第五話 エスコートでのすれ違い
リバシに恐れと恋慕を募らせるヴィリアンヌと、自分への感情に恐れしかないと思って取り除こうとするリバシ。
そんな二人だと馬車から降りる瞬間にも、目まぐるしく頭は巡るようです。
どうぞお楽しみください。
リバシとヴィリアンヌを乗せた二台の馬車は、中心地からやや離れた喫茶室に到着しました。
建物の裏手に広い馬車置き場があり、表通りから見えないまま、建物に入る事ができます。
まさに密会や密談に向いた喫茶室でした。
思わずリバシの顔に悪い笑みが浮かびます。
(これなら馬車さえ変えれば、誰にも気付かれずに密談ができるな……。今国政の中心にいる父上の側近を、即位前に味方にしようと思っていたから、ここは使える……)
「殿下。その顔ではヴィリアンヌ様に今以上に怯えられてしまいますよ」
「!」
アッシスの言葉に、リバシは慌てて顔を揉みました。
「これから愛しの令嬢とお茶を楽しむのですから、政治の事は一旦お忘れください」
「……わかってる」
一瞬だけ憮然とした顔を向けた後、外交用の笑顔に切り替えたリバシは、馬車を降りてヴィリアンヌの馬車に近付きます。
「さ、ヴィリアンヌ嬢。まいりましょう」
「はい」
扉を開けて出てきたヴィリアンヌの手を取るリバシ。
「足元お気をつけて」
「恐れ入りますわ」
その手の硬さを、見逃すリバシではありませんでした。
(私を恐れ、震えそうな手に力を入れているのだな……。何としてでもこの茶会で緊張を解かなくては……!)
(あああ! リバシ殿下の手が私の手に触れてる! 汗かいてないかしら!? 手から心臓の音が伝わってないかしら!?)
(それにしても綺麗な手だ……。できれば部屋まで繋いで案内したいけど、これ以上怯えさせるわけにはいかないな……)
(馬車の階段が三十段くらいあればいいのに! でもあまり長く手を握って、はしたない女だと思われたくないし……)
二人は馬車の踏み台を降りたところで、すっと手を離しました。
「ありがとうございますリバシ殿下」
「ではまいりましょう」
にこやかに言葉を交わしますが、内心はどちらも穏やかではありません。
(……手が離れてほっとしている感じだ。はぁ……。しかし何とも言えない手触りだった。もっとしっかり触れておけば良かったな……)
(不思議……。繋いでいる間はどきどきで心臓が張り裂けそうだったのに、離れた途端にこんなにも寂しく、切なく、不安な気持ちになるなんて……)
ヴィリアンヌのその一瞬の笑顔の揺らぎを、リバシは見逃しませんでした。
(今の感情は『不安』……。それも当然か。私と茶を囲むなんて、不安しかないだろうな。……当然とわかっていても辛いな……)
そんな気持ちを笑顔の裏に隠して、リバシは喫茶室の入り口をくぐるのでした。
読了ありがとうございます。
側から見てれば何という事のないエスコートの場面。
内面はこれでもかっていうくらいにすれ違ってます。
えっ、ビビリ乙女と腹黒の相性、高すぎ……?
次話もよろしくお願いいたします。