第4話 死に物狂い
俺はウォルドに指示をする。
「奴隷を頼む」
「はいよ。任せとけ」
気軽に応じたウォルドは、さっさと馬車の後部へ赴いた。
裏街では酒場の主人だったこともあり、奴は荒事に慣れ親しんでいる。
この状況下で自然体でいられることが異常なのだ。
体格に見合わない素早さを見せることもあり、意外と侮れない男であった。
ウォルドの心配はしなくてもいいだろう。
俺は単独で傭兵達のもとへと向かう。
そのうち一人が顔を顰めながら立ち上がった。
禿げ頭のそいつは、口に入った土を吐き捨てながら唸る。
「くそ、が……」
思ったよりも持ち直すのが早い。
きっと咄嗟に受け身を取ったのだろう。
落馬を利用して三人の傭兵を皆殺しにできれば上出来だったが、実際は一人しか仕留められなかった。
(仕方ねぇな。正攻法でぶっ殺すか)
覚悟を決めた直後、傭兵が唐突に斬りかかってくる。
俺は剣で遮るも、突進の勢いで押し倒された。
そのまま背中を地面にぶつける。
「うおっ」
息が詰まって後頭部も打った。
皮膚が切れたかもしれないが、気にしている場合ではない。
傭兵は無理やり剣を押し込んでくる。
首筋に刃が当たりそうだった。
というか、もう肩には食い込んでいる。
鋭い痛みと共に出血する。
骨と刃が擦れ合う硬い感触だ。
俺は歯を食い縛りながら抵抗する。
「うごあああああああぁっ」
身体強化の出力は向こうが上だ。
たぶん魔力量でも俺が劣っている。
つまり持久戦になると負ける。
俺は相手の腹に膝蹴りを入れて、力が緩んだ隙に転がりながら押し退けた。
膝立ちになったところに、またも傭兵が仕掛けてくる。
今度は倒されないように腰を落として突進した。
直前で剣を投擲する。
「くっ」
回転する刃を前に、傭兵は慌てて防御を選んだ。
その間に俺は無防備な腹に組み付くと、樹木に勢いよく体当たりをした。
「んぎぇっ」
挟まれた傭兵が呻く。
感覚的に肋骨が折れただろう。
ざまあみろ。
俺は前腕で傭兵の首を押さえ付けながら、もう一方の手で剣の動きを封じる。
密着した状態で刺されるのは不味い。
このまま強引に気絶まで持ち込みたかった。
ところが傭兵は脇腹を連続で殴ってくる。
身体強化中の殴打だから、とてつもなく痛い。
苦痛が内臓まで響いて、堪らず口から酒と胃液をぶちまけた。
さすがに何度も殴られると身が持たない。
焦る俺は頭突きをかました。
「うおらぁっ」
上手く命中させて傭兵の鼻を潰す。
すると傭兵は剣を滅茶苦茶に振り回しやがった。
さすがに俺は飛び退いて避ける。
頬と胸を浅く切られた。
血が滲むが問題ない……いや、よく見ると腹を刺されていた。
認識した途端に肝が冷える感覚に襲われる。
脂汗がどっと溢れて、尻餅をつきたい衝動が湧き上がった。
慌てるな。
たぶん刃に毒は塗られていないから大丈夫だ。
気を強く保て。
後から治療しても十分に間に合う。
俺は視線を周囲に巡らせる。
投げた剣はどこかにいってしまった。
闇に紛れて分からない。
光る機能を搭載するのに、それなりの金がかかっているのだ。
回収を忘れないようにしなければ。
――そう、俺はここで死ぬつもりはない。
腰に吊るした短剣に手を伸ばす。
さっきの剣は勇者を騙るために用意した物だった。
こいつは盗賊時代から何年も愛用して使い慣れている。
魔術の強化で耐久性も抜群だ。
乱暴に扱っても壊れない。
俺は短剣を前に出してにじり寄る。
「おら、かかってこいよ」
鼻血を流す傭兵は、憤怒に駆られて跳びかかってきた。
やはり剣の振り下ろしだ。
馬鹿みたいに同じ戦法を繰り返してくる。
俺は身体強化で瞬間的に加速し、剣を握る手首に刃を突き刺した。
傭兵が剣を手放したので、胸ぐらを掴んで投げ飛ばす。
そこから馬乗りになった。
「死ね」
俺は握った短剣を突き込む。
顔が血塗れの傭兵は手のひらで食い止めた。
「ぎっ」
刃先が手のひらを貫通するも、眉間に触れるか触れないかのところで耐えた。
俺は短剣に容赦なく体重をかけていく。
先端が、眉間に、触れ、て……食い込もうと……。
いける。
殺害を確信したその時、横から雄叫びが放たれた。
「オオオオオオォォォォッ!」
もう一人の傭兵がこちらに駆け付けてくる。
落馬から復帰し、仲間の窮地を救おうとしているのだ。
「チッ、ふざけんなよ!」
舌打ちした俺は、馬乗りの姿勢から立ち上がった。
そして、倒れた傭兵の股間を素早く踏み潰す。
「ぎゃぁっ」
傭兵は身体を曲げて悶絶する。
泡を噴いて痙攣しているので、しばらくは動けないだろう。
俺は引き抜いた短剣を左手で構える。
駆け付けた三人目は眼前で分厚い鉈のような剣を持っていた。
回避は間に合わない。
だから斬撃を右腕で受ける。
甲高い音が響いた。
破れた袖から覗くのは、鈍色の無骨な金属板だ。
ほんの僅かに変形しているが、しっかりと刃を止めている。
「残念。義手だ」
ほくそ笑んだ俺は短剣を一閃させた。
首を切り裂かれた傭兵は硬直する。
傷口から鮮血が迸り、その身体が崩れ落ちて動かなくなった。
俺は腹の傷を撫でながら息を吐く。
「痛ぇな、くそ」
股間が潰れた傭兵は、なんとか立ち上がろうとしていた。
ただし顔面蒼白で、両脚が震えている。
血走った目は俺を睨んでいた。
俺はそんな傭兵を蹴飛ばし、胴体を滅多刺しにする。
傭兵が俺の首に両手をかけて必死に絞めてくるが、構わず刺しまくった。
やがて傭兵の手が力尽きて垂れ落ちる。
競り勝った俺は、死体から短剣を引き抜いた。