第69話 一触即発
焚火の前の勇者は動かない。
俺達に視線を向けるだけで、まだ戦う気はないようだ。
ただし、自然と発せられる威圧感は凄まじい。
元剣聖というのだから、とんでもない使い手なのだろう。
今はまだ距離があるものの、これが果たして安全圏かどうか怪しい。
いや、おそらく既に間合いの内側に入っている。
そう考えておいた方がいい。
相手は正真正銘の英雄だ。
真の勇者ではないという点で俺と共通するが、実態はまるで違う。
偽りの名を掲げずとも超一流の存在なのだ。
落ちぶれた卑しい盗賊と比べることすらおこがましい。
劣等感がない、と言えば嘘になる。
俺にはそれを気にしないだけの図太さがあった。
別に今回に限った話ではない。
相手の方が優れていることなど、俺にとって何も珍しくないのだから。
ある種の開き直りであった。
俺は程よい距離で足を止める。
呼吸を整えると、片手を上げて話しかけた。
「よう、元気かい」
「…………偽勇者か」
「そうだ。ちょっと欲張ろうとしただけなんだ。まあ、大目に見てくれよ」
俺は肩をすくめて笑う。
元剣聖は暫し無反応だったが、おもむろに立ち上がって剣を抜いた。
俺は両手を開いて大げさに嘆く。
続けてウォルドとメニが拘束するカレンを指し示した。
「おいおい、待ってくれ。別に戦う気はないんだ。人質っぽくなっちまってるが、これも平和的に話し合うための措置さ」
「…………魔族の臭いがする」
「俺は魔族じゃない。あいつらの力をちょっと手に入れただけの人間だ」
こちらの主張を聞いた元剣聖は再び黙り込む。
よく見ると、鼻をひくつかせて何かを嗅いでいた。
奴は臭いを根拠に俺の魔族要素を指摘した。
つまり特殊な嗅覚を持っているらしい。
やがて確認を終えた元剣聖は、剣を静かに構えた。
「…………半分は魔族だ」
「おい。聞こえなかったのか。俺は違うって言ってんだろ。早く剣を下ろせ」
俺は苛立ちながら言葉を飛ばす。
意識はいつでも魔族化を発動できるように集中していた。
野郎の攻撃を見切れる自信なんてない。
かと言ってここで魔族になってしまうと、それこそ戦闘は絶対に避けられない。
だから寸前のところで留めている。
(かかってくるならぶち殺す。八つ裂きにしてやるよ)
話を一切聞こうとしない態度が、どうにも気に入らなかった。
英雄だろうが知ったことじゃない。
こちらの主張を無視してもいいという考えが気に食わないのである。
俺の心境を悟ったのか、ウォルドが忠告してきた。
「ジタン、落ち着け。挑発するなよ」
「あいつは俺達を舐めてやがる。ただの獲物としか見ていないんだぜ? 怒りたくもなるだろうよ」
俺は包帯を巻いた片腕を動かす。
異形と化した腕は、禍々しい魔力を軋ませながら解放の時を待っていた。




