第70話 不穏な予感
(血が疼く……これも魔族化の影響か?)
俺は肉体の異変を察知する。
この昂りは気のせいではあるまい。
明らかに魔族としての力が反応していた。
能力解除で沈静化したつもりだが、完全に封じ込められているわけではないようだ。
俺の怒りや殺意をきっかけに誘発している。
こちらの変化に気付いたのか、元剣聖が腰を落とした。
低い姿勢で剣を握り、今にも駆け出してきそうだ。
その姿からは、どろりと粘質な殺気が滲み出していた。
「…………斬る」
「上等だ、やってみろ。魔族殺しの次は英雄殺しだ」
俺は魔族の腕に力を通していく。
腕が歓喜するように脈動した。
濃縮された魔力が高速で循環している。
そのたびに甘美な感覚が沸き起こる。
こうなったら元剣聖を殺して、カレンも始末してやる。
それで他の勇者に見つかる前に逃げるのだ。
方針など知ったことか。
俺ならば可能なのだ。
やる気になれば限界なんて超えられるだろう。
俺は何度も視線を潜り抜けてきた。
そのたびに生き延びた。
今回だってきっとやれる。
そう思って踏み出そうとした瞬間、カレンが声を発した。
「二人とも待て。無益な戦いはやめろ」
拘束された状態のカレンは、俺と元剣聖を交互に睨む。
現状、この中で最も無力なはずなのに堂々としている。
それからカレンは元剣聖に向けて語り出した。
「ジャンク。この男は特殊な能力を持っている。戦略的な価値がある以上、死なせるのは惜しい」
名を呼ばれた元剣聖は黙る。
少し経ってから剣を鞘に戻して構えを解いた。
カレンの話を聞いて納得したらしい。
一方、俺は怪訝な顔になっていた。
(戦略的な価値だと? 俺をどうするつもりだ)
どうやらカレンは何か隠し事をしている。
それをすぐに暴かねばならない。
拷問をしてでも引き出す必要があるだろう。
刹那、誰かに後頭部を小突かれる。
そこにいたのはウォルドだった。
「頭を冷やせよ。まずは様子見といこうぜ。ちゃんと意見を通す機会が来るはずだ」
「……ああ、分かった。すまねぇな」
「気にすんなよ。不機嫌なお前さんを止めるのには慣れている」
ウォルドは気さくに笑って流す。
危なかった。
いつの間にか冷静さを失っていたらしい。
魔族化だけでない。
生来の喧嘩っ早い性格が出てしまったのだ。
俺は自己嫌悪と共に、どす黒い感情をひとまず飲み込む。
今は我慢の時だろう。




