ぶっ飛んだ理性
「見た目は可愛かったのに、あの狐も油断ならないよね」
「きつね?」
「そう。狐」
実を言うと昨日の襲撃犯の正体は判明している。事件の前後で増えたドロップアイテムが存在するからだ。
事件が起こる前には確かに持っていなかったアイテムが事件後にポーチの中を確認したら入っていたのだ。
そのアイテムにより襲撃犯は虎の要素がないのに虎の名前がついたあの狐であることが分かっている。
「あの後、ポーチの中に『草原狐の油揚』ってアイテムが増えてたから、アイギスを操った犯人は狐で間違いないと思うよ」
昼間にバロンが狐を倒しまくった時に手に入ったアイテムの中に「草原狐の油揚」は存在しなかった。
昼間の狐から入手できたのはおやつなのかお供え物なのか気になる「草原狐の赤飯」と狐との関係が類推できない「草原狐の包帯」である。
おそらく油揚は夜限定のドロップ品なのだろう。そしてあの夜に倒したモンスターは姿を確認することかなわずバロンに倒された襲撃犯だけである。
「そう・・・きつねが・・・・・」
私の膝から降りて、ゆらりと立ち上がったアイギスが四本の足に力を入れて草原の草を踏みしめた。
そのまま後ろ足で力強く大地を蹴り、勢いよく草原へと飛び出していく。
あたりにはアイギスが大地を踏みしめた時の銃弾のように鋭く大きな音が響き渡り、音に驚いたウサギたちが一斉に散っていく。
「アイギスさん・・・・・?」
明らかに様子がおかしい。昼間だと言うのに、耐性スキルを取得したというのに、まさかまた狐の術中に嵌まってしまったというのだろうか。
想定よりもずいぶん早く加持祈禱の効果を試す時が来てしまったようだ。
遠ざかるアイギスの背中に向けて加持祈禱を発動する。地面に添えた右手から橙色の炎がわき出し、左手に向かって円を描いていく。
その炎の中から不思議な形の文字が浮かび上がり、螺旋を描きながらアイギスの方へ飛んでいったと思ったら、アイギスに届く前に消えてしまった。
「え、不発!?」
加持祈禱は医術や応急手当と同じようにパーティを組んだ仲間に対しては視認できる距離にいればスキルをかけることが可能だ。
だから距離が遠くてスキルが届かないという訳ではないはずだ。
それに今発動したのは降魔印。悪魔を退ける降魔印ならば狐に操られたアイギスを開放することも可能だろう。
では失敗したのか、そう思い、リキャストタイムが終了し、スキルが再使用可能となった瞬間に再度アイギスに向けて加持祈禱を発動したが先程の光景を繰り返しただけだった。
そうこうしている内に、アイギスは何かを発見したように急転換し、飛び上がる。
そして落下の勢いをのせ、着地地点にいた黄色い何かに飛び蹴りを食らわせ、首元へ噛みつき、後ろ足で連続キックをお見舞いしている。
「おのれ狐!」
アイギスのもっふもふな毛が逆立って、邪悪なオーラが燃え立つ幻覚が見える。こころなしか、目の色も赤く変化しているような・・・?
「ひえっ、怒りで我を忘れてるんだわ……」
じゃなくて、もしやアイギスは操られているのではなく、別の状態異常にかけられているのだろうか。
そう考えれば、昨日のアイギスの様子との違いにも説明がつく。
狐に操られた時のアイギスは私たち味方への攻撃を繰り返していた。しかし今は件の狐に対して執拗に攻撃を加えている。
アイギスは操られているわけではなく、加持祈禱の効果がない状態異常にかかっているのかもしれない。たとえば、怒りとか凶暴化とか怒りとか。
「おのれ狐おのれ狐おのれ狐おのれ狐・・・・・・」
推定怒りの状態異常に陥ったアイギスは呪詛のように同じ言葉を繰り返し、手当たり次第に虎要素零の狐へと襲い掛かっている。
跳ねては噛みつき、跳ねては蹴り飛ばし、跳ねては百裂拳ではなく蹴りをくらわせる姿はどう見ても異常だ。早く状態異常を解除しないと。
怒りなどの精神に影響する状態異常を解除するスキルに心当たりはある。
精神分析だ。精神ってついているからきっと今のアイギスにも効果があるはずだ。さあ、はやく精神分析。アイギスに精神分析をっ。