第60話 加速する変貌
転がった女は鉄格子を背に起き上がる。
顰め面を浮かべるその姿が消えた。
瞬きの後、女は眼前にいた。
突き出されたナイフが俺の胸に刺さっている。
動き出す刃が心臓を抉ろうとしていた。
「くっ!?」
俺は反射的に振り払う。
女は宙返りで背後を取ると、今度は背中を滅多刺しにしてきた。
痛みの連鎖で前のめりになるも、ここで屈するわけにはいかない。
俺は女を押し潰すため、近くの壁に後ろ向きで突進する。
思った以上の加速で壁にぶつかり、牢獄全体が大きく揺れた。
瓦礫を払いのけながら俺は振り返る。
そこに女は潰れていない。
女は片脚を庇いながら退避していた。
どうやら負傷したらしい。
密着した状態だったので完璧には避けられなかったようだ。
速度を活かした戦法が厄介だったので、これだけでも収穫と言えるだろう。
動き出そうとした時、背中が蠢く感触を覚える。
女に何かを仕込まれたか。
そう思って振り返ると、蝙蝠のような羽が生えていた。
どこか刺々しい造形はまるで悪魔のようだ。
損壊した背中は再生と同時に変貌したらしい。
さらに魔族へと近付いてしまったようだ。
左右の羽が揃っているが、まだ上手く動かすことはできない。
慣れればいずれ空を飛べるのだろうか。
呑気に考えていると、女が複数のナイフを同時に投げ付けてきた。
俺は頭部を庇って突き進む。
多少の攻撃は気にしなくていい。
傷付いた分だけ強くなれるのだから。
魔族の力で強引に叩き潰すのが正解だろう。
投擲された腹と胸と太腿に刺さる。
その瞬間、神経を引き絞るような激痛が爆発した。
ナイフの刺さった箇所に力が入らなくなって転倒する。
傷口から白煙が上がり、焼けるような音を立てていた。
女は追加のナイフを両手に持ちながら俺を見下ろす。
「やはり魔族だな。聖属性がよく効くようだ」
「くそがァ……」
俺は太腿に刺さったナイフを掴む。
すると手のひらが焼けた。
人間の要素が残る手を使ったが、肌が魔族なので駄目らしい。
魔族の力で強くなった一方で、種族的な弱点も発現しているようだ。
「勇者を騙るばかりか、邪悪な力を宿しているとはな。これで見逃すこともできなくなった」
「言って、ろよ。ぶちのめしてやる」
俺は怒りのままに魔力を拡散する。
それが衝撃波となって牢獄内を蹂躙した。
間近で防御できなかった女は、身体を折って吹き飛ぶ。
瓦礫に後頭部を強打し、倒れて動かなくなった。




