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知らなければ幸せ

 今日は石投げ当日である。ちょっと緊張しているが今度こそ大丈夫と気合を入れる。そして、髪と頭皮を強化して引っ張り出される。順調である。石を持って待ち構えるエキストラ。私は受けてあげようじゃないと完全防御魔法を発動。


 この状態であれば拳大の石でも死なない。更にしっかり目を見開き待機する。


 スローモーションのように石が飛ぶ。



 今回は大きな石は手ではじく。これ、一歩間違ったら死ぬよねと冷静に作業をする。そして頃合いを見て死んだふりをして辺り一帯を魔法で探査する。暴徒は私が死んだと思い引いていく。コニーは去り、エキセントリック侍女は心配している素振りを装って護衛と共に寄ってくる。


 侍女は演技がなってない。わかりやすい表情でまとわりつく。


 死んでないと理解し残念そうな顔……。



 殺すのが目的だったようだ。仕上げとして今夜動きがあれば後をつけよう。こうして石投げの壁は超えた。さてこの後は病気アピールが必要かもしれない。そうしないと隔離小屋にいけないからだ。


 隔離されても魔法で快適生活ができるし訓練に向いている。


 なにより邪魔されないのは最高だ。



 その夜は尾行することになり首謀者と侍女のやり取りを聞く。病気と精神状態が悪化した場合に医師から隔離部屋療養が打診されると知る。予想した展開で笑ってしまう。精神錯乱も演技に加えることで確定、明日から実行することにした。




 演技は磨きがかかり隔離小屋に無事放り込まれた。父は抵抗していたが、錯乱状態を見て悲しそうな顔を一瞬したのを見逃さない。もともと、表情を読みにくい顔で、おそらく不器用な性格であることも悪いほうに勘違いする理由だろう。父が優しいことを私は知っている。


 何度繰り返したかもう数えてない。結果として観察力と洞察力は磨かれる。


 父には申し訳ないと悔やまれた。



 予想に違わず10歳になりコニーが侍女になる。初めて会ったかのように平然と現れたのは驚きで、問題はあの手この手で虐待してくることだ。体重を絞らないといけないくらい量が少ない食事は、冷ましてゴミでも入れたかのような改変創作料理。


 衣食住は最低で、魔法がなく深夜徘徊しなければ病気になったに違いない。怪しい薬も届けられ、今まで身に着けたスキルで華麗に回避するが、コニーへの幻想が木っ端みじんでマイナス評価となる。


 呪いの人形でも作ろうかと思うほどである。



 入浴でも虐待は行われた。水が滅多にもらえず体臭がきつくなったのは洗えてなく不潔だったからだ。15歳の会食時の父の怒りは服と臭いだったはず。この辺りもコニー単独犯か派閥からの入れ知恵だろう。魔法で体は洗えるので清潔に保てるがやり過ぎるとコニーが疑う。


 深夜、父の書斎で悪臭物質の知識を仕入れ採り入れることにした。


 臭い令嬢の出来上がりが見えてきた。


 とても臭いぞ!!



 町に連れ出されて扱かれるとき、臭い状態で現れるとコニーは我慢する気もなく心の底から嬉しそうに笑う。こちらも釣られ笑いしそうになるが我慢である。やはり臭くて人が避けるようだ。子供が離れるのも無理はない。


 無知の恥ずかしさと、騙されたことに怒りを超して笑いたい気分になる。


 しかし、徹底して精神攻撃してくる。



 食事会イベントも予想どおりに発生したので悪臭令嬢を再現する。当日になり叱られる覚悟で臭くみすぼらしい姿にしていくと、どうやら父は私をに叱ったのではなくコニーに向けて怒鳴っていた。驚きもあり、一瞬であるが変は音が口から洩れてしまう。まあ許容範囲だろう。


 私は叱られたと思い込んでいたのだが、事実は盛大に異なっていた。


 帰宅後にまた一波乱ある。



 コニーが叱られたことを根に持ち、私に言葉で圧をかけてくる。臭いのは病気になった私が悪く、父は臭くみすぼらしい私を見て叱ったのだと珍解釈を披露してくれる。すり替えとしてはお粗末で、お前も同じ病だろうと考えてしまった。おかしくなり噴き出すのをこらえるため、泣きまねすることにした。


 うまく誤魔化せたので眠いと言い張りコニーを追い出す。


 しかし、何故騙されたのだろう。



 学園入学も滞りなく行われ、アニーと久しぶりに再会した。ここで悲しい事実が明らかになる。アニーは家からして第一王子派閥である。この辺りが用意周到に進められていたことに驚きを隠せない。適当に丘に行く約束をするとアニー退場になる。


 調べるとアニーは何故だか休学しているだけである。


 コニーとも連携している。



 そして、嫌な予感がする中でペリトカールの丘を訪れる日になった。車椅子で送り出されるとき父が侍従に指示する内容が不穏だった。どこからかリークがあり警護を強めよと。なんだかわからないが動きがある。


 私は人生二度目のペリトカールの丘にいる。微妙に日程が違ったようで雲が多いが夕日は今日のほうがきれいである。雨の後で空気が澄んで夕焼けの空が美しい。私は無意識に誰にとはなく独り言を言ってしまう。


「ペリトカールの丘からの眺め、記憶に刻まれる風景、私の人生で消せない眺望」

()()()()……」


 私の言葉を聞いてコニーが地声で言う。


「そうですか、これでどうです!」


 私は坂で車椅子を強く押された。一瞬何が起きたかわからなかった。車椅子は加速して枠石で跳ね飛びクルクル回る。あぁぁぁ、この場面を思い出した。私は後ろを振り返るといびつに笑うコニー。


 私は全身を石畳に打ち付ける。油断した、これはダメな奴だ……。


 クルクル回る。クルクル回る。クルクル回る。

 クルクル回る。


 一回目、よく生きてたよ……。




 私は巻き戻った。ショックで漏らしてしまうが気にしていられなかった。石投げも怖かったが、アニーとコニーに謀殺されたのである。呆然としていたが、一瞬で怒りにかわっていく。許せない。許さない!!!


 乳母に世話されながらも激情に身を任せていた。


 乳母の温かさで落ち着いてくる。



 八つ裂きにしたくても最短で数年は会えない。私は少しずつ冷静になる。真実と思えたことが舞台の裏側から見ると実に狡猾であり、踊らされるほうが間抜けなのだと再認識する。いつか第一王子に仕返しをすることを決めた。


 引き摺り降ろしてやる。歯を食いしばり、飽き足らず唇を噛む。


 乳母が指を入れて治療する。



 指を噛んでしまった。情けなくなる。いつも心配させてばかりだ。私は復讐よりも乳母を悲しませたことが悲しくなる。だきしめ、「何があったかわからないけれど我慢しなくていいですよ」と囁く乳母。理解する。愛する者を悲しませてはならない。


 私の状態が今までと乖離していることを把握した乳母。


 私のことを一番よく知る乳母。


 母と呼べたらいいのに。



 私は石投げから丘まで多少の差異はあるが同じように進めてきた。そして、ペリトカールの丘訪問の当日である。今回は油断してないし、車椅子も細工済みだ。そしてまたしても突き落とされる。嬉しそうに笑っているコニー。

 

 私は魔法とブレーキで制動をかけて、わざと転がるように飛び降りる。


 身体強化で衣服以外は無傷だ。



 転がって、冷静に辺りをうかがう。コニーは棒立ちで動かない。潜んでいた護衛がコニーを打ち据えて拘束する。そして別な者が私を抱えて治療を開始するが、驚いたまま硬直している。一切怪我してないので当然だ。


 私は失神した真似をしてごまかすことにした。



 後日、情報を収集すると別派閥からリークがあり、コニーを探っていた矢先の凶行のようである。コニーがこの時期以降会えなかったのは拘束され断罪されたからに他ならない。そして私は奇跡的に無傷だったことから、神の加護があると囁かれ上手く誤魔化せた。


 植え込みに飛び込んだ判断も適切であったのだろう。


 偶然であるが。



 そうして、コニーは口を割らず牢で病死となる。おそらく口封じである。そうこうしているとタニアが登場する。久しぶりで嬉しくなるが、慎重に調査すると第一王子の手の者だった。もう驚くことさえない。


 私の周りは罠だらけで誰が見方で敵なのか、数名を除いて判断できはしない。


 なるべく病弱で物言わぬように距離を取る。



 私は最後の安息地、私の推しであるジェームス様の登場を待つ。タニアは色々とやらかしてくれ、薬を無理に飲ませたりしてくるが魔法で対処する。薬で病状を似せることも忘れない。健康なのに薬物中毒に見える矛盾に笑いたくなる。


 医者もろくに調べず帰っていく。症状からしか判断しない愚か者。


 まあ都合は良い。



 そして、運命のときは訪れ、ジェームス様と遭遇する。夢にまで見た初恋の人。このまま巻き戻らなくてもいいと思いながら観察する。


 何かおかしい。


 違和感の原因がわからず会釈するだけに終わる。

 理由をつけて話す必要があるようだ。



 私はジェームス様の訪問タイミングと時間を割り出して、庭から玄関辺りをウロチョロする。落ち着きのない不審者であるが、この際あまり気にしないことにした。そして、ターゲットを視線に捕らえ演技が始まる。


 私は緩やかに倒れて、運ばれるように工作した。


 演技は完璧だ。



 そして至近距離でジェームス様の眼を見て理解する。医学院に行くほどの知性のきらめきがない。部屋に着いたタイミングでお礼を言って確かめることにする。


「あぁ、私はどうしてここに?」

「倒れていたので運んできました」

「ありがとうございます。ご丁寧に……」

「私はジェームスと申します。薬店の店員です」

「確か医学院の方でしたね。いつもありがとうございます」

「いえ、学園で学び、薬店に勤務しています」


 私は理解できなかった。理解などしたくなかった。


 わ・た・く・し・に・何・が・起・き・て・る・の。



 私は白昼夢に逃避した。


なんで!なんで!なんで!

 なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!

  なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!

   なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!

  なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!



 私は当分放心していたようで何となくだが状況を理解する。薬を持ってくる時点で第一王子の手の者だ。間違いない。ジェームスも偽名だろう。私は生きる気力がなくなる手前でどうにか踏みとどまる。状況を整理して冷静に考える。


 とりあえず、最初の人生は薬漬けだとしても夢で幸せをつかんだと考えよう。

 そうしよう!!!


 幸せだったことは紛れもない事実だ。

 事実だから!!



 誰が何と言おうと私の人生は変わらない。変えようがない。

 幻覚でも、夢に消えたジェームスでも何でもいい。

 幸せだったと胸を張って言える。


 あのひと時は神にだって消せないのだから。


 ()()()()()()()()()



 夜になり屋敷を抜け出して目的地を目指し走り出した。

 心地よい夜風が上着の裾と束ねた髪を揺らす。

 私は暗視でわざと暗がりを走り抜ける。

 非日常感、胸の高鳴りを押さえられない。

 そして、私は塀と柵を飛び超え霊園に不法侵入した。

 道など無視して一直線に滑空して広葉樹の天辺まで一気に駆け上がる。


 私は空に向かって叫ぶ。野犬の遠吠えのように。


「私は心底幸せだった。絶頂で死ねたのだ。この先も絶対ないだろう!!!

 それが表層を掬っただけの……狂って歪みきった幻でも。

 たとえ知らねば幸せだったとしても。

 過去を否定しない。」


「するものか!」



「これは私の人生。私の経験。他ならぬこの私が後悔などする訳がない!!」


 私の放った言葉は夜空に消える。


 そして静かに木の幹に腰掛けペリトカールの丘から夜景を眺める。

 丘は闇に包まれ王都は眠らない。



 私は息をのむ。


 闇から燐光が舞い上がり、

 ()()()に無数の星々が輝く。







煌めいている……

  闇夜を照らす静寂なる光


 風にのって流れゆく

     舞い上がるちいさな灯火



    幼いころ聴いた、いく度も聴かされた子守唄……





 私を抱える母が近くで歌っていた……。


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