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エッセイ

イカロスは勇気ある挑戦者──なんかじゃありません

作者: 歌池 聡


 10月から、また新しい朝の連続ドラマが始まりました。

 我が家ではこれまであまり朝ドラを観ることがなかったのですが、今作は自分にもゆかりのある場所が舞台とのことで、観てみることにしたのです。


 今作のヒロインは飛行機が好きで、大学で人力飛行機を作るサークルに入り、飛行機づくりに打ち込んでいきます。

 そのサークルでは、年に一度の大会を目標に飛行機づくりに励んでいます。その大会とは──まあ、さすがに『鳥人間〇ンテスト』の名称は使えませんよね。他局の番組ですし。

 代わりに架空のコンテストが出てきました。


 その名も──『イカロス・コンテスト』






 ──いやいやいや!

 その名前は絶対にアカンでしょ!

 すでにSNSなどでも『不吉なネーミングだ』などと一部話題にもなっていたようですし。


 イカロスと言えば、ギリシャ神話の逸話で有名ですよね。鳥の羽根を(ロウ)で固めた翼で飛び、太陽に近づきすぎて蝋が溶けて墜落してしまったという、あの人物です。


 このコンテストに限らず、日本では空を飛ぶものに『イカロス』と名前がつけられることがよくあります。

 墜落してしまった者の名前を付けるのは、確かにあまり縁起のいいものではありません。それでもこの名前をつけるのは、命懸けの挑戦の末に悲劇的な最後を遂げたイカロスの勇気をたたえて、とかいう理由なんでしょうが──。






 でも、ちょっと待って下さい。

 そもそも──本当にイカロスは『勇気ある挑戦者』だったんでしょうか。






 結論から言います。それは大きな誤解です。


 まず、イカロスは翼を作ってなどいません。あれを発明したのは父親のダイダロスです。──イカロスも手伝いくらいはしたかもしれませんが。

 それに、空を飛んだのも『不可能に挑戦する』とか『空を飛ぶことに憧れて』とかいうポジティブな動機によるものではありません。


 イカロスが空を飛んだ理由。

 それは──『()()』のためです。






 とある罪から、脱出不可能といわれる迷宮(ラビリントス)(または塔)に幽閉されたダイダロスとイカロスの父子は、止むにやまれずダイダロスが発明した翼で空からの脱獄を図ったのです。

 おまけに、ダイダロスから「上空を飛び過ぎると太陽の熱で翼を固めた蝋が溶けてしまう」と注意されていたにもかかわらず、イカロスは調子に乗って高く飛び過ぎたために、墜落して死んでしまいます。


 イカロスが勇気ある挑戦の末に死んだというのは、とんでもない大間違いです。ただ単に調子に乗りすぎて自滅してしまっただけです。


 なのに、何で『勇気ある挑戦者』であったかのように祭り上げられるようになってしまったんだか──全くもって謎です。






 これはたぶん、()()()の影響もあるのでしょう。

 題名も歌詞もここでは書きませんが、ただひたすらにイカロスの勇気をたたえるあの歌──。

 あれで、イメージが完全に固定されちゃったようにも思えます。






 いいですか、間違えてはいけませんよ。

 勇気ある挑戦者として称賛されるべきなのは、むしろ父親のダイダロスの方です。翼を発明し、さらに人類初かもしれない飛行にも成功したのですから。

(ダイダロスには脱出成功後のエピソードも色々あります)

 イカロスとは、父がせっかく翼を発明して作ったのに、使用上の注意を守らずに自滅してしまった、ただの粗忽(そこつ)者です。


 書き手の皆さん。ご自分の作品に登場させる空を飛ぶものに『イカロス』なんて名前をつけたりしちゃ駄目ですよ。それ、縁起悪いだけでなく、めちゃめちゃお馬鹿な名前ですからね。






 ──ところが、ですねえ。

 実はこれ、もうやっちゃってるんですよ。よりにもよってあのJAXA(ジャクサ)(宇宙航空研究開発機構)が。


 2010年に打ち上げられた、世界初の太陽光圧で推進する惑星間航行用のセイル実証機の名前が──『IKAROS』。

 太陽に関係するものに『イカロス』って──これ、神話を知っている者から言わせてもらえば、絶対にアカン取り合わせです。


 JAXAのホームページには、このネーミングについての言い訳めいた文章があります。


 ──失敗した人名を使うなんてとも言われるが、イカロスの父ダイダロスは発明家であり、創意工夫で挑戦を、という意味を込めて──云々。


 えっ? なら父親の名前で良いですよね? 『ダイダロス』だって、なかなか格好いい響きじゃないですか。

 なのに何で、父親の偉業にケチをつけたバカ息子の名前をわざわざチョイスしたのか──もはや言い訳にすらなっていません。


 ここまでくるともう、ダイダロスの功績を黙殺してまでイカロスを英雄に祭り上げようとする、謎の勢力の圧力でもあるのではないかと勘繰りたくもなります。──なんてね。






 まあ、しかし空を飛ぶものに『イカロス』と名付けたくなるのもわからなくはないです。『ダイダロス』という名前の響きには、どうしても剛直とか重厚といった雰囲気がありますし。例えば──。


 ・小型高機動戦闘モジュール『ダイダロス』

 ・長距離支援型移動大型砲台『イカロス』


 ちょっと適当にSFアニメに出て来そうな兵器を考えてみましたけど、やっぱり名前がしっくり来ません。逆の方がイメージに合います。

 これはおそらく濁音の効果なんでしょう。カタカナの名前に濁音が入ると、響きにぐっと重量感が増しますから。


 嘘か誠か、昔、ロボットアニメをヒットさせるには名前に濁音を絶対に入れるべしというジンクスがあったのだとか。






 それはさておき。


 書き手の皆さん。神話や伝説由来の名前を使う時は、響きの良さだけで安易に決めちゃ駄目ですよ。

 少なくともWikipediaに書いてあることぐらいは読んだ上で、よく考えて決めることを強くお勧めします。


 特にギリシャ神話関係には細心の注意が必要です。あそこの神々は、たいがい何かしらドえらいことをやらかしてますからね。──主にエロい方面で。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 戦国維新から巡ってきました 楽しく読ませていただきました 話変わって イカロスってのび太ですよね ダイダロスがドラえもん 秘密道具を調子に乗って使って失敗してひどい目にあうって流れがそっくり…
[一言] とても興味深く読ませて頂きました。イカロスが脱獄者とは全然知らず……不勉強でお恥ずかしいです^^; 「あの歌」は他の歌に比べて重厚感というか厳かさがあって、余計に印象的でしたよね。 「イカロ…
[一言] 滅茶苦茶今更ですが… その後気になって調べてみると、一説では「イカロス」という名前そのものが“hḗkō (ἥκω)”と“āḗr (ᾱ̓ήρ)”、合わせると「空に達する者」と言う意味でもある…
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