3 入学式
時は早いものでもう入学式。入学準備はなんとか終えた。制服とかの本来の値段ヤバかった。
挨拶は読んだところゲームと変わり無さそうなので一字一句暗記した。大枠は覚えてたから簡単だった。
入寮手続きとか色々あって忙しかったけどこれが終わればまた一区切り。息つく間は無くとも精神的に区切りがあった方が締まりが出ると言うものだ。
念のため原稿を読み返したり荷物を確認したりして少し落ち着きのない朝を過ごしていたら時間になったので自室を出て会場に向かう。
この入学式は日本となんら変わらない。長ったらしい話聞いて終わりの式典だ。
違うのは講堂のような場所で執り行うということだけで、そんなつまらないものなのでゲームだとカットされてる部分も少なくない。
全くカットされてないのは代表挨拶くらい。新入生と、在校生の。
どっちも主人公である。片方は俺がもらったけどもう片方は普通に聞ける。少し楽しみだ。
……彼女は、太陽のようだと表現された。真っ赤な髪に威圧感のある所作、強気な性格。静かに、しかし激しく燃える太陽だと。
それを間近で見ることができるのは楽しみだ。
俺は会場に入り案内に従って席に座る。初回だけ成績順なので横には主人公達が並ぶだろう。つまり俺は場違いである。端から見てたい。
……内訳としては三人な先輩で残り五人が同級生だけれど横列五人……一人後ろに回る。
……ごめん、不器用ツンデレ婚約者。婚約者と並ばせてやれなくて。でも俺は特待生になりたかったんだ。じゃないと父さんはとてもひもじい思いをすることになる。
名前はそのうち紹介されるだろうからそれまで忘れておこう。じゃないと不自然に親密に接してしまいそうだ。それは普通に不味い。
「……これより、第108期生入学式の開会を宣言します。」
そうして俺の波瀾に巻き込まれるだろう入学式は始まった。
「…………生徒代表、セイラ・サンドブルム。」
「はい。」
やべ、ぼーっとしてた。何となくは聞いてたけど。
出るぞ出るぞ、会長が。
「……まずは新入生の諸君、君達が無事に入学出来たことに祝いの言葉を送ろう、おめでとう。私は生徒執行部部長、セイラ・サンドブルム。この学園の生徒で最優と認められたものだ。この学園では力が多くを占める。権力、財力、知力、武力。ここにいる諸君はそれらの何かを持ちここにいることだろう。私はそれら全てを否定しない。が、今はただの学生であることを理解していてほしい。権力も財力も、自らで築いたものはこの中にいるだろうか? いないのであればそれはまだ諸君らの力ではない。この場は自らの力ーー強さを学ぶ場だ。その使い方を学ぶ場だ。それらに溺れる人間は我ら執行部が相手になろう。もし私を下せるのであればそれはある種の正義と呼べよう。有り余る元気があるなら周囲ではなく私に示すといい。全校生徒を掌握すれば法に触れぬ範囲で校則も変えられるぞ? 私の立場はまさしく権力だ。是非諸君らの手で勝ち得てほしい。私が気に入らないなら倒してみろ。」
ひゅ~。会長かっくいぃ~。
いいね、耳が幸せだね。聞き心地のいい低めの声。そこにシビれるあこがれるぅ!
ちなみに生徒議会会長で会長だ。生徒会でも部長でもないんかいと思うが会長で通じる。逆に部長って言うと誰って聞き返されるだろう。
そして特筆すべきはこの会長、めっぽう強い。多分主人公達の中で一番魔王を倒しやすいのは彼女だ。本当に強い。
しかも会長視点だと会長めっちゃ可愛いんだ。可愛いのはヒロイン全員そうなんだけど。
趣味として不器用ツンデレ婚約者(女)が好きだが会長も嫌いじゃない。苦手なのは王子と首席だけだ。
何も二人が悪いんじゃなくて……魔王ルートミスるとこっち入って泣くからだ。あとカップリングの関係もある。
俺は基本このゲーム全部が好きである。
「……そこの君。」
誰だ、会長に声かけられてる名誉な奴は。
「新入生首席、君だ。」
「私……ですか? なんでしょうか?」
指名されてたのは俺でした。カンペにないので驚きつつも立ち上がって答えた。
「私の席に今一番近いのは君だろう? どうだ、私を下したくはないか?」
「新入生にそのようなことを仰られましても……偉大なる先輩に叶うはずもありません。」
「なに、一年あるぞ。是非私の在学中に私を越えてほしい。」
無理っす。貴方って二週目王子でやっと勝てるステータスになる半ばやりこみ要素じゃないですか。
魔王より強いんですか貴方? まあ魔王弱体化戦闘なんだけどね。後半でステータス集中的に上げてたら普通に勝てるし。
全力魔王は9週目以降とかにやるべきだ。それが魔王ルートだから。ステータスマジラスボス。
「……サンドブルム様、このまま新入生挨拶をさせていただいてよろしいですか?」
「なに? ……いいだろう。」
空けてはくれるけど降壇はしないのね。まあいっか。
俺は登壇する。副会長さんと司会の先生ごめんなさい。だって話終わってから挨拶したら食われるから。
うぅ~……1年だけとは言え緊張するぅ~。
「……草木も芽吹く今日この頃…………という定型の挨拶がありますが私達の尊敬する最優の先輩からつまらないと言われてしまいそうなのでこの場で挨拶を変えること、初めに謝罪させていただきます。」
「いいだろう。」
許可出た。副会長さん胃が痛そう……ごめんなさい。
「改めまして……はじめまして皆様。新入生代表、ロレンス・セルヴァーと申します。力無き正義も力ある悪も許さないと言う生徒執行部の方からの意思表示に対しまして私もその意見を支持いたします。ですのでまず最初の首席である私からは一つだけ。皆様はこれより三年間、共に学び成長する同志であると認識しております。私はこの国を支え導いていく皆様と共に成長出来ることを光栄に思います。ですが時には躓き、壁を感じることもあるでしょう。進むべき先を見失い戸惑うこともあるでしょう。その時、大事なものはなんだと思われますか、サンドブルム様。」
「先程は言いそびれたが私は生徒達からは役職で呼ばれることが多い。会長や執行部長と呼ばれた方がしっくり来るのでそちらで呼んでもらえると助かる。……先程の問いには私は良き指導者と返そう。」
「ありがとうございます。では私からは別の解答を提案しましょう。……私は友だと思います。あるいは婚約者、好敵手、仲間でも構いません。共に支え、競える誰かが大切ではないかと思います。……皆様はただ従うだけの存在ではありません。自らで考え、行動し、それを成し遂げることの出来る存在です。一人で戸惑っても二人であれば前を向ける、私はそのような生徒こそ未来を担うに相応しいのではないかと思います。皆様。共に成長し、充実した学園生活を送りましょう。これにて新入生代表者及び生徒代表挨拶を締めさせていただきます。」
よし、時間を縮めたけど短くはない量にはなったね。
会長は何も言わないが面白そうな笑顔だった。俺は会長に頭を下げ、教師陣に頭を下げ、生徒全体にも頭を下げて降壇した。
全部持ってってやったぜぃ!
「少し待ちたまえ。」
しかし逃げられなかった。
「……なんでしょうか?」
「ロレンス・セルヴァー。私の意見を支持するなら私の執行部に入らないか?」
瞬間、俺が呼ばれてもざわつかなかった生徒達がざわつく。そりゃあこんな形の勧誘なんて想定してないもの。副会長さんが頭抱えてるよ。
でもねぇ……俺が執行部に入る理由はないのよ。貴方の下で働くのはとても有意義だと思うけど……俺は主人公達の壁にならないと。
私は巻き込まれないように見てる壁です。
「大変光栄なお誘いではありますが今回は辞退させていただきます。」
「ほう? 理由を聞かせてもらおうか。」
「私は学力はまだしも武力はほどほどでして。執行部の業務には付いていけません。」
「……くっくっ、そうかそうか。なら気が変わったら訪ねてこい。私が会長のうちは喜んで招き入れよう。」
「ありがとうございます。」
今度こそ俺は離れられた。……はぁ~、緊張した。
多分会長の中では面白い人間を見つけたくらいだろうな。
あの人中身は基本可愛いんだけど上司モードみたいのがあってそうなると凄いから。
戦闘狂みたいに逆境に燃える人で勇者みたいな人だから。端的に言うと変身があと二段階残ってるみたいな。
そこから式は滞りなく終わった。俺は始終視線を感じた。
今日はこれで解散なので部屋帰って予習しよ~っと。求人は中々見つからないし。どこも学生雇ってくれないんだよ。
「少しいいか?」
イェス、マム!
「……何かご用でしょうか、会長様?」
「なに、二人きりで話そうじゃないか。」
「女性と二人きりと言うのはちょっと……。」
「……ふははははっ、安心しろ。私が正面から敗れたのなら襲われたって恨みはしない。」
嘘つき。いや、嘘じゃないかもしれないけどめっちゃ乙女な会長見れるじゃない?
「そんな人を犯罪者かのように……。」
「すまないな。日頃より自分より弱い人間とは結婚しないと公言しているんだが生まれてこの方負け知らずでな。学園に入ってみてもどいつもこいつも骨がなくて困ってるんだ。」
会長に勝てるのなんて全力魔王くらいですよ。魔王×会長ルートはないけど。
「そうでしたか。では私は失礼します。」
「話を聞いていたか? 用がないなら付き合ってくれ。」
「すいません、用ならあります。このあと仕事を探さなければいけません。」
「もう進路の話か? 流石に無理があるだろう。」
「いえ、生活費を稼ぐために。」
「君は貴族だったと記憶しているが? それに特待生だろう。」
「私の家は裕福ではありませんし父が一人で領地を運営しています。学園の授業料、寮費、教材等や制服等の負担が無くなったとしてもその他諸経費程度自ら稼がなければ送り出してくれた父が大変な思いをします。私はたった一人の父に楽をさせるために学園に来たのです。では失礼します。」
「…………仕方ない。私の主義には反するが私が仕事を斡旋しようじゃないか。この近辺の店は貴族を働かせてはくれないだろう。私の口添えがあれば学園に通いながら通勤できるアルバイトなどすぐ見つかるぞ?」
お嬢めぇぇぇ!!! 理不尽だ! 製作者は二物も三物与えるんだからなぁ!
俺なんかなぁ! どんなに頑張ったって運動の才能は無いんだぞ!? 魔法だって並み以下なのに!! 運動センスが無いんだ! 力はあるのに!
でも! 見つからなかったから! ありがたい! コンチクショー!
「……よろしいのですか?」
「秘密だぞ。」
会長は右手の人差し指を唇の端の方に当ててウインクした。
…………あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!
か"い"ち"ょ"う"か"わ"い"い"ぃ"!!
「……では失礼させていただきます。」
俺は内心の飛んだり跳ねたりのたうち回ったりしてるのはおくびにも出さず会長に付いていくことにした。