2 芽吹き
『白百合と黒薔薇の花園』は恋愛シミュレーションRPGと銘打たれて発売された。
普通そう言われたら何かしらの恋愛ゲームを想像するだろう。だが違った。
そのゲームの実情は恋愛とシミュレーションとRPG……という具合に別れて存在する別要素であった。
発売しばらくは人気も話題も低迷していたが発売後半年も経つ頃には何処へ行っても売り切れている話題のゲームとなった。
そうして話題となったこのゲームのキャッチコピーとしてファンが銘打ったのは『頭のおかしいゲーム』だった。
絵は綺麗だが声は付いていない今時珍しいゲームだった。ただしBGMのサウンドは山ほどあった。
まずこのゲーム、主人公を男女4名ずつの8名から選択する。この選択キャラによって視点や話の内容が180度変化する。
そして学園編でルートを確定すると次はその後の話となる。学園編の終了と共に周回にも突入できるが本当に頭がおかしいのはここからと言える。
選択したルートによって人間関係、社会関係が変化し、学園編で対象者の尻ばっかり追いかけてると……詰む。
文字通り後にも先にも進めなくなる。こうなったら降伏ボタンを押してデッドエンドだ。最初はセーブの横にある降伏ボタンの意味が分からないがここで知ることになる。
さらには、キャラとルートによっては経営シミュレーションのミニゲームやらされたり、普通のRPGのようにダンジョン攻略したり、調薬ミニゲームしたり……。
そして個人的な感想だが難易度的に特にマゾいのは魔王ルートだ。
学園編で完全な下準備をしつつ超難易度のダンジョンを攻略してレベルを上げ、隠しパラメーターである魔王好感度を基準値に納めないといけない。
高いと闇堕ち、低いと敵対、ステ足りないと勝てない。しかも最後は弾幕シューティングかって突っ込みたくなるような攻撃を避けながら邪神戦。
……この時点でかなり頭がおかしいが更にある。学園編友情エンドとは別に……同性も、攻略できる。ルートがある。馬鹿だ。
少数だがサブキャラクターもいて一応ルートがある。そしてこれまた結構難しい。ただし一部を除く。
それとハーレムや逆ハーも出来るがそれをやると後半の魔王編をクリア出来ない。
学園編終了後、9割死ぬ。理由は色々。残り1割でなんとかなるがクリア難易度はマゾいどころではない。
一応クリアしたけど。でもそれはハッピーエンドではない。
でもまず無理だよ、あれは。選択肢、ステータス、行動、好感度、学習履修率から魔王好感度に至るまで徹底的に管理し尽くして相手の行動パターン暗記して……今でもよくクリアしたと思う。一発セーブ無しとかムリムリ。
なおこのゲームは有志が解析しようとしたところ失敗したそうだ。詳しくは知らない。
俺はこのゲームは好きだが基本ソロだ。攻略すらほぼ見なかった。たまに勧めてくれた友人と情報交換してたくらいだ。
総プレイ時間はカンストして久しかったがステータスの引き継ぎなんかは設定可能だったのでその都度必要な処置をした。
あまり高すぎると実質完全攻略が不可能になるからな。
……とまぁ回想はいいとして。
今の状況でこの主人公達が面倒極まりない。全員をプレイヤーに設定可能で……そして今は全員が主人公の現実だ。
全員が選択するルート次第では学園を巻き込んで愛憎劇が始まるかもしれん。例で言うなら学園編逆ハーのバッドエンドはそうなる。
俺としては関わりたくないし関われるような人間も二人しかいないのだが、いざとなれば逃げねばならないので確認は怠れない。
あとメインヒロインちゃんとは関わっておかないと。魔王とくっ付けられるように最終パーティーには組み込まれていたい。そのためにはレベルも上げないとな。
……魔王は死ぬんだ、このルート以外。だから俺がそこに持っていく。
正プレイ最難易度の魔王ルート。入れるヒロインは一人で、最後のCGは白百合の花と黒薔薇の咲く家を背景に二人が笑うビターエンドがグッドエンド。
何故なら世界は邪神との戦いの影響で数百年後に荒廃することが決まっており、人間より遥かに寿命の長い魔王は長い孤独の末にヒロインに残されまた孤独になるのだから。
正じゃないと言えるほどの超鬼畜プレイの先にはハッピーエンドがあるが、俺はこれを目指したい。
多分ルート通りにはまず無理だから俺の持ちうる全ての知識と、経験と、力を以て。
俺は全キャラの中で魔王が一番好きだ。二番目にメインヒロインちゃん、三番目に不器用ツンデレ婚約者。
…………俺が全員幸せにする。ゲームではルートの同時進行が出来なかったから魔王ルートでは仮面夫婦になったあの二人も、微妙に好きじゃない残り男二人も、暗い男と太陽のような女も、たった一人の孤独な天才も。
全員、全員だ。全員幸せにする。俺は全員の笑った最高のCGが見たいんだ。
超難易度だろうが綱渡りだろうが誰も死なない、不幸にならない。そんな本当のトゥルーエンドを。
メインヒロインちゃんが他の主人公達とは関わってくれるだろう。俺はちょこっと端っこのほうから縁の下の力持ち的に頑張ろう。
そのポジションに入れれば最高のエンドを見れるのと、大金と大量の縁談が舞い込み男爵の位も上がるかもしれない。
だって英雄だぞ? そりゃあ嫁さんに困らない。実子は俺一人だけだから縁談組まないとだけど父さんには学園出というだけで縁談は来るので少し遅めでも構わないと言われてる。
つまり、自分より高い身分と繋がりも作れるし財政楽になるし宣伝にもなるしウハウハなわけだ。男手一つで俺を育ててくれた父さんに楽をさせられるように頑張ろう。
……母さん? 母さんは俺と入れ替わりで死んだよ。前世の両親は俺が幼い頃に事故で死んでるから、実質的に父さんだけが俺の親だったんだ。
本当は心配も苦労もかけたくはないのだが……かけてしまったなら何十倍にもして返したい。
…………っとと、また脱線した。
俺が何故、急に主人公達とゲームを思い出したのか。今日が合格発表日だからだ。
そう、あれから三年が経った。
父さんは領地にいる。俺は結構惜しまれてここに来た。……万が一落ちたら気まずいどころではない。
俺は合格発表の掲示板を見る。正門から近い場所は混むし変なのもいると思うので少し離れたところの掲示板を見る。
学内一斉に貼り出されるので場所は融通が利くのだ。
えっと……ロレンス・セルヴァーは、っと。よっし、特待生!
ちゃんと主人公君の一人もいるね。主人公ちゃんもいるね。位置的に俺が新入生代表か。
残りの主人公達は……まあいるよね。同学年の全員の名前を確認した。やっぱり暦から計算して同い年だと思ったが当たっていたか。
……書類貰いに行かないとな。代表挨拶は定型文あるから困らない。
ふぅ~……とりあえず肩の荷は降りたな。本番はここからだけど。
俺が少し先の未来を想像しているとなにかとぶつかった。やべ、注意不足だ。先生に怒られる。
というかこんなところでぶつかるとか先輩か? 貴族だと益々面倒だな……。
「すいません。」
「いえ、こちらこそ。」
すれ違い様見えた姿は子供が紛れ込んだのかと思うほど小さく、驚くほど真っ白な髪や肌に透き通るような水色の瞳をした少女だった。
……メインヒロインちゃんだった。
ひゃぁ……やべ。教室でファーストコンタクト取りたかったんだけど。
ま、いっか。きっと覚えてないでしょ。
俺は事務室で書類を受け取って宿に戻った。バイトも探さないとなぁ。