2.なんかが始まった
あと1時間ほどで閉店といった時刻。落し物処理も無事終わり、レジ締めもあと1台を残して終わらせてしまった。落し物の連絡はまだ来ていない。
マスクの中で欠伸を噛み殺した、その瞬間となりから「うわ、きた」という呟きが聞こえた。それに釣られるようにとなりを見やり、そしてまたその視線を追うように自動ドアを開けた人物をみる。…なるほど、ダサいイケメンだった。
「引き取りですかね、取ってきます」
「いや、いいよ、俺行くわ」
いや、そーいう時だけ素早くねえ? そんなにアイツと関わりたくないのか? 不思議に思いながらダサいイケメンをみる。…と、そこで違和感。
ダサいイケメンくんはゼリー飲料を手に取り、ボディシートの次は目薬…と先程の会計済みのカゴに入っていたものをとっていた。もしかして、諦めて買い直そうとしてる?
「あの、商品預かってますよ」
「え?」
レジから声をかけると、ポカンとした顔でイケメンくんが振り返る。俺がまた「さっき会計して忘れて帰りましたよね?」と声をかけると、戸惑った表情でそろそろとレジへ近寄ってきた。…先輩、あからさまに遅くないか?
「僕、これ買って忘れてましたか」
「? 違うんですか?」
「…いや、あってます」
問いかけに少し考える素振りをしたイケメンは、ゆっくり俺の目を見て頷いた。…あー、イケメンだなあ。生きるの楽しいんかな、こんな綺麗な目ぇして。モテそう。むかつく。
「レシートってあります? 確認取りたくて」
「…あー、家かも」
「はあ? あ、いや…レシートがないと買った買ってないの言葉だけになっちゃうんです。あなたの言葉だけを信じることになってしまう。渡せないです」
「…田崎くん、困りますか」
「(田崎くん?!)…困りますね」
俺の名札をみたんだろうけど、田崎くん、なんて呼ばれる筋合いないし。田中さんはどこまで荷物取りに行ってんだよ!!! という怒りが通じたのかそろそろとバックヤードから袋を持って現れた田中さんがレジに立つ。
「お客様が会計なさったのは私の担当していたレジで、覚えているのですが、やはりレシートがないと。捨ててはないんですよね? また後日持ってきて頂けませんか」
迷惑を隠そうともしない。そんなんでよく接客してんなあ。そう思いながら静観している間にもイケメンくんは、俺をぼんやり見つめている。そして抱えていた商品をどさどさレジに落とし、ポケットから1万を出した。
そんなイケメンくんに田中さんと俺は同時にビビった。キレられたのかもしれない。めんどくさいから新しく買うってこと?
「これ…買うんですか?」
恐る恐る聞くとただ頷く。
そろそろと田中さんがレジを打つ。ぼそぼそ呟いているのが何か気になって耳を澄ますと「まただ…さっきと同じだ」とのこと。
「預かってるやつ、どうすればいいてすか? 後日来られます?」
「レシートないと田崎くん困る?」
…的を得ない。仕事疲れのイライラからつい眉間に皺を寄せて頷いてしまった
「わかった!とってくるからまってて!」
「は?え、ちょ、」
にっこり笑ってイケメンは回れ右、走っていってしまった。レジには2セット目の会計済みのカゴ。
「あーもう! 会計した途端さっきも話通じなくなったんだよ!なんなんだよ、アイツ!」
イケメンの子どもみたいな笑顔に放心してるところに田中さんが急に大声を出すもんだから、肩が思いっきり跳ねてしまった。
…ああ、びっくりした。動悸がする。
「キャンセルしといて!」お怒りでバックヤードに消えていく田中さん。…さて、閉店まではあと40分。