第32話 くたばりやがれ
魔族が俺の短剣の刺突を爪で弾く。
強い衝撃の最中、指が折れる予感がした。
筋力で対抗するのは不可能なので潔く手放す。
短剣は空中へと高く飛んでいった。
垂れ下がった魔族の左腕が、跳ね上がるように襲いかかってくる。
その軌道は俺の首を狙っていた。
(やっぱり動きやがった)
俺は鎖を巻いた腕を顔の横に添える。
爪が衝突して、鎖が甲高い金属音が鳴り響いた。
それと皮膚が裂けて肉を抉られる感覚だ。
隙間から爪が潜り込んできたらしい。
「……っ」
俺は歯を食い縛って耐えて、強引に一歩分を踏み出す。
義手を腰に吊るした小瓶を掴み取ると、そのまま魔族の傷口へ殴打を叩き込んだ。
手首を回しながら体内へと拳を沈ませて、握り込んでいた小瓶を砕き割る。
その瞬間、魔族が身体を折って苦しみ出した。
「グオオオアアアアアアァァッ!?」
魔族の傷口から夥しい量の白煙が発生する。
融解した肉がどろどろと漏出していた。
吐血した魔族が俺を睨んでくる。
俺は拳を引き抜いて堂々とほくそ笑んだ。
「……錬金術で、濃度を上げ、た濃聖水だ……はは、傷によく、効くだろう……?」
「こ、の……ッ!」
魔族が左腕を振り抜く。
あっけなく転がされた俺は爪の当たった手を一瞥する。
指が何本か見えず、血が噴水のように出していた。
鎖も半壊して折れた腕をまともに固定できていない。
軽く舌打ちすた俺はすぐさま立ち上がる。
義手で手斧を握り込んでなけなしの魔力を流した。
聖水が作用して刃が青白く発光する。
極限状態で制御できるようになったのか、不思議と上手く成功してくれた。
俺は手斧を掲げながら魔族に跳びかかる。
「ぶち殺してやる!」
叫びながら手斧を振り下ろす。
魔族は避けようとして、よろめいて膝をついた。
またとない好機だった。
俺は脳天をめがけて打ち下ろすが、魔族が咄嗟に左腕を盾にする。
刃が肉を割って骨もなんとか断つものの、額を少し裂いたところで止まった。
左腕の防御に勢いを削がれたのだ。
そのせいでとどめを刺し損ねてしまった。
悪態を吐くより前に、魔族の右手が閃く。
気が付くと肘の辺りまで俺の胸に埋まっていた。
位置的に心臓を貫いているだろう。
魔族の顔に勝利の笑みが浮かんでいる。
そこまで目撃した俺は痙攣しながら血反吐を噴いた。
己を穿つ腕に縋り、崩れ落ちないようにして震え続ける。
魔族は憐みを込めて見下していた。
辛勝ながらも生意気な人間を殺せることに愉悦を抱いている。
――その姿は、あまりにも隙だらけで、間抜けだった。
俺は全身全霊の力を以て動く。
指の少ない生身の手で魔族の腕を掴んだ。
さらに手斧を離した義手を背嚢に突っ込むと、目当ての物が指先に触れたのですぐさま引っ張り出す。
俺が掲げたのは自作の爆弾だ。
しかも内部に濃聖水を仕込んだ特別製である。
魔族でもアンデッドでも致命傷を与えられる奥の手の一つだった。
爆弾の威力が高すぎる上、構造的に時間差での作動ができないので危険極まりない代物なのであまり使いたくなかった。
しかし、贅沢も言っていられない状況だった。
ここで自滅して死ぬかどうか、運試しをしようと思う。
俺は聖水爆弾を握った手を魔族の腹の傷口にねじ込んだ。
魔族が慌てて引き剥がそうとするが全力で拒む。
胸を貫かれながらも耐え続ける。
そして、起爆用の仕掛けを起こしながら俺は笑う。
「……くたばり、やがれ」
清々しい感覚の後、閃光と爆音で何も感じなくなった。




