第85話 勝利の代償
脳を潰された幹部ゴブリンは途端に動きを止める。
白目を剥きながら仰向けに倒れて、頭部の裂け目から血がこぼれだす。
俺は用心して首を念入りに切り裂いておく。
動き出す気配はない。
どうやら完全に死んだようだ。
俺は額の汗を拭いながら息を吐く。
「ったく、手間取っちまったぜ」
集中攻撃を受けた時はさすがに死ぬかと思ったが、意外となんとかなるものだ。
ただの人間なら即死していただろう。
今の俺は半魔族とも言える状態だ。
傷付いて再生するほど強くなるのは、本来の魔族が持っていない特性である。
たぶん人間の要素と混ざって発現した特殊体質に違いない。
俺は呼吸を整えながら身体の具合を確かめる。
そしてすぐに気が重たくなった。
(こいつはひでぇな……)
全身各所が赤黒い甲殻に覆われて、禍々しい鎧のようになっている。
これは変異した皮膚だ。
幹部ゴブリンによる猛攻がここまで進化を促したらしい。
一応、顔も触ってみる。
似たような硬い感触だった。
鏡がないので詳細は不明だが、人間の面影は皆無に等しいはずだ。
身体を調べる俺に気付いて、ミィナが遠慮がちに提案する。
「ジタン様、魔族化が深刻です。一旦、処置をした方が……」
「必要ない。ここから先は戦闘が激化する。少しでも強い状態を維持すべきだろう。お前の魔力も温存しておきたい」
「分かりました。でも、気を付けてくださいね。戻れなくなってしまうかもしれませんから」
「大丈夫さ。我ながら悪運だけは良いからな」
俺は皮肉っぽく笑う。
そこに周囲の魔族を蹴散らしたウォルドとメニも加わってきた。
大げさに驚いたウォルドは、飄々とした様子で茶化してくる。
「いよいよ魔族っぽいな。もう見分けが付かねぇよ。さすがに手遅れじゃねぇか?」
「メニも同感」
「下らねぇこと言ってないで、さっさと進むぞ。もうすぐ魔王とご対面できるぜ」
俺はひらひらと手を振り、幹部ゴブリンの斧を拝借する。
爪という武器はあるが、武器があっても損はない。
頑丈そうなので使い勝手もいいはずだ。
幹部を抹殺した俺達は移動を再開する。
戦う前より何倍も身体が軽かった。
そして力は底無しに漲ってくる。
叫び出したい気分だった。
いや、実際に叫びながら走っている。
叫びながら走って、魔物をひたすらぶっ殺していた。
以前までの俺なら考えられない光景だった。
傷付くほどに俺は強さを得る。
長年に渡って渇望した戦うための力だ。
しかし、それに傾倒するほど俺は人間ではなくなっていく。
別に恐怖や後悔はないが、このままどうなるのか興味はあった。




