対応する。」
やった、執行部室の入室権もらった。困ったら頼ろう。在学1年目でも魔王軍の手先くらいは出たりするからな。
会長いれば大体勝つる。
俺は執行室を後にして、いい時間になったので食堂に入る。
ここもお金かかるんだ……しかも若干高い……。
食事は朝と夜しか出ないからなぁ……二食にしては少ないし。
外出るのが一番なんだけど今日は予習と……あ、会長とバイトの話をしていない。
でも戻るのはなぁ……今日はもう午後になってしまったから予習と魔法の鍛練に専念して明日からまた少しずつ探すことにしよう。
学内で一番安い食堂のメニューは……なんだっけな。料理はあんまり描写されないからなぁ……どれ、メニューは……高いなぁ……。
「AAランチで。」
俺の注文にお子様プレートを成長させて少し量を増やしたようなのが出てきた。……仕方ないか。これ以上だと流石にちょっとな。
適当な端の方に席を取って座る。
「隣いいですか?」
……この声は。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。僕はアソエル・ラプソン。はじめまして、首席さん。」
隣に座ったのは明るめの黒髪に青の瞳が特徴的な中肉中背の男。俺より少し身長は低いだろうか?
そしてその姿に俺は見覚えがあった。
やっぱりだ。出たな腹黒商人、魔王ルートの天敵め。
「はじめまして、次席殿。」
「はは、僕は平民ですのでアソエルでいいですよ。」
「ではアソエル殿。食事が冷めますよ。」
「それはいけないませんね。貴方はそれで足りるのですか?」
「少食なもので。」
「それは失礼しました。」
俺は面倒になってきた。この腹黒商人アソエル君は根に持つタイプだ。
多分しばらくは粘着される。
「同じクラスのようですしこれから一年間よろしくお願いしますね。」
年度終わりの成績が一定以上なら来年も同じクラスだぞー。それは来年も残れるといいねっていう嫌みだぞー。
「そうですね。三年間よろしくお願いします。」
俺は適当に返す。この人と話してると多分揚げ足とられるからね。
かといって、無下にするとそれはそれで面倒。
この人はなー。選択肢で話すならまだしも普通に話すとなると気が抜けないからなー。
ミスると好感度が修復不可能になる。それもあって好きじゃない。ちなみに王子はミスると死ぬ。
「時に貴方はどの授業を選択されるのですか?」
「魔法学、経済学、地理、調薬、剣術、作法をいい具合に。」
「魔法に剣術を嗜むのですか?」
「そうですね。とは言いましても剣術などただの護身です。実家の関係で体はある程度作っておきたいので取るにすぎません。」
剣術で欲しいのは基礎連ばかりだから取る時間は考えとかないと。
この学園は取る授業や放課後の行動によってパラメーターが変化した。今もそのシステムを受け継いでいるのか参加する授業は自由で内容、時間と相談して決める。
合計取得時数が一定を越えれば進級となる。変な単位制だ。
一ヶ月単位の予定は前の月の中頃に貼り出されるから各自確認して勝手に取ってくれって感じだ。
結構最低ラインは低いので場合によっては4月で終わらせて後はダンジョンに籠るなんてことも出来る。
でもそうすると好感度パラメーターの上がりが悪いので戦闘力ばかり上がって誰のルートにも入れなかったりする。
だからバランスよく必要なのを取らないと。
ちなみにテストもあるよ。テストは共通だから必須科目無視ってると詰むかも?
他の科目もテストでは一教科は取らないと駄目だからあんまり取りすぎると首回らなくなるよ。
俺はちゃんと主人公に合わせて科目変えたりパラメーター弄ってたりしてた。
だから結構なんとかなる。
でもゲームは実技、座学、芸術の大別に派生して科目がある感じでこの三つをいい具合にするんだけどね。
俺の芸術は作法だ。実技が魔法と剣術、座学が経済学、調薬になってる。必須科目? 地理。他はない。
地理もいらないっちゃいらない。覚えてる。
調薬は博士と会うのにいるんだよね。この世界だと多分いらないけど念のため。それに薬草とか覚えてたら領地で栽培して高く売れたりするかもしれない。
ゲームだと授業はスキップでコラムみたいな一コマが流れた。この辺は図書室機能があったのでそこで暗記。
慣れると答えも問題も覚えるけど初プレイとかちゃんと勉強してないと詰む。初回はアシスト付くから一コマ読んでおけば解けるけど。
しかも問題は選択式だけど内容と選択肢がランダムなのよね。うぅーん、頭おかしい。ゲームでも真面目に勉強しろってか?
「必須科目はどうします?」
「取ったり取らなかったりですね。参加したら年間の教科書が貸し出されるので写します。図書室にも教科書はあるそうですが持ち出せないので仕方ありませんね。」
「お詳しいですね。」
「調べました。何も知らずに受験できるほど受験料も滞在費も旅費も安くありません。人生を変える選択をするのに無知ではいられませんから。」
少し調べたくらいじゃ分かんないけどね。でもパンフレットみたいのはあるし家にもあった。俺だってゲーム知識との齟齬を埋めるのに使ったんだから。
でも大雑把すぎて分からないところも出た。
今のは資料請求すると貰える学校案内に書いてある。意外に高い。でも詳細に書いてあるからお願いした。
こちらはパンフレットに案内がある。
資料には受験に際して最低限必要な注意事項とかも書いてあった。ここまでは覚えてこいって調べれば分かるんだから少しでも完璧にするべく手は尽くしたかったんだ。
「……左様でしたか。」
そうだよ。俺はやりたいことあるけど父さんを楽させたいのだって本音だ。
俺がここを優秀な成績で出れば良い縁談が沢山来るだろう。俺が経済を学び少しでも領地を良く運営できれば我が家も潤い人口も増える。俺が強くなれば色々な選択肢も増える。
色んな考えと思いと趣向があって、今の俺はここにいるんだ。
主人公達には正カプと呼ばれている組み合わせが存在する。その中で余るのは彼だ。
魔王と席を争って、俺は魔王のが好きで、人生は一度しかなくて。でも彼には別の誰かと幸せになってもらいたいと思う。
……きっとその点では俺が幸せにできない唯一の主人公だ。そこは誰かに頼るしかない。
「将来、俺は男爵になります。それなのに俺を送り出してくれた父に報いるため、俺は貴方に簡単には負けられない。」
俺は笑みを浮かべて挑発する。
主人公に勝てるとは思わない。来年か、再来年かには全てで誰かに抜かれてるかもしれない。
彼らにはこれから数多の災難が、苦難が立ち塞がる。挫折もするかもしれない。
でも、彼らの強さを俺は沢山見た。魅せられた。
だから俺は期待する。彼には足を引っ張るのではなく真っ正面から俺を抜いてほしい。これは会長の言と近いかもしれない。
俺は壁だ。彼らはきっと越えられるし越えたら省みず進んでほしい。俺に最高の結末を見せてほしい。
少年よ、大志を抱け。
「……なるほど。ですが僕もずっと負けてはいません。」
「それは宣戦布告と受け取っても?」
「えぇ、どうぞ。次の首席は僕です。」
「楽しみにしておきます。……少し話しすぎましたね。御馳走様でした。」
俺は食器を返却して部屋に戻る。予習予習っと。