敵討ち大蛇の戦闘
仲間たちの呆れた視線に耐えながら道を進む。
砂漠の砂に苦心して歩調も乱されるけれど、私は二匹の足です。頑張って歩くので許してください。
遠目に光り輝く鶏らしき姿が見えたけれど、正体を確かめることなく先を急いだ。
どんな味がするのか気になるけれど我慢した。二匹の視線が痛いからね。
そして、また、視界は霧で覆い隠されている。
うねるような荒波が近くの岩に打ち付けられて騒がしい。水深も分からないほど深い水の上に私たちは立っている。
ここにきて、フロストウォーカーの効果が判明した。
湿地にいた黒狼の能力を受け継いだらしく、足元の水を凍らせて水の上を歩けるようにしてくれるようだ。
狼ほど広範囲を凍らせることはできないが、座布団くらいの領域に薄く氷が張っている。
これがあれば北の沼地に浸からなくてすむかもしれない。
そう思ったが、氷の面積が狭いのでバロンが闘いにくい気がする。うーん、沼地の攻略、どうしようか。
余所事を考える私たちに怒ったのか、飛沫を上げていた大波が猛り逆巻き、天高く怒涛を貫く。
持ち上げられた波が暴風雨となって降り注ぎ、開けた視界には大蛇がいた。
BOSSグランエスプリ Lv.15
現実ではあり得ないほど大きな大蛇だ。大きな蛇と言ったらニシキヘビを思い浮かべるが、あれの数十倍、数百倍は大きい。
私たちをぐるりと囲むようにとぐろを巻いて、顔と尾だけを水面からつき出し、こちらを睨めつけて居る。
私たちはそんな大蛇のとぐろの中に捕らわれる形で立っていた。
蛇が苦手なわけではない私でも、ここまで大きな蛇だと怖い。私たちをまとめて一飲みにできそうな大きさだ。
『尾の動きに注意せよ』
バロンは私の肩から近くの大岩に飛び移り、大蛇に近づいていく。
ウサギはモッフモフに膨らみ、私は笛や太鼓の調べを運ぶ。
蛇の尾は暴れるタイミングを見計らう様に水面を泳いでいる。
互いに様子を窺う蛇と猫。先に仕掛けたのは猫だ。
走る勢いをそのままに水面を駆け蛇に襲い掛かる。大蛇は迎え撃つように大口を開け猫へ威嚇する。
バロンは空中で体をひねり、蛇の牙を避けながら、その額を打つ。
「ッシャー―――!」
蛇は痛みにのたうち回り、幾つもの高波を発生させ、スコールを降らせる。
大岩に着地したバロンにも雨は降り注ぎ、水にぬれた体毛を不愉快そうに睨む。
『蛇の分際で我に楯突くとは…』
大蛇に向けて跳躍したバロンは首元に噛みつき、その息の根を止めようとする。
噛みつかれた大蛇はこれでもかっというくらいに暴れまわり、水面を尾で何度もかき混ぜ、渦を量産する。
それでも外れないバロンの牙に顔を大きく仰け反らせ、自らの頭ごとバロンを水面に叩きつけようとする。
バロンは寸でのところで大岩に退避し、蛇は水面を割るように水の中へめり込んだ。
大きくそそり立った波が前後に津波のように押し寄せ、大岩に立つバロンさえも激流は飲み込もうとする。
バロンは軽やかに空中に飛び上がり、暴れる蛇の体を足場代わりにぴょんぴょんと飛び石を渡るように移動していく。
水面から頭を上げた蛇の横っ面に当て身を食らわせ、再度蛇を水面に沈ませる。
『ふんっ』
大岩に降り立ったバロンは鼻息荒く蛇に視線を遣り、尻尾で大岩を打ち付ける。
蛇は頭身を不安定に揺らしながらも起き上がり、バロンに向けて息を吹きかける。
紫色をしたその息がバロンに届く、その寸前で大蛇の体は光となって消え、同時に周囲の水も霧散した。
「っふ、ふわぁ~~~~~~~~!」
勝負が決着したことで気の抜けた私はその場にへたり込んだ。
隣でウサギも元の大きさに戻り、地面に溶けている。
バロンはそんな私たちを瞥見して、勝利の余韻に浸るように前足を舐めた後、毛繕いを始める。
その体はしっかりと乾いており、濡れていない。水がなくなるのに合わせて毛皮についていた水も消えたようだ。
バロンと大蛇の息の詰まるような戦いに遠慮して声を出せずにいたが、大蛇の起こした荒波は私たちをも襲っている。
必死で近くの岩に張り付いて、流されないように頑張ったけれど、ウサギのモッフモフな毛が水を吸って見るも無残な姿になっていた。
自分では確認できなかったが私も凄いことになっていた気がする。
良かった。本当に、良かった。水が消えてくれて。
ところで、目の前で主張も激しく踊るテロップはなんぞや。
乱れた髪を手櫛で整えて、ウサギの毛も梳いてやりながら、文字を確認する。
《西の国へ移動しますか? ▼はい▼いいえ》
やった!これで砂漠を抜けられる!
喜び勇んで「はい」を押すと、警告文が飛び出してくる。
《極々極めて稀に強力なモンスターに出会うことがあります。本当に移動しますか? ▼はい▼いいえ》
え、こわっ。強力なモンスターって、初対面時のバロンみたいな?バロンがいるとはいえ、こちらは弱体化されている。勝てるだろうか。
不安に思いつつも「はい」を選ぶ。このまま砂漠を彷徨うのは嫌だ。
選択とともに霧に包まれ、視界が蒼く染まる。
深い深い水底から空を見上げたような感覚にとらわれる。
溺れる、そう思って閉じた瞼に光を感じ、不思議に思い目を開ければ、そこは紅葉色の広場であった。
《西の大国が解放されました。以降、西のボスは弱体化します。》




