第5話 至福の一本
「ちくしょう、割に合わねぇな……」
俺は両手をだらりと下げて深呼吸をする。
全身が痛みを訴えていた。
何度も死にかけながら戦ったのだから当然だ。
あちこちを負傷しており、すぐにでも休みたい気分である。
(本物の勇者なら楽に勝てるんだろう)
生憎と俺はただの盗賊だ。
地元では名の知れた人間だが、肝心の実力は大したことがない。
戦闘経験は豊富でも、決して過信できない練度だった。
そもそも才能があるなら騎士にでもなっている。
飛び抜けた才に恵まれず、華々しい人生を諦めたからこそ今がある。
そう考えると、この辛勝は当然の報いかもしれない。
まあ、我ながら悪運は強い。
盗賊として培った生存術もあるため、手段を選ばない殺し合いは得意分野だった。
そこらの傭兵にやられるほど脆くない。
俺は傭兵の死体を漁り、煙草と着火用の魔道具を入手した。
小躍りしたい気分で貴重な一本をくわえる。
先端を炙って紫煙を深く吸い込み、笑みをこぼしながら吐き出した。
「……はぁ、最高だ」
戦闘直後の昂揚感も手伝って美味い。
怪我の痛みも薄れていく。
薬草のような味を感じるのは、鎮痛効果のある煙草が使われているからだろう。
継続戦闘を想定した傭兵は、そういった道具を所持しがちだ。
本当は雑味のない純粋な煙草がいいのだが、贅沢を言える状況ではない。
俺は煙草をくわえながら歩き出すと、馬車のそばで怯える奴隷商の前に立った。
奴隷商は腰を押さえながら震えている。
横転の衝撃で身体を強打して動けなくなったのだろう。
小太りの体格や、泣きそうな表情から戦う意志は見られない。
演技というわけでもなさそうなので、こいつは本当に無力である。
尻餅をついた奴隷商は俺を指差しながら叫ぶ。
「なんだお前は!?」
「ただの通りすがりの勇者だ」
そう答えて向けられた指を切り飛ばす。
人差し指が地面を転がり、奴隷商が手を押さえて泣き喚く。
聞くに堪えない声だった。
俺は短剣で奴隷商の首を抉って始末する。
その際、抵抗のために突っ張ってきた手が腹の傷に直撃した。
かなり痛かったので、奴隷商には自分の血で溺れて苦しみながら死んでもらった。
元より外道な職業を営む奴なのだ。
同情の余地はない。
それを裁くのがまた外道というのが皮肉な話だが。
俺は馬車の後部へと回り込む。
そこでは呑気そうなウォルドが欠伸をしていた。
彼は俺を見て気楽そうに声をかけてくる。
「おーい、大丈夫か」
「……なんとかな」
「さすが勇者サマだ。たった一人で圧勝じゃないか」
「くそったれが」
笑うウォルドを小突いて馬車内に踏み込む。
鉄格子のはめられたそこには、首輪をつけた奴隷が収容されていた。
ざっと十人くらいだろうか。
種族や性別や年齢は様々で、揃いのみすぼらしい服を着ている。
彼らは不安そうにこちらを見ていた。
馬車が横転して動かなくなり、外からは戦闘音が聞こえてくるのだ。
そういった反応になるのも仕方ない。
だから俺は胸を張って告げた。
「おい、お前ら。勇者が助けに来てやったぞ」