18 最終日
本日三話目です。最後になります。
ゴールデンウィーク最終日。
今日は研究室でお茶を飲んでいる。
「私は思うんだ。」
「はい、会長。」
「思うんだ。」
「そうですか、会長。」
「私は最近思う。」
「…………何をですか?」
「私だけ君と距離が遠い。確かに私は二人のようにベタベタするような性格でもないし関わる時間も極端に少ない。気持ちでも負けてる気がする。それでも私だけ遠いのは嫌だ。」
「…………距離って急に詰めるものじゃないと思うんです。」
「そうだな。ただ私にも焦りはある。並ぶべき人間が先行していれば不安にもなる。……そこでだな、私も少しベタベタしようと思う。」
「ここは防音されてないので駄目です。」
「……防音がいるのか?」
「会長、外には人がいるかもしれないんですよ? バレたら困るでしょう?」
「…………そうだが。」
「これ、貸してあげる。ただ一線は越えないで。越えたの知ったら泣くから。」
「…………了解した。」
先輩が一瞬だけやってきてコトッと置いて帰っていった。会長はそれを俺に持ってきて……仕方ないから起動させた。
「……これで二人きりだな。」
「そうですね。」
「………………なんだか照れるな。」
「無理はしなくていいですよ?」
会長は既に赤い。きっと脳内は淫らな妄想でいっぱいだ。
「……本当は私のことは好きではないだろう?」
「そんなはずないじゃないですか。」
「…………では何故私とは距離を置くんだ?」
「置いてません。」
「嘘はいい。接してみて分かる。明らかに私と二人の扱いは違うだろう? 私を見る君の目には熱がない。」
「それは……。」
「無理はしなくていい。」
それは…………。
「…………不安ですか?」
「そうだな。私も不安に思うなんて久しい。こんな些細なことなのにな。」
「………………引きません?」
「何を話してくれるんだ? 言い訳ならばやめてくれ。」
「言い訳……になってしまうんでしょうけど聞いてください。」
「……なんだ?」
「…………俺はロレンスです。と同時に無名の誰かです。無名の誰かはロレンスでありロレンスは無名の誰かです。…………ですが、やっぱり別人なんです。説明は難しいんですが……細かい好みとかが記憶と食い違ったりするんですよ。」
「ほぅ? それがどうかした?」
「…………………………んです。」
「すまない、聞こえない。」
「…………ロレンスの好みなんです。」
「……つまり?」
「今の俺の好み……格好いい人なんです。ゲームのキャラとして、なら好きな人は別ですけど…………今この瞬間のロレンスの好み、憧れ、そういうのは……会長なんです。一番…………好きなんですよ。だからこそ……。」
俺はまだ好意を向けられない。まだ会長の……セイラ・サンドブルムの事をあまりに知らない。
「………………私が? てっきり教諭だと思ってたのだが……。」
「先生好きですよ? 前の俺が。こう……たまに自分の中で好みが喧嘩するんです。昔は魚が好きでしたが今は肉が好きです。体も環境も何もかも違いますから記憶の好みと体の好みが別だったりするんです。……ごめんなさい、多情で。」
「……本当にか?」
「だから一番は言わないのと同時に言えないんです。最低ですね。」
「…………いや、きっとその感覚は君しか分からないだろう。気にしなくていい。……ちなみに、いつから?」
「まずは新入生の諸君、君達が無事に入学出来たことに祝いの言葉を~からですね。」
「ほぼ一目惚れじゃないか。」
「そうですよ? 一目で魅了されました。付いていきたいと思いましたし今こうして話して隣で支えたいと思います。……でも資格がないじゃないですか。だから……信じて待っていて貰えませんか? 必ず迎えに行きます。」
……でもそうだな。これくらいならいっか。
「これで誤魔化されておいてください。」
俺は会長を抱き寄せた。会長は背が高いのでまだ俺の方が低いのだがちゃんと胸元に抱き締める。……身長早く伸びないかな。
会長の反応は……思考停止してるな、これ。そもそもこういう扱いをされないと見える。
「……君はとても強く気高く美しいが、たまには甘えてもいいんじゃないか? 俺もその方が嬉しい。……可愛いよ、セイラ。」
あー……ぞわぞわする。やっぱ師匠みたいにはいかないな。
「…………………………甘える、か。思えば甘えられる相手がいなかったな。」
「兄弟は弟のみ、父は仕事で母は父の代わりですか。」
「そうだ。……存外逞しく感じるものだな。私の方が強いはずなのに。」
「そうですよ。ちなみにこんなこともできます。」
俺は会長の重心を変なところに追いやって足を踏ん張れなくする。
そして顎クイだ。慣れんなぁ……。
会長は咄嗟に抵抗するがさせない。肩を押さえてさらに行動を制する。
そのまま顔を近づけて……額にキスをする。
会長は呆けているようだ。
「抵抗出来ました?」
「………………出来なかった。」
「体格の差や重心の位置、力の入れ方でいくらでも押さえ込めるんです。それにちょっと怖かったでしょう?」
「……ああ。」
「人間慌てると思考力が鈍ります。俺が警告するのはこういうことです。これ、このまま薬でも盛られたら本当に最後までされますからね? 後輩からの忠告です。」
「…………………………気を付ける。」
「いいでしょう。」
俺は距離を取る。……心臓煩いなぁ。
「……真っ赤だな。」
「そりゃあそうです。恥ずかしいし煩悩が襲い来るしいいにお……ごほん。とにかく! 気を付けてくださいね!? そこで聞いてるであろう先輩も!」
「…………バレてた?」
「やっぱり聞いてた! 会長ですらこんなんですよ? 先輩なんて一発です。気を付けるんですよ?」
「後輩君上手くない?」
「そうですか? 実践は初です。」
「…………気を付ける。後輩君ちょっと怖いときあるし。でもそこもいい。」
「…………………………ちょっと良かった。」
…………あー、会長はそうかもね。主導権握るのも握られるのも好きな人だから。
「俺だって男です。いつも結構理性がギリギリなんです。今だって心臓が煩いくらいだ。」
「……本当だ。」
「人の胸元に耳当てて何やってるんですか。」
主導権投げ捨てた後だから理性が……ね?
「…………ここがおちつく。例のコウハイニウムとかいうやつのせいだろう。」
「それ先輩が適当言ってるだけです。」
「男女の体臭の感じ方って相手には不思議といい香りと認識されるんじゃない? 強すぎたらそれは駄目だけど適度なそれは興奮作用がある気がする。君も私達に良い匂いって言うでしょ? 私達なんか特に香水使わないから言うほど臭うはずない。石鹸も臭いは強くない。でも良い匂いなんでしょう? じゃあそうなんじゃない?」
…………なるほど?
「多幸感は人生を豊かにする。抱き締めると多幸感が得られる。つまりロレンステロイドは存在する。」
「そんな無茶な。」
「恩恵受けられるの私達だけだけど。誰にもあげない。」
「…………抱き締めるのはいいんですけど言ったら離れてくださいね? 大丈夫な時と駄目な時があるんですから。」
「今日は?」
「比較的大丈夫な日です。ただあんまりくっつかれるとムラムラするのでほどほどにお願いします。」
「……君はそういう話題を控えるつもりはないのか?」
「事実ですので。たまに自制出来ないくらいになるときがあるんですよ。それ自体は健康的な証なのでどうしようもできません。むしろ無いと失礼です。いざというとき流されたらお互い困るでしょう? もしどれだけ憐れだろうとそのときは蹴っ飛ばしてください。」
「……だからと言って。」
「くっつかない、一定より近づかない、部屋に帰らせてくれるって言うならやりようはありますけど。」
「……むぅ。若い男に酷だとは頭では理解できるが……具体的に我が事ではないからなぁ……。」
「体験してみます?」
ほんとねぇ……理性がなければ襲ってるって。近いんだよこの人達。
ちゃんと頭が貴族の時なら大丈夫だけど通常時でやるものだから……とはいえ事務的な対応取るわけにも。
「どうなるんだ?」
会長は生唾を飲みながら聞いてくる。どうなるか……ねぇ?
「相手の事を気遣わないなら……怖いと思いますよ? 性犯罪は遥か昔からありますしそのためなら国が滅んだりもするんですから。」
「…………ならしないほうがいいのか?」
「いやぁ……嬉しいんですよ? ただお預け食らうのが辛いだけで。つまみ食いを許してくれると楽なんですけど。」
「……んー…………却下。」
「そんなご無体な。」
「変な噂立ったら困るでしょ?」
性欲抑制剤でも作ってみるか? 副作用出たら怖いなぁ……。
「やっぱり言ってやめてくれればいいですよ。抱き締めること自体は嬉しいんです。今嫌そうに抱き締めてますか?」
「…………本当に大丈夫か?」
「言ったらやめてくれれば。」
性欲だけで生きてるわけでもないし頭に血が上った状態で誘惑さえされなければ大丈夫。
「あと露出は控えてもらえると。」
「それは無理だ。歓迎パーティーにはドレスで参加だ。」
「それは大丈夫です。事務的な対応するので。」
「じゃあ褒めてくれないの?」
「事前に見せてくれれば真っ赤になって褒めますよ。ただ当日は全部押し殺すので反応は期待しないでください。後程感想を求められても大したものは得られませんよ。」
「どうしようかな……行こうか行かないか。」
「来なくていいです。」
「じゃあ行く。」
なんで!?
「不思議? 何故なら行く気しかないから。迷うけどやっぱり牽制の方が優先順位高い。」
「なら何で迷うふりしたんですか……?」
「一瞬だけ迷って直後に答えが出たから。今の私は頭からっぽ。褒めてはほしいけど無理なら仕方ない。」
「踊る順番は私が先でいいな?」
「えぇー……。」
「いいな?」
「それは……。」
「い、い、な?」
「…………後輩君は私のものなのに。」
「来年は君が初めに踊ればいい。私は今年がラストだ。その次なんていつになるか分からない。……駄目だろうか?」
「分かった。セカンドが私。サードから好きにして。」
「了解しました。」
俺達はなんだかんだそうやって雑談しながらだらだらと最終日を過ごした。
途中で会長とチェスを打った。駒落ちのハンデありだったのに惨敗した。会長とも二度としない。
お疲れ様でした。




