第三十三話 主と従者のすれ違い
主の苦境を解消すべく、情報の共有を行ったアッシスとカルキュリシア。
二人が組めば万事解決かと思いきや、事態は思わぬ方向に動いていくのでした。
どうぞお楽しみください。
「……といったわけで、殿下はヴィリアンヌ嬢から恐れられていると認識しているのです」
「……そんな事が……」
リバシの感情を読む能力と、それを得るに至った経緯を聞いて唖然とするカルキュリシアに、アッシスはふぅっと息を吐きます。
これまで一人で抱えてきた重荷を少しだけ下ろせたような、奇妙な安堵感がありました。
(……秘密を明かせる間柄というのは、こんなにも心地良いものなのだな……)
ふと緩みそうになる気持ちに、アッシスは頭を振ります。
(いや、安堵するのはまだ早い! カルキュリシア嬢がこの話をどう受け止めるのか、それによっては口止めの手段も考えなければ……!)
しかし相対するカルキュリシアも、アッシスと同じかそれ以上の安堵の息を吐きました。
「……良かった……」
「? カルキュリシア嬢……?」
「リバシ殿下も同じだったのですね。生まれによって求められる振る舞いに心を磨耗させられて……」
「……同じ、という事は……!」
「……アッシス様。ヴィリアンヌ様も同じです……。公爵家令嬢に相応しい言動しか許されず、私以外に弱音を吐く事ができないお立場で……」
「ヴィリアンヌ嬢も……!? いえ、そうですよね……。生まれた時から高貴である者などいないのですから……」
深く頷くアッシスに、カルキュリシアは真剣な思いを吐露します。
「アッシス様……! リバシ殿下とヴィリアンヌ様は、同じような辛さを乗り越えてこられた方……。きっとわかり合えると思うのです!」
「えぇ、私も同じ結論に至りました。何としてでもお二人には結ばれていただきたい! なのでお二人の幸せを阻む壁を、共に壊していただけませんか?」
「……えぇ! 喜んで!」
辛い過去を抱える主。
その裏側を長い間支えてきた苦労。
しかしそれを苦と思わないほどの主への想い。
アッシスとカルキュリシアが手を取り合うのは、もはや必然でした。
「しかしそのためにはどうしたら良いのか……。殿下の感情を読む能力とそれに対する信頼感は本当に厄介で……」
「愛しい気持ちがあるからこそ、嫌われる事への恐怖がある事を理解してもらえると良いのですが……。それにヴィリアンヌ様の自己評価の低さも問題で……」
「自己評価が低い、ですか?」
「はい……。厳しい教育の代償と言うべきでしょうか、ご自分の価値をとても低く見積もられています」
「……成程。叱責された事ばかりが頭に残り、自分を否定的に見る癖がついてしまっているのですね」
「えぇ! えぇ! そうなのです! ですから今回の学内社交会で、リバシ殿下はノマールさんを愛していると思い込み、ノマールさんこそリバシ殿下に相応しいと……」
「……! やはりそのような誤解が……! これは早々に対応しなければ……!」
「ですが何度思い違いだと話しても、頑として受け入れていただけないのです……。一度思い込むとなかなか考えを変えられず……」
「……カルキュリシア嬢の言葉でさえそうなら、相当な工夫が必要ですね……」
決意は固まったものの、課題の困難さに二人は思考を巡らせますが、すぐに妙案は浮かびません。
「……ひとまず茶会を提案して、接触する時間を増やしましょう。少しずつでも馴染んでいけば、ヴィリアンヌ嬢の恐怖心も薄れるかもしれません」
「ヴィリアンヌ様の恐怖さえなくなれば、リバシ殿下も誤解に気付かれるかもしれませんね」
「それで様子を見つつ、時折こうして会う時間を作って、対応を検討しましょう」
「わかりました」
するとアッシスがベンチから立ち上がり、カルキュリシアに手を差し出しました。
「あ、ありがとう、ございます……」
少し顔を赤らめながら、その手を取って立ち上がるカルキュリシア。
(紳士の振る舞いと知っていても、少しどきっとしてしまった……。駄目駄目! ヴィリアンヌ様が幸せになるまでは、浮かれるわけにはいかないんだから!)
(紳士の義務ではなく、心から手を差し伸べたいと思ったのは初めてだな……。もし殿下がヴィリアンヌ嬢と結ばれた暁には、私も自分の幸せを考えても良いかもしれない……)
「では放課後、教室で」
「はい、よろしくお願いいたします」
そう言葉を交わすと、二人はそれぞれの部屋へと戻って行きました。
そして放課後。
「殿下、お疲れ様でした」
「アッシス、出迎えご苦労だ」
「ヴィリアンヌ様、体調にお変わりはありませんか?」
「えぇ、大丈夫よカルキュリシア」
授業を終えたリバシとヴィリアンヌの元に、アッシスとカルキュリシアが出迎えに行きました。
(殿下とヴィリアンヌ嬢が揃っている今が好機。学内社交会の成功を祝してという名目で、茶会を提案しよう)
そう判断したアッシスが口を開いたその時です。
「殿下」
「アッシス、いつもの喫茶室の予約を頼む」
「……え?」
「休み時間にヴィリアンヌ嬢と話をして、学内社交会の慰労会をしようという話になったのだ」
「……! そうでしたか」
アッシスはリバシの予想外の行動に、心の中で歓喜しました。
(殿下、成長なさったのですね……! 直接ヴィリアンヌ嬢と話をして、茶会の約束を取り付けるとは……! これなら思ったより容易に二人の関係は進むのでは……?)
そんな喜びは、次の一言で凍りつきます。
「それとノマールの予定を聞き取って調整してくれ」
「……殿下、何故ノマール嬢の予定を?」
「ヴィリアンヌ嬢がノマールを同席させたいと提案してくれてな」
「え……? ヴィリアンヌ、様……?」
血の気が引くアッシスとカルキュリシア。
アッシスは慌てて、小声でリバシに詰め寄りました。
「何故それを了承されたのですか……! 主催はお二人なのですから、二人きりでお祝いをなさればよろしいではないですか……!」
「私もできる事ならそうしたい……! だがヴィリアンヌのノマールへの罪悪感が消えない事には、私への恐怖も消えないのだ……! 今日だって……!」
「いえ、それは……!」
「一日も早くヴィリアンヌの気持ちを救い、恐怖のない関係になりたいのだ……! もしノマールが一人では来にくいと言うのなら、他の者を同席させても良い……!」
「……」
期待していたであろう二人で過ごすお茶会すら捨てようとするリバシの必死さに、アッシスは言葉を失います。
もしここで全てを話し、ヴィリアンヌがリバシとノマールの縁を結ぼうとしている事を知ったら、どんな行動に出るかわかりません。
「承り、ました……」
絞り出すように答えたアッシスでしたが、ただで引き下がりはしませんでした。
「ですが、男である私が一人で行っては、ノマール嬢が驚かれるやもしれません。カルキュリシア嬢にも同行を願いたいのですが」
「ふむ、確かに。ヴィリアンヌ嬢、カルキュリシア嬢をお借りしてもよろしいですか?」
「わかりましたリバシ殿下。カルキュリシア、アッシス様のお手伝いを」
「かしこまりました」
「では行ってまいります」
頭を下げ、一年生の教室へと向かうアッシスとカルキュリシア。
「どうしましょう、アッシス様……」
「……まずはノマール嬢と話をして、それから善後策を考えましょう……!」
「わかりました……!」
二人の顔には強い焦りと、それ以上の決意がみなぎっているのでした。
読了ありがとうございます。
ロマンスが起きそうになると襲ってくるすれ違いフラグ。
まるでジ◯イソンですね。
もしくはし◯とマスク。
それでもノマールなら……
ノマールならきっと何とかしてくれる……!
次話もよろしくお願いいたします。




