目茶目茶な考
「それに、十干十二支を覚えているとギルド側の覚えもよくなり、美味しい依頼を教えてもらえることもありますよ」
クロウさん曰く、十干十二支を記憶している冒険者は教養のある人物と見なされ、
知識や頭脳を必要とする通常の冒険者には難しい依頼や依頼主との会話が必要なため素行に不安のある冒険者には任せられないような依頼も積極的に回してもらえるらしい。
その他にも、ギルド側の評価が高いと色々と融通とまではいかなくとも気にかけてもらえるらしく、ギルドの階級も上がりやすいそうだ。
そのため、クロウさんは将来冒険者になると表明している子であっても、冒険者になるなら尚さらに十干十二支を叩き込むのだという。
「今度ギルドに行く時には依頼ボードの確認を忘れずに行うとして、今日は以前の一覧表を持っていますか?」
促されるまま、ポーチの中から一覧表を取り出す。
一覧表は繰り返し使用するためか紙ではなく木でできており、木簡の表面に焼き鏝などで十干と十二支のそれぞれの表記と読み方が焼き付けられている。
また、その下には十干と十二支の組み合わせと数字、その読みが表になっており、表には子供にも理解しやすいように木火土金水のイラストも烙印されている。
「今日の日付が・・・・・」
クロウさんは手に持っていた松明を一番近くにあった建物の壁に取り付けられた燭台に置き、空いた右手で表を指さす。
クロウさんの指は思っていたよりも節くれだった男の人の指をしている。けれども、手入れでもしているのかささくれなどはなく、つるりと滑らかで短く整えられた爪が木簡の上を動く。
「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸・・・十干は五行と陰陽の組み合わせで、木の陽と陰、火の陽と陰、土、金、水と続き、これらの十の属性を繰り返します」
クロウさんの指が表に描かれた木や火などのイラストをなぞっていく。
イラストでは木火土金水が二個ずつ並んでおり、後に続く絵のマスはうっすらと茶色く焼き跡がつけられている。これは後の方が陰の属性であることを表しているのだろうか。
「各属性の一回目を兄とし、えと呼びます。そして、次に来る二回目を弟とし、とと呼びます。陽キャのえ兄さんと陰キャのと君と呼びましょう」
え?なんて?クロウさん、何て言いましたか?今。
おおよそクロウさんの口からは飛び出しそうにない言葉が聞こえてきて、思わずその優し気な顔立ちを凝視する。
陰キャ?陽キャ?パティピーポー?この世界にそんな言葉が存在することに驚くよりも、クロウさんの語彙録にかような若者言葉が乗っていたことに唖然とさせられた。
「また、陽キャの兄と陰キャの弟、二人合わせて干支と呼びます」
もはや木簡には一瞥もくれずに、クロウさんの顔を穴が開くのではないかというほど見つめ続けているが、クロウさんは一切気にする様子もなく講義を続けている。
私の脳内ではパティピーポーな陽キャ兄さんが躍り出し、少し離れた暗いところで根暗な陰キャ弟君が体育座りでそれを鑑賞している。
イエーイ!エイ!エイ!エイ!じゃないよ、陽キャ兄さん。弟さんが地面にとの字かいてるから。なぜかのじゃなくてとって書き続けてるから。気づいてあげて。
「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸、木木火火土土金金水水、陽陰陽陰陽陰陽陰陽陰・・・・これが十干です」
クロウさんの声に導かれてようやく脳内ダンスホールから脱出できた。
最後まで陽キャ兄さんは弟の様子に気づくことなく踊り続け、陰キャ弟さんは最終的に全身でとの字を表現することに執念を燃やして一人人文字に挑戦していた。
彼はとだった。全力でとであった。
「ついでに、甲乙丙丁もすべて覚えてしまいましょう。子供たちにも好評な覚え方です。甲乙丙丁の後は、簿記更新時期と覚えましょう。はい、続けて」
「甲乙丙丁・・簿記?更新・・・・時期・・・・・・・・?」
簿記あるんですか?クロウさん。この世界に簿記って存在するんですか?ちょっと、さっきから突っ込みどころが多すぎて混乱してきた。
クロウさんはいつもと変わらない穏やかな笑顔を浮かべているけれど、もしかして熱でもあるのだろうか。先程から発言がおかしいぞ。
「あの・・・クロウさん?」
いぶかし気な私に笑みを深めて、いたずらっ子のような笑顔で木簡から手を離す。
「冗談です。あなたの世界に存在するもので表した方が覚えやすいかと思いまして」
簿記更新時期。一度でしっかり、記憶に焼き付けられました。たぶん、もう忘れることはないでしょう。簿記更新時期。とっても覚えやすいよ、簿記更新時期。
「今日はここまでにしましょうか」




