第29話 愛の暴力
近付いてくる二人を目にした魔族は驚愕する。
震える足腰は負傷と疲労だけが原因ではないだろう。
「氷の精霊……貴様、何をした!?」
「ウォルドに憑依した。それだけ」
メニは平然と答える。
彼女の様子が今までと少し違う。
存在感が薄れている……いや、ウォルドに半ば溶け込む形になっていた。
しかし、二人が放つ魔力は凄まじい。
圧倒的な冷気となって周囲に猛威を振るっている。
対策せずに近付けば、あっという間に凍ってしまいそうだ。
そのような状態にも関わらず、ウォルドは少しも寒がっていない。
むしろ満ち足りたような表情をしている。
憑依という特殊な形態だからこそ、冷気の影響を受けていないのかもしれない。
魔族は俺とミィナを差し置いて声を荒げる。
「馬鹿な! 貴様は瘴気で弱った上、支配域から出ている! 憑依した人間から魔力を徴収したとしても、それほどまでの規模にはなり得ないはずだッ!」
「徴収じゃない。これは愛の契約。メニとウォルドは一心同体」
メニは堂々と述べた。
それを聞いた俺はひっくり返りそうになる。
(精霊と契約って、まるで英雄物語だな)
この世界において魔術的な契約の価値は重く希少だ。
ほとんどの人間がそれと関わることなく人生を終えるだろう。
ましてや人外の存在と契約を結べる人間なんて、ほんの一握りの選ばれた者だけである。
裏街の酒場の中年店主だったウォルドは、その狭き門を通り抜けたらしい。
「ふっ、おいらの真の力を解放するとことになっちまったか……」
ウォルドは少し悩ましげに苦笑する。
どこか気取った仕草が癪だが、奴はそれに見合う実力を得ていた。
もっとも、敵対関係にある魔族は我慢ならないだろう。
魔族は地面を踏み割ると、殺気を撒き散らしながら激昂する。
「舐めるな! ただの人間と契約したところで強くなるわけがない。どうせ魔力も偽装して大きく見せているのだろう。その化けの皮を剥がしてやるッ!」
魔族がウォルドとメニのもとへ突進する。
負傷をものともしない速度と迫力だった。
しかし、対峙する二人は落ち着いていた。
メニが澄んだ声を発する。
「知ってる?」
魔族が大上段から両爪を振るい込む。
刹那、その数倍の速さでメニの腕が霞む。
「愛は無限大」
メニの拳が嵐のように魔族へと襲いかかった。




