第2話 ニセ勇者の決断
俺達は夜の森を歩く。
途中、ウォルドが腰を叩きながら尋ねてきた。
「目的地は決まっているのか?」
「未定だ。とりあえず、誰も俺を知らない土地に向かう。旅をしながら援助を募れば、資金で困ることはねぇだろ。勇者らしさも繕うことができたしな」
衣服を整えて、見かけだけ立派な剣を吊り下げている。
魔力を流すと発光する仕掛けも施してある。
髪もしっかり洗って後ろで縛り、髭も残らず剃り落とした。
ウォルドはゴブリンと比較しやがったが、それなりの外見にはなっているだろう。
(実際に勇者として活躍する気はない。形だけでいい。どいつも勝手に感謝するだろう)
本物と同じ活躍を求められても困る。
当たり前だがそれだけの力は持ち合わせていない。
その辺りの才能があれば、裏街の住人にはなっていないだろう。
地方の騎士になって平凡な生活をしているに違いなかった。
ありもしない未来を想像していると、前方から重い走行音が聞こえてきた。
盗賊として鍛えた聴覚が、俺に正確な情報を伝えてくる。
馬車がこちらに接近していた。
かなりの重量を載せているのが分かる。
複数の蹄の音も重なるように鳴っていた。
護衛か何かで追従しているようだ。
耳を澄ませていたウォルドが冷めた目で述べる。
「奴隷商の馬車だな。一応、この国じゃ違法なんだがね」
「関係ねぇだろ。需要があれば供給される。貴族サマは奴隷が大好きらしいぜ」
「知ってる。奴隷市はどこの街でも大賑わいさ」
法律なんて関係ない。
権力者は平民を縛り付けながら、自らは平然と破るのだ。
そうやって力関係を築きている。
奴隷制度も何十年か前に撤廃されたはずだが、今じゃ暗黙の了解となっていた。
どこまでも腐っているが、盗賊の俺が言えたことではない。
(違法奴隷になったら一生が終わる。ごみのように扱われて、飽きれば殺される)
馬車の姿はまだ見えない。
それなりに距離があるのだろう。
詰め込まれた奴隷達の未来は閉ざされている。
憐れに思うが、別に同情などしない。
世の中は不条理に溢れているのだから。
とにかく、奴隷商と関わらない方がいいだろう。
変に因縁を付けられるのも面倒だ。
そう思って道を退こうとした時、ウォルドが唐突に尋ねてきた。
「それで、どうする。盗賊ジタンなら無視するだろうが……正義の勇者が見過ごす悪行じゃないよなぁ」
「煽ってんのか? 俺は勇者を騙るだけだ。人助けなんてするかよ」
「今のうちに予行練習しとけって。勇者の演技に役立つと思うがね」
「くそ、茶化しやがって……」
俺は悪態を吐きながら考え込む。
少しの沈黙を挟んでからウォルドに確認する。
「お前、本気で言ってんのか?」
「もちろんだ。ここで冗談を言うほどひねくれてないさ」
ウォルドは即答で頷いた。
そして真剣な目で俺の肩に手を置く。
「――ジタン。お前ならやれるさ。本気で人生を変えたいなら挑戦してみろ」
「鬱陶しいな。親みたいに説教するなよ」
「素直になれない親友を鼓舞しただけだぜ?」
「……チッ」
俺は舌打ちする。
懐を探り、煙草がないことに気付いた。
勇者らしくないと考えて捨ててきたのだった。
一服したい気分だったのだが、まあ仕方あるまい。
俺はため息を吐いて屈伸をする。
そこにウォルドが嬉しそうに声をかけてきた。
「覚悟は決まったか?」
「おう。あいつらをぶっ飛ばすぞ。援護してくれ」
「了解。巨乳美女の奴隷はおいらが必ず守ろう」
ウォルドが目を輝かせて宣言する。
文句を言う気にもなれず、俺は無言で動き出した。