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夢よ覚めないで

 薄暗い空間に深い闇が増していく、何かよくわからない言葉が耳元で囁かれる。

 バラバラに散らばっていた意識の破片が集まってくる。

 私の意識は現実世界に引き戻される。

 私はハッとして起き上がる。


 ありえないほど何の抵抗もなく起きることができた。

 頭も妙にすっきりはっきりしている。

 私はどうなったの?


 私は世界の見え方と身体に違和感を覚える。視線を落とすと小さくむくんだ手。この手は幼女の手、目線も低い。驚きはそれだけではない。今の体は健康体だ。


 私は幸せの絶頂から目覚めたようだ。嫌に現実的な夢だった。


 そう思うしかなかった。



 私は部屋を見渡す。早朝のようで薄暗く、窓もカーテンが締まっている。室内は子供の好む小物が並び、ぬいぐるみなどが整然と置かれている。


 記憶にない部屋だ。


 いえ、記憶にある本邸の空き部屋に調度品とかが似ている。

 慌て廊下に出る。

 間違いない。


 私は何が起きたのかわからなくなる。

 長い夢を見ていたに違いない。無理して思い込む。

 今がいつで、私は何歳なのだろう。知りたい。知らなくては。

 パニック寸前で廊下をパタパタ歩いていると使用人に呼び止められる。


「お嬢様?」


 知らない顔だ。何と答えればいいかわからない。

 とりあえず、微笑むことにした。


「ニカッ」


「いい笑顔ですね。お部屋はあちらですよ。一緒に戻りましょう」


 私は頷き、手をつながれて部屋に連れ戻される。

 焦っても仕方ないし、眠くなってきた。

 幼女の身体に引っ張られる。


 お休みの時間のようだ……。



 何日か我慢しておとなしくしていると、使用人の会話から状況がわかってくる。私は5歳で病気は発症していない。そして、発症すると山村療養になるのだろう。これは、石を投げつけられることに繋がる。私はそれを全力で阻止する。


 やがて運命の分岐点が訪れる。


 医者の訪問だ。



 自室のドアが開き、若い医師が看護師を連れて現れる。医者は爽やかな笑顔で自己紹介する。私も負けてはいられず多少熱があっても平気なふりして、すまし顔で大きく元気に挨拶する。医者は問診するが問題ないと判断したようだ。変な汗がいたるところから湧いてくる。わざとらしく元気に走り回る。やり過ぎかもと思ったが丁度よかったようだ。


 最重要ミッションはクリアした。山村療養は回避したのだ。


 その夜は興奮して眠れなかった。



 体調は信じられないほど良好で、それは精神面にも影響する。私はポジティブに考えることにした。可能性としては転生か予知夢を見たのかもしれない。仮説が正しいのか、現実に起こったことなのか、記憶は曖昧で判断できない。夢と捉えても詳細を覚えていられるはずもなく、信頼できるとは思えない。私の持つ記憶の加護とは何だろう。全く役に立ってない。


 加護について気にはなるが眠いので忘れることにした。


 いつでも眠れる幼女。万歳である。



 毎日をダラダラと過ごしていると別邸療養されないことに気がつく。流れから考えるとおかしいが、あんな粗末な隔離小屋に追いやられるより、今の部屋のほうが断然いい。何が原因で隔離小屋に行くかわからず、勉強と作法には気をつけることにした。


 夢で見た生活とは異なる展開が続き、喜ばしいことに同年代の友人が出来たし、城下に出ることも護衛同伴であるが可能である。あまり夢から離れないと意識はしていても、もはや同じことが起こりそうにもない。


 なんとなく、嫌な予感がする。



 10歳までは身体が弱いふりをして寝込み、医者が来ると元気を装って演技して見せる。夢におけるトラブルの多さからは考えられないことで、不気味なほど穏やかに時は進む。嫌な思いをすることなく平穏に過ごすことができたのは幸運だった。


 しばらくして、専属侍女がコニーではなくジェシカという母親世代の女性になった。とりあえず、会心の演技で、名付けて”可愛さ100倍”で切り抜ける。ジェシカは小柄でぽっちゃり体系であるが容姿は整っている。話してみると優しそうな人で安心した。


「お嬢様、初めまして。身の回りのお世話をさせていただくことになりましたジェシカにございます」

「よろしくねっ! ジェシカ」

「アイリーンお嬢様のお母上様の侍女もしていたこともあり、何か運命を感じます」

「お母さま!?」

「お亡くなりになってしまわれましたが、ご結婚前のことです」

「……」

「それでは、御用があればいつでもお申し付けくださいませ」

「はいっ!!」


 ジェシカは私と同じくらいの娘を無くしているようで、非常に親切丁寧に対応してくれる。それにしても話の流れから私の実母は、すでに亡くなっていることを知る。私が生まれてすぐに亡くなり、病死らしいが詳細は不明。


 夢では病気療養していたはずだ。どうなっているのかさっぱりわからない。


 コニー!……何故、教えてくれなかったの。



 コニーのことが信じられなくなり、この家で雇っている侍女にコニーがいないか父に聞いたりしたが、この屋敷にはいないことがわかる。また不思議なのは、父との関係も夢で見たほど悪くなく、普通に会話が成立する。違和感しかないが関係は良いに越したことはない。


 夢と大枠で似ていても細かい部分で異なる世界。巻き戻りでも輪廻転生でもない。予知にしても不完全だ。訳が分からなくなり考えるのをやめた。そして、甘やかされ食っては寝の生活をしている。


 そして……とんでもない肥満女子になっていた。



 父の再婚には無難に対応し、継母と義妹との関係は至って普通で、相手から干渉してこないので私も距離を取り対応する。入学前の家族会食は腹痛で動けないと嘘をつきドタキャンすることで回避、嫌な思いをわざわざ選ぶ必要はない。


 波風なく穏やかな生活だ。



 私は自堕落な生活を送り、体重はさらに増えた。流石にまずいと思い運動を始めたのだが、開始した当日に右足首を骨折してしまう。後遺症は全くなかったが歩けないと言い張り、これをいいことに自宅学習を父に強請る。


 横着になった私は学園入学も回避した。


 肥満は加速。



 そこから先はタニアの登場と思っていたところ、メイという同年代の侍女が追加される。また、夢と異なってきた。まあ、ジェームス様とは出会えるだろうと離れの部屋に移り住むことにした。


 この無謀なお願いも父からは反対されず了承される。


 嬉しい誤算である。



 そして昨日も今日も窓辺で待つ、夢見る少女の前にジェームス様は現れない。ふと重要なことに気がつく。私が病気じゃないということは、私用の薬もいらないということである。夢にまで見た私のバラ色の人生はどうなるのか……。


 衝撃で本を取り落とし、足の小指に直撃。


 悶絶しながら考える。



 慌ててメイに調査をさせることにした。最初に出入りの薬屋のアルバイトや社員を確認してもらった。メイは好奇心旺盛で食べ物で釣ってこき使った。


「お嬢様、出入りの薬屋には社員、アルバイト共に該当する年齢、容姿の人はいません」

「ちゃんと調べたのかな。買い食いばかりしてなかったの?」

「お嬢様じゃあるまいし……お持ち帰りはしましたけど買い食いはしておりません」

「……まあいいわ。次は医学院ね」

「ムフフ! まだ男漁りを続けますか?」

「失礼ね! 今度は私が医学院に潜入するわ」

「と言われても、私もお供ですよね!? お嬢様!!」

「そうよ!!メイ」


ということで、医学院に潜入することになった。貴族であることをいいことに道で困っているところを助けられ、医学院の学生と知りお礼を言いたいという、まったくの創作物語で突き進むことにした。メイはご熱心ですねとニヤニヤしているが、本心は訪問を楽しみにしているようだ。


「守衛所で事務室に行くように案内されたけど。広すぎね」

「まあ、いいじゃございませんか。男子学生が多くて……より取り見取りですよ。お嬢様!」

「あなたは何をしに来たのかしら……」

「もちろん、運命の人を探しに!!」

「そこまで、突き抜けていると気持ちいいわね。メイ……私も見習いたいわ」

「女の盛りは短いですからね。今頑張らないと後悔します!!」

「そうよね……私もだけど、メイも自力で探さないといけなかったわね」

「はい、全力疾走ですよ!! お嬢様」


 無駄口をたたきながら事務室に到着して聞きまわってみてもジェームス様と特徴の一致する方はいなかった。落胆する私に対してメイはちゃっかり男友達を作っていたのは驚きだ。


 なりふり構わない女は恐ろしい。



 結局のところミスに気づいた時すでに遅く、出入りの薬屋にジェームス様は在籍せず、医学院に潜りこんでも該当者はいなかった。家の力にものを言わせて調査するが特徴の一致する者はどんなに探しても見つからない。偽名も考慮したが影も形も見当たらない。なりふり構わず努力しても報われなかった。


「あぁ! ジェームス様、あなたはどこに!」

「お嬢様!?」

「夢? 夢だったの!?」

「重症ですね。お嬢様……」

「いいのよ。メイ」



 その後もダラダラ生活は相変わらず、私は食後に浮かれて階段を上っていると苦痛に襲われる。胸を押さえ、死の予感さえ感じる苦しみの中、もしも転生か巻き戻りができるなら真面目に生活しようと誓う。


 私にバラ色の人生は訪れず、不摂生が祟ったのか心臓発作で20歳という若さであの世行きとなる。


 夢よりも長生きできたことに歓喜してしまう。そんな自分に脱力だ。


 私ってバカよね。


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