8.パーティー? 【馬鹿は自分が間違っている事すら理解できない】
【side クロ】
俺は自室でマリアが髪を整え終わるのを待っていた。
「おーい。まだかー?」
「もうちょっと待ってー!」
今日は学校で『演習の結果を発表する』という名目でパーティーが開かれる。将来パーティーへ参加する予行練習として、正装を着るように言われており、俺達みたいな平民には、学校が服を貸し出してくれたのだ。
「お待たせー! じゃーん! どうかな?」
「おー! 似合ってる似合ってる! 髪型で大分印象変わるね」
「ふっふーん! あ、クロちゃんもタキシードに着替えたんだ! うん! 似合ってる! 『大人!』って感じ!」
貸し出し用の服は、一般的なタキシードとドレスなのだが、俺達からすれば普段着る事は無い服だ。テンションが上がるのも、仕方がないだろう。
「それにしても……これ、なんなんだろうね?」
「うーん……新手の嫌がらせ……かな? 俺もわかんないや」
マリアが指さしたのは、今朝、寮長さんが、がちがちに緊張しながら持って来てくれた衣装ケースだ。曰く、『王子様からマリアへの贈り物』らしい。
「こんな高そうなドレス、着られないよ……派手過ぎて、私には似合わないし……っていうか、そもそも着方が分からないし……」
「変に着ようとして破いたりしたら怖いもんね……いや、それが狙いか? ダメにしちゃったドレスを弁償させようとしてる、とか?」
「あー! そうかも!」
学校が貸し出してくれるドレス程度なら、知識のないマリアでも何とか着替えられた。だが、それですら、俺が手伝いながら何度もやり直して、どうにか着れた、という感じだ。
王子様から贈られてきた金色のドレスは、どこからどう手を付けていいのかすらわからない物であり、とてもではないが、俺達だけでこのドレスに着替えるのは無理だった。
「そもそも、このドレスが私のサイズに合ってるとも思えないよ……私、王子様に身体のサイズなんか教えてないもん!」
「………………確かに」
マリアは昔から着やせするタイプだ。細身だと思われがちだが、意外と胸が大きい。ゆえに、王子様がマリアのサイズに合ったドレスを贈ってきたとは思えないのだ。普通の服なら多少サイズが違っても着れない事もないが、身体にフィットさせるドレスとなるとそうもいかない。
「まぁ、なんにせよ、これはこのままにしておこう。これ以上梱包を開けるのも怖いし……」
「そうだね……うん! そうしよ! クロちゃんはもう準備いい?」
「もちろん。それじゃ、行こっか!」
「おー!」
王子から贈られてきたドレスの事は頭から追い出して、俺達は意気揚々とパーティー会場に向かった。
「「おーー!!」」
パーティー会場についた俺達は歓声を上げた。入学式の時にも来た会場だが、入学式の時とは違い、先生も生徒も皆おしゃれな恰好をしている。それだけで、会場の雰囲気がまるで違うのだ。
「なんか……凄いね」
「ね! 凄い!」
俺達とは住む世界が違い過ぎて、『凄い』としか表現できない。そんな異世界の雰囲気を堪能していると、会場内に校長先生の声が響き渡った。
「えー、皆様、大変長らくお待たせいたしました。間もなく、パーティーを開始いたします。なお、今年は特別に、国王陛下と隣国のクラリス王女もパーティーにご参加されます。皆様、最敬礼でお出迎え下さい」
校長先生の言葉が終わると、会場の入口から檀上までの道が、赤く輝く出す。おそらく、校長先生が無詠唱で光魔法を使ったのだろう。俺達は、その道の両脇に跪いて最敬礼をとった。
次の瞬間、会場の扉が開き、護衛の近衛兵に囲われた一行が入場してくる。
「(あ、王子だ)」
「(え? あ、本当だ。王女様のエスコートかな?)」
跪いた状態で、その一行を盗み見ると、先頭を国王陛下が、そしてその後ろを、王子が金色のドレスを着た美しい女性をエスコートしながら歩いていた。おそらく、あれがクラリス王女だろう。
国王陛下達は、壇上まで歩いて行くと、振り返って話し始めた。
「皆の者、楽にするがよい。今宵、我らはフィリップの家族とパートナーとしてパーティーに参加しておる。このパーティーの主役は、初めての演習を乗り越えた諸君ら生徒達だ。特に今年は重大な事故が起きたにも関わらず、死者は出なかったと聞いている。トラブルが起きても冷静に対処した諸君らを、我は誇りに思うぞ」
国王陛下の言葉に、皆が歓喜するのが伝わってくる。
「さぁ、パーティーを始めよ!」
国王陛下をうけて、校長先生が話し出す。
「かしこまりました。それでは、パーティーを開始いたします。最初に、今年の演習の成績の発表を行います。成績上位3班は、表彰を行いますので、名前を呼ばれた班の方は、壇上に上がってください」
壇上での表彰。つまり、国王陛下の前での表彰だ。皆の気持ちが最高潮に高まるのを感じる。
「第3位は、スライムを10体、コボルトを7体を狩った第5班です。班員は壇上に上がってください」
会場から歓声が沸き上がった。呼ばれた第5班の生徒達は涙を流している。
「(そう言えば、私達って何班だっけ?)」
「(第1班だよ。まぁ、俺達の順位は分かってるけどね……)」
「(あはは。そうだね)」
壇上では、第5班の表彰が終わり、校長先生が次の順位の班を発表しようとしていた。
「第2位はスライムを4体、コボルトを12体、そしてゴブリンを1体狩った第7班です。狩った魔獣の数は第5班と同じですが、ゴブリンやコボルトの方が、討伐難易度が高いとされております。ゆえに、第7班が2位です。おめでとう!」
名前を呼ばれた第7班の生徒達がガチガチに緊張しながら、壇上に上がる。第7班は平民ばかりで構成された班らしく、壇上に上がった生徒たちは、皆、貸し出し用の服を着ていた。
「(へー、貴族の子がいる第5班を優遇したりしないんだね! ちょっと意外!)」
「(一応、学校の評価は公平を歌っているからね……一応)」
「(一応、ね。うん、そうだよね、一応)」
入学の時に忖度があったり、王子様の命令で俺の部屋を使えなくはしたものの、成績の評価は公平にやってくれるらしい。
「栄えある第一位は……重大な事故があったにも関わらず、オークを30体、オークジェネラルを3体、そして、オークキングを1体狩った第1班です!」
「「「おおおぉぉぉおお!!!」」」
会場内を歓声が包んだ。
「(皆大袈裟だね。ただオークを狩っただけなのに)」
「(……ノーコメント)」
「(え? なんで?)」
一般的に、オークキングは、先生が数人がかりで狩るレベルの魔獣だ。それを生徒が狩ったというのだから、この歓声は大袈裟でも何でもない。
(子供のころからオークを狩っていた俺達には今更だけどさ……)
とはいえこれでも一応は周りに配慮した成果だ。というのも、俺やマリアが『指定区域』の外で狩った魔獣は、今回、成果として提供していない。提出したのは、あくまで『指定区域』の中で狩った魔獣だけだ。
(ま、マリアのおやつとして取っておきたかったっていうのもあるけどね)
「(いいから、いいから。ほら、壇上に行こう)」
「(? うん、わかったー)」
きょとんとするマリアを連れて壇上に上がろうとした。その時、歓声を破って王子様の声が響き渡る。
「校長先生! 一つ訂正してもらおうか!」
突然の王子様の声に会場内は静まり返った。名前を呼ばれた校長先生もどうしたらいいか分からず、おどおどとしている。
「ふ、フィリップ君。訂正とは何でしょうか? 学校の評価については、王族と言えど、口をはさむことは出来ませんよ?」
校長先生が国王陛下の方をちらちらと見ながら、王子に答えた。
(おおー! 国王陛下の前で、はっきりというとは! 校長先生やるな!)
王子を『君付け』で呼んだのは、校長先生の『王族と言えど忖度しない』という態度の表れなのだろう。
「(王子様何言いだすのかな? 自分が一位なのに)」
「(ん? あ、そう言えばそうだった!)」
「(え、クロちゃん忘れてたの!?)」
「(…………てへ)」
何となく、王子様が、自分が1位でない事に文句を言ったのだと思ってしまったが、マリアの言う通り、王子様は俺達と同じ、第1班。つまりは、今回の演習で1位の班なのだ。特に文句を言うことは無いはずである。
(まさか、『一位なのは班じゃなくて俺個人だ!』とか言い出さないよな?)
皆がシンと静まり返っている中、王子様の声が響く。
「むろん、学校の評価に口をはさむつもりは無い! しかし、今回の第1班の評価を『班の評価』とする事に、俺は異議を申し立てたい!」
(おいおい、まじか!)
俺は、自分で想像した展開と同じような事を言い出した王子様に目を覆いたくなってしまう。横にいるマリアも、訝しげな眼で王子様を見ていた。
そんな中、校長先生が丁寧な口調で王子様に尋ねる。
「……と、いいますと、今回の『第1班の評価』は、『班の評価』ではなく、『フィリップ君の評価』である、という事でしょうか?」
俺の想像と同じことを校長先生は王子様に聞いた。しかし、それを王子様は否定する。
「むろん違う! 俺が言いたいのは、『第1班の評価』は、『班の評価』でも『俺の評価』でもなく、『マリアの評価』である、という事だ」
「………………は?」
王子様の主張に、校長先生が固まってしまうのも無理はないだろう。だが、そんな校長先生を無視して、王子様はさらに主張を続ける。
「当然だろう。なぜなら、第1班で狩った魔獣はというのは、全て、マリアが狩った魔獣なのだから! ゆえに俺は、『第1班の評価』を『マリアの評価』をし、マリアを『歴代最優秀賞者』として表彰すべきであると、主張する!」
予想外の展開に俺も、そして名指しされたマリアも固まってしまった。そんな俺達すらも無視して、王子様はさらに主張を続ける。
「さらに! 俺は、『歴代最優秀賞者、マリア』を、俺の婚約者にする事をここに宣言する!!」
「「「は? はぁぁぁあああ!!??」」」
想像だにしていなかった展開に、固まっていた俺達は素っ頓狂な声を上げてしまった。
【side フィリップ王子】
(ふっ。決まった!)
マリアを歴代最優秀賞者にする事。そして、マリアを俺の婚約者にする事。それが俺のこのパーティーでも目的である。
「………………これはどういう事でしょうか?」
沈黙を破って口を開いたのは、クラリス王女だった。
(ちっ。まだ理解できないのか)
「言葉の通りです、クラリス王女。マリアを俺の婚約者にします」
「……我が国では国王といえど、妻を複数人娶る事は違法です。それを分かっての発言ですか?」
「ふんっ。なぜこの国の王子たる俺が、そちらの国の法に縛られなければならないのでしょうか?」
「貴方は、私と婚姻し、我が国に婿入りする事になっております。ならば、我が国の法に従うのは、当然の事でしょう?」
「ならば、貴女との婚約は破棄します! どうしても俺と結婚したいのであれば、貴女がこの国に来ればいい! ああ、もちろん、その場合でもマリアは俺の婚約者としますがね」
俺の言葉に、今まで黙っていた父上が慌てだした。
「フィリップ! 貴様、何を勝手に!!」
「――そうですか。国王陛下、一応コレは貴国の王子、ですよね?」
「ま、待て。待ってく――」
「婚約中のアレの躾は私の役目、と考えておりましたので、アレがどれだけ愚かな事をしでかそうとも、私が対処しようと考えておりました。ですが、この国の王子殿が婚約破棄の意思を示された、というのは私の手に余る案件です。国に帰って早急に相談しなければならない事が出来ましたので、これで失礼させて頂きます」
「っ! 待て! 頼む、待ってくれ! クラリス王女!!」
クラリス王女が退席しようとするのを、父上は必死に止める。だが、クラリス王女は父上の制止を無視して、そのまま会場を後にした。
(よし! 今なら!)
「さて、邪魔者がいなくなったところで、俺とマリアの婚約を祝おうではないか! マリア! 壇上に上がってきてくれ!」
このタイミングでクラリス王女が退席したのはラッキーだった。マリアと言えど、俺の元婚約者のクラリス王女がいては、俺との婚約を素直に喜べないだろう。
だが、いくら待ってもマリアは壇上に上がってこない。
(どうしたんだ? 緊張でもしているのか? まさか、あまりの幸運に意識を失っているんじゃ!?)
会場内には数人、気絶している女性がいた。おそらく、俺の男気に充てられてしまったのだろう。その者達は、俺が贈ったドレスと違うドレスを着ていたので、マリアではないと分かったが、もしかしたらマリアも気絶しているかもしれない。そう思って、会場を見渡していると、父上が俺に話しかけてきた。
「……マリアというのは誰だ?」
クラリス王女がいなくなったことで、父上もマリアに興味を示してくれたようだ。俺は、父上にマリアについてアピールする。
「マリアはとても優秀な女性で、母上と同じ無詠唱魔法の使い手です。俺が贈った金色のドレスを着ておりますので、すぐにわかるはずです!」
「………………そのような者、この会場にはおらぬぞ?」
金色は俺の色。ゆえに、俺が参加するパーティーで金色のドレスを着てくる令嬢はいない。今回も、元婚約者のクラリス王女だけは金色のドレスを着ていたが、それ以外の女性で金色のドレスを着て来た者はいなかった。
「おかしいですね……はっ! まさか、マリアに嫉妬したクラリス王女がマリアに――」
「――このっ! 愚か者が! これ以上、かの国を侮辱するな! 馬鹿者が!! 衛兵!!!」
突然、父上が叫び、俺は衛兵に取り押さえられる。
「ち、父上? 何を!?」
「うるさい! そいつの口を封じて部屋に閉じ込めておけ! 念のため、魔封じの手枷もしておくのだ! まぁ、不要だろうがな」
「ち、父上ーー!!」
なぜか、俺は猿ぐつわを噛まされ、魔封じの手枷をつけられたまま、自室に監禁されたのだった。