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13 学園に戻って


 本日一話目です。


13 学園に戻って


 学園に辿り着いたのは土曜の夕方だった。


 疲れた俺は寮に……当然のように帰らせてもらえず、研究室へ連行された。


 ……ベッドとか教科書や筆記用具、着替えすら置いてあった。着替えのサイズはどこから……?


「……後輩君の下着はこんな感じなんだ。形とか全然違う。」


「そんな手にとってまじまじと見るようなものですか……ね……ぇ…………? ………………え?」


「何か変なの?」


「それ誰がどこの店でどこからお金を出したものですか?」


「えっと……購入者は副会長になってるから副会長の使用人だと思う。店はラビリンス、金額は金貨2枚くらい? こんなもの。」


「マジで言ってます?」


「何かおかしい? ……あ、特別賞与渡してない。あとで出しておく。」


「そっちはとりあえずいいんです。……どこから、出てるんですか?」


「私のポケットマネー?」


「…………マジデスカ。給料から天引きとか?」


「そんなケチ臭い真似はしない。そもそもそういう契約。」


「だからといって……。」


 王都の最高級の衣料品店の名前が出てくるか……?


「そんなお店は制服仕立てた時ですら行ってませんよ。」


「そうなの? あそこ混むから?」


「高いからです。」


「値段ならビリーバーのが上。」


 信じる人がどうかしましたか……? まさかあの完全会員制のくっそ高い店じゃないですよね……?


「何か変? 特に変なところもないと思うけど。」


「高いです。びっくりしました。まさかそこに見える制服の代えも……?」


「そうみたい。そっか……服って言うとこんな感じだったから。私は丈夫で汚れにくくてシワ出来にくいのって注文入れるからもっとする。」


「…………………………先輩の月収っていくらですか?」


「月によって違う。先月は……聖銀貨4枚?」


 せいぎんか……? 金貨の100倍の価値の……?


 ………………4000まんえん? よんしぇんまんえん?


「多いときはもっと行く。」


「……先輩ってお金で実家を殴り飛ばせるのでは……?」


「それには足りない。一応名門の魔法使いの家系。歴史も深いしお金もある。地盤がしっかりしてるから中々崩せない。それに一応実家、潰したら潰したで面倒。互いに目の上のたんこぶ。忌々しい。」


 …………言うほど忌々しそうじゃないな。


「先輩は…………いえ、聞くのはよしましょう。先輩は先輩です。不躾なことを聞いてしまい申し訳ありません。」


「構わない。君も向かい合う問題だから考えを言うのはちゃんと考えてる証拠。口に出して纏まることもある。」


「…………そうですか。これからは抱え込まないでくださいね。」


「……そうする。頼りにしてるよ、後輩君。」


「任せてくださいネス先輩。」


「…………案外照れるね。ロレンス君。」


「俺は照れませんね。名前は呼ばれ慣れてます。」


「……なんだかむにょむにょする。」


「なんですかその珍妙な擬音は。」


「分かんない。初めてだから名前を知らない。むにょむにょする。……君は私に新しい知識をくれる。」


「そうですか? 俺は何もしてませんよ。」


「十分してる。少なくとも私の胸に溜まっていた泥々したものはすっきりした。同じことを君以外に言われても私はきっと信じない。君だから私は救われた。それとも私の悩みは取るに足らないほどちっぽけだったって言うの?」


「……解決してないじゃないですか。俺はちゃんと結婚して何年も経ってからする幸せかという問いにはいを貰えるまでは先輩を救えただなんて思い上がれません。」


「君には段階とかないの? ゲームだって順番に解決していったでしょう? 一発で結婚まで行ったの? それは確実に私じゃないけど。」


「行くのは先生だけですね。」


「ほらやっぱり。まずは私の劣等感を救ったんだから胸を張って。君の目標は最後でいい。色々経験して乗り越えて、道半ばでも一区切りついてからすればいい。ゴールがそこだとしてもチェックポイントくらいは経過したでしょ。まずは喜んで。」


「……それもそうですね。」


「そしてそれで喜んでもらうと私は密かに嬉しかったりする。私は私できっとゲームとは別人物だけど近い存在ではあると思う。目標が高いのはいいけどそっちと比べれば私がどれほど救われたか少しは分かるはず。」


「…………そうなんですけどね。」


「私はそのゲームやってみたい。君と私を結んでくれた。……私達の新婚旅行はそれね?」


「それ……というと?」


「精霊が記憶を作り物だと言わなかった。つまりこの世界と君の前世は何らかの形で繋がった、もしくは今も繋がってる。壮大な世界旅行。君の前世へ会いに行こう。」


「…………俺、名前とか顔とか親の事とかさっぱり覚えてませんよ?」


「学園は? 通ってなかった?」


「……通ってましたね。」


「そこから家に帰れる?」


「帰……れますね。そっか、こう思い出せば良かったのか。」


「名前が分からなくても君のいた場所へは行ける。」


「………………でも。」


「当然、難しい。そもそも世界とは何か分からない。物理的な空間とどう違うのか分からない。宇宙の外の星の彼方にあるのかもしれない。でも転移が存在するんだから物理的な距離はどうにかする。私が行きたい、だから行けるようにする。手伝って。」


「……取っ掛かりはあるんですか?」


「ない。だから色々と観測したい。ダンジョンや今回の森も普通に考えたら道理に合わない。つまり知らない法則がある。世界が違う、それは具体的に何が違うのか。私はそれを見つける。」


「………………無茶苦茶だ。」


「君の選んだ婚約者はそういう人間。そちらのご両親にも挨拶しないと。」


 ……というかまだ正式な婚約はしてないです。付き合ってないとは……言えませんけど。照れるな……。


 でも前世の両親に挨拶か……。


「俺の両親はもう……。」


「お墓参り。させて? ロレンス君の土台となった少年に私はお礼をしたい。」


「でも可能なんでしょうか?」


「愚問。不可能を可能に変える女、それが私。私は私のゲームをやりに行く。ロレンス君ルートを探して探して攻略する。」


「徹底的に調べましたけどないですよそんなルート。」


「不可能を可能にする女、それが私。きっと画面の向こうの私が作ってくれる。」


「なんですかそれは……。」


「私ならやる。なんてったって私だから。過去の私に一言言えるならさっさとロレンス・セルヴァーに会って抱き締めてもらえって言う。」


「9歳の俺とかは雑魚ですよ。」


「そう? じゃあ目を付けとけって言う。……とにかく、だから私はそのゲームを気持ち悪いとは思わない。大量の人間にスリーサイズを知られて過去とか暴露されてるのは恥でしかないけどこの世界じゃないからセーフ。」


 だから気にしないで……と先輩は続けなかったが俺には透けて聞こえた。


「……ありがとうございます。」


「お礼を言われることはしてません? 自分の欲望に忠実なだけです。」


 彼女は少しキメ顔っぽい顔をしてそんなことを言う。けどほぼ無表情な事も相まって凄くシュールだった。


「…………ふふっ、あははははっ! それは俺の真似ですか!? 似てませんねぇ……くくっ……!」


「そんなに笑うなんて酷い。」


 先輩は軽く頬を膨らませる。その動作が子供っぽくてあざと可愛くて、ますます笑ってしまう。


「……もう知らないっ。」


「ふふ……すいませんね。先輩が可愛くて。……向こうの部屋なら抱き締めてましたよ。」


「それは惜しいことをした。向こうに行ってもう一回やろう。」


「やりませんよ。……これからいくらでも抱き締めますから。今はしません。駆け足もいいですけど歩いていくのも乙でしょう?」


「君は詩人。」


「そりゃあ貴族ですから詩歌も少しは嗜まされました。女性を褒めるときは違う詩を詠めって師匠に言われてます。でもそんなものとは関係なく先輩は美しいですけどね。」


「……これからはもっと健康に気を使うし肌とかももっとちゃんとやるから。でも髪はお願い。」


「時間の浪費は帰りますよ。」


「女性にそれは酷い。……分かった、少しだけにする。」


「それは妥協するんじゃなくて少しで済むものを開発するって意味なんですから先輩は凄いですよね。」


「やっぱりバレた。……だって綺麗でいたい理由が出来たから。最低限だといつか劣化する。それは少しでも遅くしないと後輩君の目がそっぽ向いちゃう。」


「もう向きませんよ。」


「不安は分かるはず。君が私が取られてしまうんじゃないかと思うのと一緒。」


「互いに付き合いが短いですからね。随分と濃密で濃い数日でしたから錯覚しますけど。この数日は起きたら先輩に君は誰と言われる恐怖があったくらいです。」


 実はその恐怖はまだある。それくらい短い時間の出来事だったんだ。

 一ヶ月前の自分に今の話をしても信じまい。


「私も君は夢の中の都合のいい男の子じゃないかと思う。寝て起きたら当然魔法なんか使えなくて君がいない、そんな想像。本当に夢のよう。だって一生使えないと思ってたから。君がいない悪夢なんて見たくない。きっとこれが夢なら二度寝する。君がまた現れるまで何度でも二度寝する。睡眠で夢のリセットマラソン。」


 リセマラってこの世界にもあるんだ……。


「リセットマラソンってどこで使う言葉なんですか?」


「ダンジョン。ボスまでいって報酬がいらなかったら取らずに帰還、その繰り返し。たまにクリア毎に判定はあるけど受け取りが一人一回のダンジョンがあるからそこで使われる。転じて同じ物事を都合のいい結果となるまで繰り返すこと。もしかして物欲センサーとかも元の世界にもあった?」


「ありましたねぇ……言葉に違和感が……。」


「私達にはこれが普通。相応に理由があって発展した言語。君には不自然に見えても歴史があればそれは自然なこと。きっと言語が一緒だから言語センスが似る。」


「確かにそれはあるかもしれません。」


「…………そうじゃない。とにかく私の中で後輩君は相応に大きくなってる。だから失いたくない、そのために綺麗でいたい。とても健全な理由。不死になりたいとか永遠の若さをとか言ってるわけじゃないんだから許して。」


「先輩はそれも実現できそうですよね。」


「しない。教諭を研究すればできそう。」


「あぁ……やっぱ若いですよね?」


「若い。知らなければ同い年と言われても本当かと聞き返す。ちゃんとした格好してるから大人だって分かるだけで見た目だけなら学生と大差ない。下手したらそれより幼く見える。きっと人間じゃない血が入ってる。」


「それは失礼過ぎますよ。」


 ………………っと? 可能性はあるな。魔眼は突然変異であって一族として遺伝するような形質じゃない。


 過去に悪魔と契約したか契ったのかもしれない。悪魔じゃなくてもそれこそ精霊とか。

 魔物は産まれた時点でほぼそっちの種族の形質が出るはずだから違うと思う。ゴブリンとかはこの世界でも有名だ。


「報告があるから仕事が終わり次第駆けつけたのに人を化け物扱いとはいいご身分ですねぇ? ロレンス君は否定したのでお咎め無しですぅ。」


 中身見てるなら否定してないって分かるはずなんだけどね。

 ごめんね、先生。貶す意図は無かったんだ。ただ正体を知れれば得心もいくし強化大作戦の可能性が広がる。


 先生は話しかけたと同時に防音したようだ。内緒話か?


「すいません、教諭。気分を害されたのであれば謝罪します。教諭の若さは凄いのでその理由を考えていただけです。」


「次から気を付けてくださいねぇ? 一族に多少の情はあるんですぅ。侮辱されたら怒りますよぉ。」


「すいませんでした。」


「分かればいいんですぅ。」


「ところでノックと入室の許可は取りましたか?」


「…………取ってませんねぇ。」


「命に関わるような実験や国家レベルの機密の話をしている可能性もあるので入室許可は取ってください。それが出来ないのであればこの部屋への立ち入りを禁止せざるを得ません。」


「…………すいませんでしたぁ。」


「次から気を付けていただければ結構です。」


 これ多分半分くらいは二人でいたのを邪魔されて文句言ってるだけだな。先輩ったら可愛い。


「……聞きたいこともあるんですけどぉ。重要な報告なので先にしますねぇ?」


「なんでしょうか。」


「貴女と言うよりは彼に関する事なんですけどぉ……君のお仲間、見つけましたぁ。読めた内容からして互いや例の人達に接触はしていませんけどぉ、どうしますかぁ? 私も基本的にその件での介入はしてないですぅ。」


 悪意発見。


「…………悪意……ですかぁ?」


「こっちも相応に収穫がありましてね。俺の近くに悪意がいるそうです。」


「……なるほどぉ。詳細は長そうなので聞きませんから必要になったら教えてくださいねぇ。」


「分かりました。」


 信じてくれるのか、これだけで。先生は凄いな……。


「それでぇ……私も全部は読めなかったんですよぉ。やっぱり君と私は波長が合ったんでしょうねぇ。とは言え他の人の何倍も読みやすいのでぇ、君がいなければ特定は容易でしたぁ。」


「……接触してないのは英断です。」


「いやぁ……君とは対でしたよぉ。」


「対とは?」


「君が自分の存在の確立を求めたのならぁ、あっちは成り代わり希望ですねぇ。」


「…………不愉快。」


 判断が早い! もう眉をしかめていらっしゃる!


 俺はまだ五分五分くらいの予想なのに!


「私をイカれ年増と呼びやがりましたぁ。八つ裂きにしてやろうかと思いましたねぇ。呼び出して威圧したらおどおどしてましたよぉ。愉快でしたぁ。」


「先生は癒し系なのでそんなこと言いません。」


「酷い決めつけですねぇ。」


 でも俺もそれは変わんないのでは?


「君はロレンス君ですが彼女は名も無き何者かですねぇ。」


「彼女……ですか。」


「彼もいますよぉ?」


「…………二人いるんですか?」


「いましたぁ、二人とも不愉快ですぅ。一応可愛い生徒なので矯正出来るように頑張りますけどねぇ?」


「頑張ってください。危険になったら教えてくださいね?」


「こう見えて強いので大丈夫ですよぉ。」


「本当ですか? 強くても後ろから刺されたら死ぬんですから身の危険を感じたら言ってくださいね?」


「……それも違いましたねぇ。」


「それというと?」


「彼らはまさしくゲームをしてますぅ。ロールプレイングですらないゲームをですよぉ。その割に勘は鋭くていらないとこばっかり気付かれかけるんですよねぇ。」


「どういうことですか?」


「君が危惧する最悪の事をしてますねぇ。」


「…………選択肢を代わりに消化してるんですか?」


「してますぅ。序盤ですからシナリオと差異が少ないんでしょうねぇ? 遭遇する場所、条件に変化はないようですぅ。よっぽど現実に沿って作り込まれたんですねぇ?」


「馬鹿なんですか? 主人公達にイベント消化してもらわないと誰が邪神を倒すんですか。」


「…………その言い方も不愉快ですぅ。」


 俺は言われて失言に気がつく。確かにこれでは盤上の駒を呼んでいるようだ。


「失礼しました。才能ある人間の強くなる機会を奪ってしまったら誰が国を守るんですか。」


「同じ内容なのに印象がらりと変わりますねぇ。」


「こんなのただの言葉遊びです。…………すいません。」


「後輩君を苛めるなら教諭でも許しませんよ。折角良い印象を持ってもらったのに台無しです。彼は悪くない。ちゃんと自分と向き合い私達と向き合い私達の幸せを心から願えるいい子です。そんな現実逃避してる人達と一緒にして彼を傷つけないでください。」


「過保護ですねぇ?」


「教諭、例えばです。例えばその男と彼の両者に婚約を求められたらどちらを了承しますか?」


「ロレンス君ですぅ。」


「それは何故ですか?」


「私は固定の言葉しか話さない機械ではないので通じてない会話をするのは御免ですねぇ。」


「彼は……ロレンス・セルヴァーはちゃんと生きています。選択肢で話したことが一度でもありましたか?」


「引き合いに出されたことはあっても定型文で話された事はないですねぇ。自我を否定されるような言動は振らないとしないですぅ。それも気を使っているようですねぇ。」


「家族を愛し、世界を愛し、人を愛した彼を侮辱しないでください。」


「今日は饒舌ですねぇ。……気にしたならごめんなさいねぇ。」


「先生は悪くありませんよ。至極当然です。俺だって気持ち悪い。」


「ほら……。」


「私を非難されても困りますよぉ! 私だってぷんぷん状態で来たから少し気が立ってて強く言ってしまいましたぁ、ごめんなさいぃ。」


「そういう日もありますよね。お仕事お疲れさまです。」


 ぷんぷん状態……。


「ほら……。」


「なんでまだ非難されるんですかぁ!?」


「話を逸らしました。彼はこれ以上問答するつもりがないんです。」


「ところで先生。どうやって邪神を倒すつもりなんですか?」


「ほら……。」


 さっきからほらしか言ってないよ、先輩。


「先輩も先生を苛めちゃ駄目ですよ。先生も仕事終わりで疲れてるんです。俺もあまり気にしてませんから。とりあえず座ったらどうですか? お茶菓子はあったかな……。」


 事実だから。記憶があればどうしても寄ってしまうしそれを基準にしてしまう。

 もし事実でも気持ち悪いし間違ってたらもっと気持ち悪い。俺だって嫌だ。


 でもこの記憶がないと俺は役立たずだ。とても強いとは言えないし賢くもない。


 先輩は救われたと言ってくれたけど……俺は記憶がなければ何も出来なかった。


 利益を受けるなら不利益も受け入れるべきだ。誰かを救えるなら少しくらい気味悪がられて気持ち悪いと言われても構わない。俺にとって大切なものはもう決まっている。


 …………先生はどうかな。やっぱりこんな得体の知れないのは嫌か。いい人探さないと。

 ドレスを着た先生におめでとうと言えるように。


「ほら……。」


「ロレンス君攻略が一番難しいんじゃないですかぁ?」


「難しいと思います。一歩ミスしたり引いたりしたらその隙間に壁を作ってしまう。面倒極まりないですね。相手のためを思ってるからこそ嫌な思いはさせないように注意してるように感じます。ついでに私は攻略済みです。」


 捨てられるまでですけどね。


「これ伝播するんですねぇ。根暗ですねぇ。」


「…………同時じゃないと駄目なんですか?」


「多分そうですねぇ。前例を作っちゃうと怖くなっちゃいますからねぇ。現状欠点しかアピールポイントありませんからぁ。」


「……教諭のバカ。」


「そうですねぇ。」


「二人揃って何の話ですか? ほら、先生もいつまで立ってるんですか、報告を聞かせてください。茶器持ってきますね。そういえば俺の荷物にお茶菓子ありました。安物ですけど許してくださいね?」


 俺は顔を笑いと真顔の中間へ置いて自分の仕事の話をする。お客様にはお茶を出さないと。


「…………隠すの上手。私達にしか分からないと思う。」


「そうですねぇ。……怒ってますかぁ?」


「何をですか?」


「いっそ怒ってくれた方が楽ですねぇ。」


 怒ってほしいのか……。


「こらっ。」


「……頑なですねぇ。感情を見せてくれない。見せられない環境に……そっか、いたんですもんねぇ。」


「…………私も長らく甘えてないから意識してませんでしたけど私と一緒で彼も私にしか甘えられないんですね。……少し悪いことをしましたね。」


「みんな年上ですもんねぇ。」


 俺は母の代わりを求めたことなんて一度もない。それはきっと未来もそうだ。失礼な人達だ。

 それにただでさえこんなに情けないのにこれ以上弱味なんて見せられない。 


「何の話か知りませんけどもう暗くなってるんですから早く話を済ませないと。先輩、今日は夕食作ってる時間がないので食堂で食べててもらえますか? 俺はお風呂掃除しておくので。」


「…………君は?」


「仕事が済んでないのに夕食なんていただけませんよ。後で朝食の食材を貰うときに余り物でももらいます。」


「一緒に食べよう?」


「お給料もらうのに仕事が出来ないんじゃ首になってしまいます。それは嫌なので遠慮させてください。明日はご一緒させていただきます。」


「…………もう飽きたの?」


「喧嘩なら買いますよ。先輩の素敵なところを延々聞かせて差し上げます。」


「さっきまでの感情が感じられないけど?」


「先生もいるじゃないですか。それに貴族たるもの感情を押し殺せて一人前、でしょう? 感じられないってことは上手く隠せてるんですね。」


「……無駄に口が上手い。」


「先輩のお墨付きですから。」


「…………拗ねるのやめない?」


「なんのことですか?」


「じゃあキスして?」


「恥ずかしいので嫌です。」


「これから沢山する。今したって変わらない。」


「変わりますよ。急ぎすぎです。」


「君が逃げるから。そんなに嫌?」


「何の話ですか。脈絡ありませんよ?」


「……惚けられるとつつきにくい。」


「ほら、もう空暗いんですから。先生を遅くまで拘束するつもりですか?」


 先輩が黙って近づいてきていたのでするっと避ける。慣れた。


「………………次はないよ?」


「その次がどういう次なのか候補が多すぎて分かりません。」


「次避けたら容赦しない。」


 どう容赦されないんだろう……?


「契約に盛り込む。もしくは普通に脅す。最終手段は泣く。」


「抱き締められるのは恥ずかしいんだって何度言えば聞いてもらえますか?」


「本気で嫌がってなかった。」


「ダイエットしてる人が甘いもの進められて表面上は嫌がってても内心歓喜してるのと一緒です。」


「つまり嫌じゃないの?」


「嫌なんです。嫌なんですけど人からやられてしまうと本能には逆らえないと言いますか。つまり先輩に抱きつかれると興奮するのでやめてください。」


「すれば?」


「鬼ですか。」


「なんで?」


「これは貴方が悪いですねぇ。ちょっと可哀想ですぅ。」


「…………なんで?」


「説明しろと? お断りさせてください。」


「私が説明してもいいですけどぉ……教えなくてもいいような気もしますよねぇ?」


「何で私が一人責められてるんだろう……?」


「無邪気に懐いてもらえるのは嬉しいです。ただ貴方は十六歳児なので体が相応に発達しています。俺も発達してます。更には人体の一部が急速に発達するんですよ。」


「そんなことある?」


「面白い言い回ししますねぇ? おっきくなっちゃうと困るからやるなってことですねわかりますぅ。」


 先生は腰に手をあてて指を……。


「下品ですよ。女性がなんてことしてるんですか。」


「分かりやすいでしょおぉ?」


「………………理解した。そっか……生理現象だから仕方ない。」


「あとそれに伴ってそういうネタを振る抵抗感もあるようですしぃ、溜まるのもあるでしょうねぇ。」


「そこまでで。それ以上は飛び降ります。」


「彼も色々考えてるんですよぉ。せめて二人きりの時だけにしてあげてくださいねぇ?」


「………………嫌がる理由が理解できたから我慢する。」


「むしろ二人きりならいいって言ってるんですからいいじゃないですかぁ。私だと普通に避けられますよぉ。」


「そういうことです。話を進めましょう。」


「そうですねぇ……って流されませんよぉ?」


 ちっ。


「………………真剣に答えてくださいねぇ? もしかして本当に嫌なんですかぁ?」


「…………………………話聞いてました? ダイエットですよダイエット。」


「それの逆ってことですかぁ?」


 美人に迫られて嫌なはずないでしょう。


「話を逸らさないでくださいねぇ? ちゃんと、私の目を見て、私を見て、答えてくださいねぇ?」


 先生はその細腕からは想像も出来ないような力で俺の頭を固定して目を合わせてきた。


「興奮するのでやめてください。」


「冷静になれないなら一発抜いてあげましょうかぁ?」


 真顔で下ネタぶっこんできたよこの人。


「私は本気ですよぉ?」


「………………何が聞きたいんですか?」


「私が嫌かどうかですよぉ?」


「……俺は先生をあまりに知りません。先生のような人は知っています。そこを間違えたのは俺ですよ。俺が嫌われても仕方ない事をしたんです。」


「だから謝ったじゃないですかぁ。」


 まだ嫌われるだけならいい。それで傷付かれるのが怖い。


 俺はいつか間違えるかもしれない。知らない相手なら決めつけられるが知ってしまった。全く違うなら良かったのに中途半端に知ってる人だから困る。


 本当はちゃんと一線引くつもりだったのに。我ながら欲に釣られて情けない。とても情けない。


 だから気持ち悪がられたなら好都合だ。


「難儀な人ですねぇ。普通は同郷の彼女達のように私達をどうにかしようとするものじゃないんですかぁ?」


 先生をどうにかしようとする人なんていない。


「…………はい?」


 こわっ。なんでもないです。


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