第55話 暗殺者の正体
転がった中指を無表情で見る。
綺麗な断面だった。
骨の関節をちょうど狙ったのが分かる。
女は手に小型のナイフを持っていた。
最初はあれを首筋に押し付けてきたのだろう。
恐ろしい切れ味だが、それ以上に本人の技量が高い。
無駄のない優れた格闘技術から確信した。
こいつは一流の暗殺者だ。
豪華な武器や派手な術を必要とせず、己の肉体だけで標的を壊すことができる人間である。
我ながら大した強さではないが、それにしたって実力差がありすぎる。
女が専門の訓練を積んでいる証拠だ。
俺は中指の断面を注視する。
溢れる血が凍り付いて蓋となった。
心臓に根付いたメニの力だ。
相手を瞬時に凍らせるようなことはできないものの、こういった応急処置には便利だった。
俺は血の唾を吐き捨てると、深々とため息を洩らした。
「生憎だが、指を切り飛ばされるのには慣れている。これくらいで脅しになると思うなよ」
「……胆力だけは大したものだ」
女は油断のない眼差しで俺を観察する。
不意打ちを警戒しているようだ。
これだけ一方的に叩きのめしておきながら、一切の慢心が感じられなかった。
会話の最中も気の緩みはなく、隙を突くのは不可能に近い。
(ったく、やりにくい相手だ)
俺は胸中で嘆く。
真っ向から勝てないのは仕方ないにしろ、油断ならない相手として認識されているのが致命的だ。
これだけ警戒されているのは、きっと魔族殺しの功績があるからだった。
使者の一団と同様、女は勇者の噂を聞きつけてやってきたのだろう。
当然ながら魔族討伐の話も知っている。
ミィナの語りによって脚色されているはずだが、事実は事実だ。
たとえ偽物だとしても、相応の態度になってくるのは自然な話だと思う。
俺はこの時点で戦闘を放棄した。
どうやっても勝てるわけがない。
魔族戦でも使った丸薬を飲めば対抗できるかもしれないが、実際はかなり怪しい賭けだろう。
女の本気がどれほどの実力なのか不明だ。
まだまだ底を見せていないはずなので、長年の勘を信じるなら敗北が濃厚であった。
つまり目の前の暗殺者は、単独で魔族に比肩するほどの実力者ということになる。
そんな人間はごく一握りの存在に限られてくる。
殺気を解いた俺は、あえて気さくな口調で問いかけた。
「降参だ。敵わないのはよく分かった。あんた、何者だ」
「拙は名を持たない。ただの汚れ役……勇者一行の暗部に過ぎない」
女は些かも表情を変えずにそう述べた。




