ルーテの二つ名
訓練場での模擬戦でルーテは倒れてしまったため、騎士団宿舎で休息している。
ルーテの回復を待って、今後について、再び話すことになっていた。
アズバーンは小部屋に戻っていた。
「剣が荒れていたぞ。アズバーン」
「ハハッ! ……申し訳ございません」
隻眼の副団長オズモンドより、苦言を呈されてしまった。
剣が荒れていたことについては、アズバーン自身も承知している。
体格差、積み上げた技術の差、スピード。
あらゆる面で、アズバーンはルーテに勝っていた。
ルーテは確かに、不様に転げまわってはいた。いたのだが、本当に不様だったのは、冷静さを欠き、剣を大振りして、あまつさえ一撃入れられてしまっていた自分の方だ、と。
そう感じていた。
「やはり、似ていたか、。あの剣に」
「……ハッ」
あまりの悔しさに、自然とこぶしを握り締める。
ルーテに一本取られたことではなく、今、アズバーンはネフィと対峙した時のことを思い浮かべていた。
あの時も、そうだった。
当たるはずの剣。
構えや姿勢から考えて、避けられる筈も無い剣を、軽々と、何度も。
ルーテの腕前ならば、初撃で終わっている筈だったのに。
完全に虚を突いた筈の初撃は避けられ、続く連撃もすべて、決定的には当てることができなかった。
ルーテの構え、目線、感じられる圧、そのどれをとっても、ここまでの結果を招く要素などありはしなかった。
騎士としての誇り、そして、その経験には、絶対の自信があった。
ネフィを取り囲み、斬りつけた時だって、そうだった。
油断などしていない。
できる筈も無い。
ネフィに手も足も出ず、次々と味方を殺され、身も心も打ちのめされた。
あの恐ろしい惨劇から、たったの三日しか経っていない。
何の事情も知らず、ただ姉を心配している様子のルーテを見て、怒りに身が震えた。
こんな、小娘に。
こんな小娘とさほど変わらない、占い師のネフィに。
同僚を、尊敬する騎士団長まで、為す術もなく殺されて。
知らず殺気立っていく自分を抑えることなど、できはしなかった。
「あまりに……未熟。面目次第もございません」
「うむ」
悔しさのあまりに搾り出した言葉に、オズモンドはひとつ頷き、語り掛けてきた。
「気に病むでない。誰がやっても、似たような結果に終わったであろう」
「……ハッ。しかし……」
騎士団員の誰であっても、そうだったかも知れない。
たったひとつの例外は、目の前のオズモンドではないだろうか。
ネフィに片目を貫かれながらも一太刀入れ、ルーテに対しても冷静さを損なわない、この方なら。
アズバーンは、そう思った。
「ルーテ殿の、冒険者としての二つ名は、知っているか」
「ハッ、二つ名、でありますか」
「うむ」
名の売れた騎士や冒険者には、二つ名がつく。
気に入れば自ら名乗る者もいるが、大抵は戦闘スタイルや容姿などから、周囲が呼び始め、広まっていくものだ。
王室占い師のネフィならば『予見』、第一副団長オズモンドならば『不倒』といった具合にだ。
「ルーテ殿の二つ名は、『察知』だ」
アズバーンが知らないと判断したらしい。オズモンドは答えを告げる。
『察知』。
『察知のルーテ』。
死角からの攻撃や奇襲。
ダンジョンの中で発動する罠。
オズモンドの語るところによれば、ルーテはこれまでの冒険で、致命的な攻撃や罠の尽くを事前に『察知』し、事なきを得てきた、と言うのだ。
知識も経験も、技術も大したことは無いのに、何故か生き延びることができる。
それが、『察知のルーテ』だというのだ。
ネフィと比べてしまえば、大したことは無い。
だが、その特性は、あのネフィに似ていて、そして……。
あのネフィに、届くかも知れない。
この話を聞いて、初めてアズバーンは、今回の模擬戦の意味を知ったのだった。