第58話 執念の賭け
女は無言で俺を凝視する。
冷たい殺気が次第に研ぎ澄まされて室内を支配していた。
毛の一本を動かすのも辛いほどの重圧がかかる。
女は抑揚に乏しい声で呟く。
「……冗談なら笑えないが」
「本気で言ったのさ。これだけ馬鹿にされて引き下がれるわけねぇだろ」
俺は嘲るように言葉を返した。
滾る怒りは確かに存在するが、内心は冷静だった。
目の前の女を殺すつもりでいるものの、実際は非常に困難であるのは知っている。
このまま挑んだところで返り討ちになるのは目に見えていた。
大声でウォルドとメニを呼び付けるか。
しかし、二人が来る前に俺は死ぬ。
それでは意味がない。
俺はこの女をぶちのめしたい。
では一体どうすればいいのだろうか。
凡人の俺にできることは自ずと限られてくる。
だから答えはすぐに導き出された。
俺の覚悟に気付いた女が眉を寄せる。
「何をするつもりだ」
「底辺の意地を見せてやるよ。それであんたの息の根を止める」
「……まだ実力差が分からないのか。憐れだな。大方、魔族討伐も味方に任せ切りだったのだろう」
女が好き勝手に罵ってくる。
俺はそれに惑わされず、為すべきことを進めていくことにした。
まず肉体に移植された魔族部位に魔力を集める。
常人である俺が持つ唯一の"異常"だ。
人間を凌駕する種族の力を使うしかない。
生半可な策では叩き潰される以上、これくらい狂った手段を採らねばならなかった。
すぐに力の増幅が始まった。
通常の身体強化より高い効果を発揮するも、まだまだ足りない。
人間の部位が枷になっている。
したがって、その枷を取っ払うしかない。
俺みたいな人間が一流に対抗するには、躊躇いなく命を懸ける他に方法がないのだった。
そう結論付けた俺は、自分自身に錬金術を施す。
本来、錬金術による人体への干渉は禁忌とされていた。
どんな結果を招くか分からないからだ。
しかし、ここで躊躇うほど愚かではないつもりである。
元々の肉体と魔族部位の境界線を薄めて、その力を心臓へと送る。
そこから血液と混ざって全身へと浸透していった。
体内の違和感は、やがて悶え苦しむほどの激痛へと転化する。
俺は膝から崩れ落ちながら絶叫した。
「う、ごごあおあおあああああぁっ……!」
頭を掻き毟りながら吐血し、身体の痙攣が神経を貫く。
引き裂かれそうな感覚を味わう一方で、辛うじて意識を留める。
ここで負けては終わりだと確信していたのだ。
そうして耐えるうちに、元は義手だった腕の断面から黒煙が噴き出す。
それは禍々しい魔力だった。
性質は魔族に近く、既に体内にははち切れんばかりに充満している。
黒煙は次第に凝縮されて実体化した。
つまり、尖った爪を持つ手の形となった。
その頃には苦痛もだいぶ和らいでいた。
大量の脂汗を垂れ流す俺は、息を吐きながら立ち上がる。
魔力の黒煙で作られた片手を一瞥する。
「ふぅ、なんとか安定したようだな」
「その姿は魔族……まさか、倒した存在から力を奪えるのか」
「だったらどうする。もう謝られたって許さないぜ」
不敵な笑みを湛える俺は、魔族の黒い手を突き出す。
鋭利な爪が鈍く輝いていた。
もし『面白かった』『続きが気になる』と思っていただけましたら、下記の評価ボタンを押して応援してもらえますと嬉しいです。




