第九話 返事のすれ違い
お待たせしました。
リバシが渡した予定に従い、ヴィリアンヌが返事を返せば二回目のデートの日程が決まります。
ただそれだけのやり取りですが、恋する二人には一大イベントの様相を呈してまいりました。
どうぞお楽しみください。
「アッシス」
「はい殿下」
自室で側仕えのアッシスを呼んだリバシは、厳しい表情を浮かべました。
「……いよいよだ。今日答えが決まる……」
真剣そのものといった表情に、アッシスは溜息を堪える事ができません。
「……デートの返事を聞くのに、そんな最終決戦のような顔をなされなくとも……?」
「何を言う! 予定が合わず断られるのかもしれないのだぞ!? くぅ……、その場合は別の日程を提示するべきか、それとも少し間を空けるべきか……」
「今日答えがもらえるとも限りませんしね」
「! そ、その想定はしていなかった! ヴィリアンヌの私への恐れを考えたら、それもあり得るな……! その場合の対策は……!」
顔色を変えてシミュレーションを始めようとするリバシの腕を取り、荷物を持ったアッシスが出口へと向かいます。
「はいはい、教室にまいりましょう」
「ま、待て! まだ対策が! 朝会うなり不意打ちを受ける可能性もあるのだぞ!?」
「殿下、デートの返事は攻撃ではありませんから……」
アッシスに腕を引かれ、リバシは渋々教室へと向かいました。
教室には始業の少し前に到着しました。
王族であるリバシがあまり早く登校すると、周囲の人間が
『早く登校しなくては』と気を遣うので、時間を調整しているのでした。
「あぁ、リバシ殿下! ご機嫌麗しゅう……!」
「ご機嫌よう」
「殿下! ご機嫌麗しゅう!」
「ご機嫌よう」
入口の近くにいた生徒が、背筋を伸ばして挨拶をしてきます。
逸る心を抑えながら笑顔で応じるリバシは、教室の中を油断なく見回します。
すると、既に席に着いていたヴィリアンヌと目が合いました。
「リバシ殿下、ご機嫌麗しゅう」
「あぁ、ヴィリアンヌ嬢。ご機嫌よう」
ヴィリアンヌが立ち上がって挨拶をしたのに答えながら、リバシの心は身構えます。
(来るぞ……! どの日程だ……? それとも延期か……? もし行きたくないと言い出したら……!)
しかしリバシの予想を裏切り、ヴィリアンヌはそのまま席に座りました。
(あああ! 私の馬鹿馬鹿! 今、予定の合う日を認めたお手紙を渡せば良かったのに! でもまだ機会はありますわ! つ、次の休み時間に……!)
(む、挨拶だけか……。まぁ朝から私の元に寄って来てデートの返事をするのを、淑女としてはしたないと思うのも無理はない。無理はないが……。えぇい、休み時間を待とう)
若干の安堵と不満を等分に抱きながら、リバシは自分の席に座るのでした。
次の休み時間。
(だ、駄目……! か、身体が動かない……! リバシ殿下の方を見る事さえできないだなんて……! どうしましょう……!?)
(……この時間でもない……? ならば昼食の時間か……?)
昼食の時間。
(食堂に行く流れでお渡しすれば……! そう、自然にリバシ殿下の席に寄って……! あぁ! どうして私の足は真っ直ぐ出口に向かってしまうの……!?)
(食堂に行くのか……。私も近くの席に座れば……。いや、それでは都合が悪く断られた場合、その後が気まず過ぎる! ここは放課後を待つしか……!)
そして放課後。
(もう放課後!? このままでは本日中にお渡しする事ができませんわ! どうしましょう!? 迎えに来たカルキュリシアに頼んで……! いえ、それも失礼ですし……)
(今日は結果をもらう事はできないのか……!? だとしたらあの煩悶とする夜をもう一夜!? それは避けたい! しかし急かせば、恐怖心を煽る……! どうすれば……!)
二人の焦りは最高潮に達していました。
そんな緊張感に耐えきれなくなったヴィリアンヌが、すっと席を立ちます。
(もう駄目ね私……。折角リバシ殿下がお誘いしてくださったのに、お返事もできないなんて……。まだカルキュリシアは来ないけど、教室にいるのも辛い……)
(立ち上がった! か、帰るのか!? 何もなく!? せ、せめて『明日までお待ちください』の一言があってもいいと思う! そうしたら今宵の闇にも耐えられる……!)
すると立ち上がった拍子に、机の中に入れてあった手紙がぽろりと落ち、そのまま風に乗るようにリバシの足元に滑り込みました。
「おやヴィリアンヌ嬢。何か落とされましたよ」
「あ、それは……」
拾ったリバシは、これを最後のチャンスと捉えて、ヴィリアンヌに手渡そうと近付きます。
(ここで手渡しながら、さりげなく予定を聞こう! そうしよう! それをしくじれば、今夜は多分眠れないぞリバシ!)
(か、神様の悪戯!? それとも奇跡!? こ、これでリバシ殿下に私の予定を伝えられる……!)
お互いに笑顔のまま、心の中は大変な騒ぎになっていました。
「こちらはどなたかへの恋文ですかな?」
(また私は何を言っているんだ! 本当に誰か宛の恋文だったらどうするんだ!? 引きちぎるのか!? 最低だぞそれは!)
「……いえ、そのようなものでは……」
(こここ恋文!? で、でもデートのお約束なのだから恋文と言っても差し支えないような……! い、いえ、これはデートではなく私を逃がさないためのもの……!)
「ではこちらはどなたへのお手紙なのでしょう?」
(良かったぁ! 恋文じゃない! だとしたら早く返して予定を聞かないとだけど、念のため誰に手紙を書いたのかは確認しておこう! 交友関係の情報も武器の一つだ!)
「……その、リバシ殿下のご予定に合う日にちを書いてまいりました……」
(言えた! 私言えましたわカルキュリシア! 今日はケーキでお祝いですわよ!)
「そうでしたか。ではこちらはお預かりしてよろしいですか?」
(おおおおお! まさか本当にもらえるなんて! 半ば諦めていたから嬉しさがすごい! 父上に馬をいただいた時以来……、いや、それ以上か!?)
「はい。その中でよろしい日をお知らせいただけましたら幸いにございます」
(どうしましょう! ほっとしたら足に力が入りませんわ! リバシ殿下の前で、許可なく座るような不調法はできませんし……! 耐えるのよヴィリアンヌ!)
「……ありがとうございます。では明日お返事させていただきます。では失礼」
(身体の震え……。そうか、やはり私との茶会に恐怖心が拭えずにいるのだな……。何か対策を考えねば!)
「お返事を楽しみにしております、リバシ殿下。ではご機嫌よう」
(耐えた! 耐えたわ私! 後は少し休んで、カルキュリシアが迎えに来たら帰りましょう……)
こうして側から見たらとても自然に、二人は予定の交換を完了したのでありました。
読了ありがとうございます。
正直ヴィリアンヌが直接リバシに返事できる絵が思い浮かびませんでした。
風さん、ありがとう。
さてこれで二回目のデートの日程は決まります。
すれ違ったままの二人の行方やいかに。
次話もよろしくお願いいたします。