従魔の名前は兎
「結構あるね、少し待ってな」
そう言って手続きを始めるターニャさん。豪快な仕草の割にアイテムを扱う指先は丁寧だ。
赤褐色の髪を耳にかき上げる所作が大人の女性らしさを感じさせて憧れる。白銅色の瞳をゆるく伏せるのがミソだな。指の角度はこうで。うん。覚えておこう。
「ん?ルイーゼ、あんた…従魔に名前を付けてないね?うさぎのモンスターにウサギって、そのままじゃないか」
ぎくっ
「ギルド証は従魔に名前を付けないでほっとくと、適当によく似た動物の名前を表示するからね。横着しないで早く付けてやりな」
ギルド証にそんな機能があったとは初めて知った。これは使えるのでは。でも、従魔にして放置する機会ってあんまりないよな。
「・・・・・」
バロンには首元に移動してもらって、ウサギを顔の前に掲げ持つ。
ウサギの名前、非常食とか?うん。まぁ、違うことは分かっている。
小学校とかでやる食育の一環としての動植物の飼育。
あの経験から何時いなくなってしまうか分からないウサギに名前を付けることに抵抗があったけれど、すでに手遅れな気もする。
もう既にウサギに対して仲間意識と愛情を抱いてしまっている。名前を付けようが付けまいがウサギがいなくなったら号泣する自覚がある。
ウサギの名前。ウサギのキャラクターってどんな子がいたっけ?
ミ〇フィー、マイメ〇、シナ〇ン、そう言えば絵本でピーター〇ビットってあったな。小さいころ読んだなぁ。
内容覚えてないけど。正直、猫のモペット〇ゃんしか記憶にない。ドジっ子子猫可愛いしか思い出せない。
あ、でも、栗鼠の尻尾が取れたのも記憶に残っている。今は何の役にも立たない情報だけど。
ウサギ。ウサギと言ったら、もふもふ、もふもふと言ったら、スキル、スキルと言ったら盾。
「肉…盾……」
!ターニャさん、待ってください。違います。冗談!冗談ですから!
ターニャさんから全力で引いた視線をいただいてしまった。まじめに考えなければ。
盾っていうのは、良いと思うんだよね。ウサギのパーティでの役割は盾だし。有名な盾の名前には何があったろうか。
「・・・アイギス、アイギスっていうのはどう?」
ウサギ――アイギスと目を合わせて聞く。
アイギスは鼻をひくひくと動かし、こちらを見る。やがて一声「プゥ!」と鳴いた。喜んでくれたようだ。
「お、いい名前もらってよかったじゃないか!ギルド証の記載も変わってるから確認しときな」
そう言って、ターニャさんはギルド証を返してくれる。見れば、ちゃんとウサギの名前がアイギスに変わっている。
手続きを終えて外に出た。
ターニャさんに聞いたら、広場の傍に宿は密集しているらしい。ベッドの看板を掲げた建物が宿だそう。
本日の宿の憂いもなくなったことだし、ご飯にしよう。先程から、私のお腹の自己主張が激しい。食べ物屋さんは何処だろう。
「なにをうろちょろしとるか。気ぜわしい」
既視感。数分前にも同じように声をかけられたような。
「・・・なんだ。またお前さんか」
「こ、こんにちは」
「…今度はなにを探しとる」
聞きながらも騒がしい私のお腹を見て納得したギックリオお爺さん。お願い静まって私のお腹。
「レストランなら、そこだ。あの極彩色な屋根の建物・・・」
ギックリオお爺さんの指先をたどって見た先にはカラフルな丸い屋根がついた建物が存在した。
建物自体は赤が主体で他のものと変わらないが、派手な色模様の屋根が遠目でも目立っている。
「あれですね。ありがとうございます」
「ふんっ」
お爺さんは鼻の穴を脹らませて元の作業に戻っていく。
大きなシャベルで砂を掬い上げて建物のわきへ寄せている。寄せられた砂は水が撒かれ固められている。
「…あの、それは何をしてるんですか?」
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