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1話.補欠合格?【空回りする馬鹿は他人の気持ちを察する事が出来ない】

本編スタートです!


本編は前半、クロ視点、後半フィリップ王子視点で進みます。


【side クロ 15歳】



「はぁ……」


 王都にあるそこそこ(・・・・)いい宿の食堂で、俺は今日何度目か分からないため息を吐いた。


「そんなに気落ちしないで……クロちゃんもちゃんと受かってたんだから良かったじゃん! ほら! 合格祝い、合格祝い!」


 幼馴染のマリアが(クロ)を慰めてくれる。


「…………ギリッギリの()()合格だけどな」


 俺は手元の国立魔導士養成学校から通知された『受験生:クロ 補欠合格』と書かれた書類を見ながらまたしてもため息を吐いた。ちなみにマリアに通知された書類には『受験生:マリア 次席合格』と書かれている。


(字面は似てるけど、意味はえらい違いだよ。はぁ……)


「まぁ、一番大事な模擬戦で全敗だったからね。でも、それで合格出来たんだからすごいじゃん!」

「うぅ……」


 自分で言うのもなんだが、筆記や面接は完璧だったと思う。ただ唯一、模擬戦の結果だけが悪かったのだ。


「っていうか、いい加減、適当な無詠唱魔法覚えればいいのに……」

「……いいんだよ。俺はお前みたいに才能があるわけじゃ無いんだから」


 約400年前、異世界から召喚されたとされる勇者が魔法を無詠唱で使ったそうだ。無詠唱魔法という概念は、当時、詠唱魔法しか使えなかった魔法使い達の常識を粉々に打ち砕いた。そして、その無詠唱魔法の使い方を、勇者は世に広めたのだ。


 結果、魔法使い達はこぞって無詠唱魔法を使うようになったのだが……。


「またそんな事言って……。そんなに威力が出せないとしても、模擬戦用のシールドを破る威力ぐらい出せるでしょ?」

「…………そんな魔法、魔法じゃない……」

「はぁ……意地っ張りなんだから」


 勇者が広めた無詠唱魔法は比較的誰でも使えるものではあった。しかしその威力は、総じて詠唱魔法より低いものであり、努力しても無詠唱魔法の威力が上がることは無い。つまり、無詠唱魔法の威力は、産まれ持った才能に左右されるのだ。


(そりゃ、俺だって模擬戦用のシールドを破るくらいの威力なら、無詠唱で出せるさ……でも、そんな魔法が実戦でなんの役に立つ?)


 試擬戦で使うシールドは、かなり脆い。ちょっと血が出る程度の切り傷を与える風、マッチの火より弱い火、そして、子供が投げた小石程度の威力で破ることが出来る。そのため、模擬戦で有効なレベルの無詠唱魔法でよければ、才能のない俺でも覚える事が出来るのだ。しかし、俺は、実戦ではなんの役にも立たない魔法を覚える気は無かった。


「まぁ、でも、それでこそクロちゃんだけどね。ほら! 意地を張るって決めたならクヨクヨしない! 来週から学校が始まるんだよ? 楽しまなくちゃ!」

「……それが気落ちしてる原因でもあるんだけどな」

「うっ……ま、まぁねぇ」


 俺とマリアは気付かれないようにこっそりと近くのテーブルを見る。そこには、明らかに俺達より豪華な食事を注文しているのに、運ばれてきた料理には一切手を付けず、わざわざ席を一つ空けてこちらをちらちら見ている集団がいた。


「うわぁ、まだこっち見てる。いい加減、ご飯食べればいいのに……もったいない」

「模擬戦でマリアに負けたのがよほど悔しいみたいだな。皆、お前の事見てるぞ」

「そんな事言ったってぇ……あの人達が王子様一行だなんて知らなかったんだもん……」

「知ってたら、わざと負けたのか?」

「それは……そんなことないけど……」


 そう。近くのテーブルにいるのは、この国の王子とその取り巻き達だ。取り巻きの中には、将来、王子の護衛を務めるであろう騎士の息子もいたという。そんな連中に、マリアは模擬線で勝ってしまったのだ。


(ま、いくら模擬戦とはいえ、騎士の息子とかが負けたら恥ずかしいよな。でも、だからって……)


 この宿はそこそこいい宿ではあるものの、間違っても王子様が来るような宿ではない。つまり、彼らは自分達に勝ったマリアに思う所があり、わざわざこの宿に来たのだ。


「でも学校側が忖度して主席合格者はあの王子様にしてたじゃん。私、文句言いに行ったけど、『相手は王子様だから仕方ないんだ』って言われたからちゃんと引いたよ? それで満足してよぉ……」

「…………お前、それ、間違っても王子様達に絶対言うなよ? 下手したら火に油を注ぐことになるぞ?」

「えぇ……うぅ、分かったよぉ」


 マリアは渋々といった様子で頷く。


「ねぇ、落ち着かないからもう部屋に行かない? ここ、ルームサービスもあるみたいだし……」

「(相変わらずよく食べるなぁ)そうだな。そうしようか」

「――? 何か言った?」

「何でもない。ほら、行こう」


 俺はすでに夕食を食べ終えていたが、マリアがまだ食べたそうにしていたのでここにいたのだ。だが、マリアが後はルームサービスで良いというなら、もう部屋に戻ってもいいだろう。


 俺とマリアは、王子様達がいるテーブルをなるべく気にしないようにしながら、自分達の部屋に戻って行った。




【side フィリップ王子】



 マリア達がテーブルを離れ、食堂を後にするのを俺は黙って見送る。


「――っち! 行ってしまったか」


 マリアが完全に食堂を出たのを確認してから、俺は舌打ちをした。


「せっかく、この店で一番高い料理を注文し、わざわざ俺の隣の席を空けておいてやったというのに……」

「全くです。フィリップ王子の好意に気付かないとは……」

「いえ、もしかしたらフィリップ王子の魅力に圧倒されてしまったのではないでしょうか? フィリップ王子の好意に気付かない女性など、いるわけがありません」

「む? ……ふむ。その可能性はあるか」


 確かに王宮のお茶会で、貴族の令嬢達がこぞって俺の隣に座ろうとし、取っ組み合いのけんかになった事がある。


 俺の隣に座りたくない女性など、いるわけがない。だが、名字のない民、つまり平民であるマリアにとって、自分から俺の隣に座るという行為は、なかなか勇気のいる行為なのかもしれない。その勇気が持てなかったからと言って、責めるのは酷だろう。


「むぅ……ならば仕方ないな。つぎは俺から声をかけてやるか。…………よし! では、お前達の報告を聞くとしよう。まず、俺達の学科を魔法戦略科から、魔術科にする話はどうなった?」

「はっ! すでに先生を買収して、変更いたしました。しかし、よろしかったのですか? 学校にて魔法戦略科を学ばれる事が、国王陛下からの王命だったのでは?」

「かまわん。()()()()()()大事な事を見つけたのだ」


 本来であれば、父上にちゃんと事情を説明し、王命を撤回してもらってから科を変えるべきなのだが、今回はそんな時間は無い。入学後に科を変える事は難しいので、なんとしても今日中に手を打つ必要があったのだ。


(まぁ、父上も()()を知れば分かってくれるさ。それに、魔法の才能がある俺は指揮官を目指す魔法戦略科ではなく、実際に魔法を行使する魔術科の方があっているはずだ!)


「次だ。マリアについて、報告せよ」

「はっ……その……申し訳ありません。判明したのはマリア嬢というお名前と、名字が無いという事。後は、10年前に壊滅したとされる東の田舎町出身という事しか分かりませんでした」

「ん? 戸籍情報は調べなかったのか?」

「いえ、もちろん調べました。ですが、15歳の独身女性の戸籍を総ざらいしたのですが、マリア嬢と思しき女性が見つからなかったのです」

「ふむ。壊滅した田舎町出身、か。ならば、戸籍情報が無いのも仕方無いのかもしれない。ふ、ふふ。これは俺にもようやくチャンスが回って来たな」

「? 申し訳ありません。どういう意味でしょうか?」

「ふ、聞きたいか? ならば、話してやろう。これは、俺達が科を変えた理由でもあるのだが……マリアは母上と同じかもしれない、という事さ」

「シルディア第二王妃と平民のマリア嬢が同じ!? どういう意味ですか!?」

「馬鹿者! 声が大きい!」


 驚いて声が大きくなった取り巻きを俺は落ち着かせてから、俺は話を続ける。


「いいか? ここから先の話は極秘情報だ。心して聞け」

「「「はっ!」」」


 取り巻き達は声を抑えて返事をした。


「お前達、『奇跡の平民』の話は知っているな? それが俺の母上であることも?」

「はっ! もちろんです。シルディア第二王妃の事を知らぬ者などこの国にはおりません」


 取り巻きの1人が代表して答える。


『奇跡の平民』とは、劇や小説、絵本にまでなっている実話を基にした話で、この国では子供でも知っている話だ。


 その内容は、『シルディア第二王妃は元平民でありながら、無詠唱魔法の達人であり、その力をもって魔獣に襲われた国王陛下をお助けになられた。その凛々しいお姿に心を惹かれた国王陛下が、ぜひ自分の王妃になって欲しいと懇願された。当然、周囲は反発する。『平民を王妃にするなどありえない』からだ。しかし、その者達も、実際にシルディア第二王妃の無詠唱魔法の腕を見てからは、『シルディア様は勇者様の血を引いているに違いない! きっと勇者様が平民との間に授かった子の末裔だ! ぜひ王家に勇者様の血を!』と考えるようになり、最終的に国王陛下と結ばれ、歴史上、初の第二王妃になられた』という物だ。


「勇者が召喚された当時、勇者の血を引くものは無詠唱魔法の才能があるとわかって、国は、勇者が子作りを大々的に支援したらしい。勇者はかなり盛んだったというから、国が把握しきれなかった子孫がいてもおかしくはない」

「と、いう事は……シルディア第二王妃のお子であられるフィリップ王子より無詠唱魔法の才のあるマリア嬢は……」

「ああ。間違いなく、勇者の血を引いているのだろう。それも、母上以上に色濃く、な」

「「「――!!」」」


 取り巻き達の間に衝撃が走る。当然だ。母上だけだと思われていた『奇跡の平民』がもう一人現れたのだから。


「ふふふ。このことに気付いているのは俺達だけだ。学校を卒業するまで、マリアの実力が父上達に知られることもないはず。それまでに、マリアと婚姻を結ぶことが出来れば、俺が王太子になる事も夢ではない!!」


 現在の王太子は第一王妃の長子であるカイウス兄上だ。確かに政治の知識では、俺はカイウス兄上に一歩及ばない。だが、無詠唱魔法の実力では、比べ物にならないほど、俺の方が上だ。そこに、勇者の血を引く、マリアという存在が加われば…………どちらが王太子にふさわしいかは、火を見るよりも明らかだろう。


「しかし……クラリス王女の事はよろしいのですか?」

「むっ……」


 取り巻きの1人が幸せな気分に水を差してきた。クラリス王女とは、俺の婚約者でもある隣国の王女だ。俺は、国立魔導士養成学校卒業後、クラリス王女と結婚し、隣国に婿入りする事になっている。


 だが、正直俺はこの話に乗り気ではない。何が悲しくて魔獣の被害が多いと言われる隣国に、わざわざ婿入りしなければならないのか。


「そのような事は、お前が気にする事ではない! 私が王太子になる事と、隣国に婿入りする事。どちらがこの国の為になるか、考えればわかるであろう!」

「――! はっ! 失礼致しました。出過ぎたことを言ってしまい、申し訳ありません!」


 俺が機嫌を損ねた事を察した取り巻きが、即座に謝ってくる。


「ふん! ………………それで? あいつ(あのゴミ)については何か分かったか?」


 俺はもう一つのイライラの原因について取り巻きに聞いた。


「はっ! あの男の名は『クロ』。あいつも、戸籍情報が見つかりませんでした。なお、今回の受験は『補欠合格』だったようです。なんでも、模擬戦で全敗だったが、筆記と面接の結果が素晴らしかったので、補欠合格としたとか」

「模擬戦で全敗……だと? つまりあの男は、今年の入学者の中で最弱の男という事ではないか!? なぜそんな(ゴミ)がなぜマリアと一緒にいる!?」

「はっ! どうやら、あの男はマリア嬢と同じ町の出身の様です。ゆえに、同郷のよしみで仕方なくマリア嬢はあの男の面倒を見ているのでしょう」

「な、なんという事だ……マリア程の逸材があのような(ゴミ)に…………」

「フィリップ王子! ここはマリア嬢をあの男から引き離すべきです! そうすれば、マリア嬢の目も覚めるでしょう!」


 愕然とした俺を取り巻き達が鼓舞する。


「しかし補欠とはいえ、すでに合格が決まっている以上、あの男の合格のを取り消すのは難しいぞ?」

「ならば、あの男が自分から退学したくなるように仕向ければいいのです! 先生はこちらの味方なのですから、やりようはあります!」

「ふむ……なるほど。よし、その方向で行こう! 待ってろよ、マリア。今、解放してやるぞ!」


 俺達は作戦会議を終え、意気揚々と食堂を後にし、明日からの新生活に備えて各々準備を始めた。

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