再現ほど難しいものはない
いつもの部屋で目覚める。前回は老衰で亡くなるという大往生をしたわけだが、今回も季節が少し早くなっている。巻き戻りは全く同じ時点か少し早くなるようだ。何か条件があるようだが見当がつかない。
初回の人生でこの頃の記憶がほとんどない。印象深かった記憶はどこかの畑で芋を掘り出して感動したくらいだ。くだらない内容でなぜ覚えているのか謎である。芋だけがくっきりハッキリしている。あとは美味しそうな食べ物とか……食い意地が張っていることは認める。
医者の訪問する時期が訪れ、計画していたとおりにうまく誘導して高地療養になる。そして、父に連れられて領地の山村を訪れた。はっきり言って、父が率先して行動したことは驚きだ。まったく記憶になかったので申し訳ない気持ちになる。
愛されていないと思い込んだ過去の私は救いようのない馬鹿。
馬車の旅は特にハプニングはなく穏やかでのんびりした旅になった。父は心なしか機嫌がよさそうで 町に到着したらお菓子を調達して食べさせてもらった。春の陽気につられた私は田舎町の路地を駆け回る。白い壁と半ば風化したような石畳、植木鉢には可憐な花が咲いている。病気療養なのに浮かれ過ぎだと思う。
父は何も言わず、私をじっと見つめるだけだ。
療養先は小さな砦の住居を広くしたような建物。警備は表と裏の出口を兵士が守り、騎士と歩兵が巡回している。この建物にいて石を投げられる可能性は限りなくゼロに近い。おそらく、侵入して石を投げようものなら返り討ちで成敗されるだろう。貴族の住居なのだから。
守りは固く、侵入できるとすれば相当な手練れの暗殺者だろう。
もちろん、私は始末できる。
部屋の中で読書をしていると父が訊ねてきた。父よりも少し年上の女性2名を紹介され、滞在中の侍女と使用人を兼ねるという。片側の女性はどこかで見かけたような気がするが思いだせない。
翌日、父に連れられて山裾の牧場を訪れる。牧草地は晴れ上がり、斜面に生える若草は陽光に照らされ新緑の色に包まれている。風は心地よく、羊や山羊が放牧されている。私は犬と戯れながら辺りを慎重に観察する。
侍女二人が遠巻きに私を監視して、父は穏やかに私を見ている。5名の兵士も軽装であるが急傾斜に合わせた装備で適切だ。剣と弓を装備しているのも心強い。最後尾にさらに軽装の女がいるが魔法使い、それもスペルキャスターのようだ。
父が居るので当たり前だが、伏兵を考慮しても過剰な護衛だ。
きっとこの女だけで火の海になる。
風が草を運び、舞い上がる。上空にはタカが二羽、交差するように飛んでいた。目線を落とすと雪が残る青い山。草原はなだらかな傾斜があり、雲が山にかかっている。まだ風は少し冷たい。私は心地よい寒さの中で、風にただ身を任せる。
辺りの観察をしても石はあるが拾うのに一苦労する感じだ。咄嗟に投げるような環境ではない。ここに来る道も整備されていて投げられる石は多くない。単独行動をしたいところだが、警護は厳しく自由行動など不可能だ。侍女の一人が体術の心得があるようで監視がきつい。
ある程度油断させた後で、夜に調査活動することにした。
父が王都に戻ることになり見送ったあとで深夜徘徊を始める。隠遁スキルと魔法のコンビネーションで抜け出すのは容易であった。暗視の魔法で行動するので問題ないが、子供の身体であり魔力総量が少なく節約することが課題になる。
おかげで昼夜が逆転になり、日中は活動などできず熟睡となる。
病気の影響と思われるのも都合がいい。
3か月に渡って調査したが、主要な場所で石投げできるところは皆無である。街中は整備されすぎ、荒れ地や山はまとまって石がなく、採石場や崖等は人が集まる場所でもないことから断罪はされない。
流行病は深刻であるが、そもそも私自身が病気療養中で、診療所にわざわざ出向いてまで訪問する理由がない。こっそりと主要な病院に侵入しても人が少なく手ごろな石がない。また、私が療養していることは町人にも周辺集落の住人にだって知らされるはずがなく騒ぎになる訳がない。可能性としては内部リークくらいか。
半年経った頃、父から連絡があり療養が終わったことを告げられる。誰が診察するでもなく、唐突に決まったことは不自然極まりないが仕方なし。ここ数ヶ月は護衛に残った魔法使いの女に魔力の増やし方や魔法攻撃の基礎を習った。収穫である。
石投げはなく、場所も不明なままである。
ああ、成果無し。
本邸に戻るが隔離小屋に入れられることもなく、通常の本邸生活が継続された。侍女はお初にお目にかかるニアになった。今までであれば10歳の頃に決まっていたが、7歳になって専属侍女が決まったのは初めてである。
行動を変えると大きく人生が変わる。
ニアは亡くなった第二王女付きの筆頭侍女だった才媛で、淑女教育は苛烈を極めた。立ち姿から矯正され涙目の毎日であった。何の手違いで彼女が来たのかも不明で、前世も含め最高の令嬢らしさは身に着けた。もう二度とやりたくない。
中身は全く変わらず、要領よくやってるだけであるが。
しかし、王女様達は死に過ぎだ。
その後は王子と婚約、学園入学、婚約解消、ジェームス様出会えずの流れは前回同様で、今回は魔法に目覚めたくらいが成果になり、相違点でもある。今回は領地経営に力を入れ、過去の災害復興に関した不自然な点を発見する。
お父様騙されていたのでは。
次回の巻き戻りでは早いうちに尻尾を掴もう。
そして、新たな人生が始まる。今回も高地療養を選択するが、潜入調査ではなく情報収集を中心にすることに変更する予定だ。前回は侍女放置だったので交流することに改め、近所のおばちゃんでもいれば話し相手をしてもらおう。
考え事をしていてふと手を見ると……いつもよりふっくら小さい。そして、とても身長が低いことを理解する。これは5歳ではない。衝撃で尿意を催し、慌てて走るとよろめいて転倒してしまう。当然ながらお漏らしである。
何とも言えない解放感、心地よさを感じながらも、大人の意識でお漏らしは相当恥ずかしい。
癖になりそうである。
今回は3歳になったばかりの頃に巻き戻ったようだ。状況を整理すると母は亡くなっている。乳母が面倒を見てくれている。それに父がよく訪れる。まあ、初回はまったく記憶にないので、初めて知ったことばかりである。
高地療養まで2年あるので作戦の修正は必須事項である。さてどう進めるか。5歳よりも監視の目が厳しく、乳母は本気で愛情を注いでくれる。
何か訳ありのようであるが事情はわからない。
とりあえず、魔法関連をこっそり訓練して、魔力量を早めに増やそうと思う。一説には早く始めるほうが魔力量で有利という学説があるからだ。火の魔法は火事になりかけたので、水魔法に取り組むことにした。
水魔法であれば失敗してもお漏らしですむし……。
「わが涙よ集え。一重二重と花弁となり咲き誇らん!
風よ吹け、叫べよ嵐! 花よ舞え、月よ照らせ!!
雨の歌が魂に響く。いでよ雪の精霊。雪月華!!!」
でたらめの詠唱をすると魔法の威力が上がる。嬉しくなってテンションがさらに上がる。部屋は氷点下以下だが……。寒いので爆炎魔法を小さく展開する。焚火の要領である。まだ寒く布団を巻き付けて芋虫になる。笑える!!
部屋は少し寒いが、乳母の足音がするので慌てて寝たふりをする。
乳母は単に女の子が欲しかっただけのようで他意がないことは安心材料だった。ただ、愛情が重く過保護すぎるのだ。ジェシカにも感じる部分で、私の何がそんなに惹きつけるのかわからない。
「まあ、なんて寒いのこの部屋!?」
「おなかしゅいた」
「あら、もう少しですよ。高い高いするから我慢してね」
私はごまかすため乳母と戯れる。若くて色白、細い首、黒に近い褐色の髪に碧眼。とても綺麗な人である。私と同い年の息子がいるようにはとうてい見えない。私は乳母の胸に飛び込む。優しい香りが鼻孔にひろがる。これが母の匂いなのだろうか。
乳母は私を優しく抱きしめ、クルクル旋回する。
幸せいっぱい!
魔法は順調で魔力もそれなりに増えている。私は乳母の愛情を受けて今までで一番体格がいい。もちろん横に広がってはいない。適正体重だ。こっそりと鍛錬しているので身体強化もあり大人並みの行動ができる。魔法万歳である。
4歳になるころ変化が起きる。突然、私の寝室に乳母が訪れ、目を泣きはらして悲しそうにお別れを言う。私は驚きでお漏らししそうになる。
「やー。なんで!」
年相応の加減がわからず、会話は苦手なので……無難な感じで訴えてみる。
「お嬢様、お役目が終わったので……」
乳母であれば早すぎる解雇である。何か訳ありなのでは?
「まだ、夜こわい!」
「私はお暇をいただきます。でも新しいお世話する人が来ますから……安心してください。お嬢様。本当はもう少しお世話したかったです……」
「やだ……」
涙は滝のように流れ落ちる。私は別れが嫌いだ。特に心を許した人であればなおさらだ。この涙は心の奥底から流れ出す。困らせたくないのに子供の身体は正直すぎる。そう言う事にしておきたい。
どうやらこの流れは、本人の意思ではなさそうだ。いつか父に確認してみよう。何か不自然さを感じる。そうして、私の好感度の高い侍女や使用人が次々と見事なほど交代させられる。こうなれば計画的だ。新たに加わった侍女は優先度を上げてマークする。
監視していると叔父と繋がっていることがわかる。ただの4歳児と思って舐められているのか面白いようにボロが出てくる。復興関連の詐欺融資も叔父の仕業だし、諜報活動に向く身体ができあがれば身辺調査をすることに決めた。
ちなみに叔父は身内ながらクズ人間の筆頭で、他の親類からも絶縁状態にあり、問題を起こすので尻ぬぐいが大変なようだ。あまりに実害があるようなら早めに毒殺か寝たきりになってもらうことも考慮する。
叔父様許しませんよ。