黒狼の悲劇の序章
そうこうしている内に一匹の蛇がこちらに向かってくる。バロンの攻撃を空中で器用に避けながら、大きく息を吸う。
「キュ――っ!」
ウサギが目の前に飛び出し、スキルを使う。
頭上に乗るくらいの小さなウサギの体が何十倍にも膨れ上がり、蛇から私の体を隠す。
そこへ吸った息を吐きだす蛇。蛇の息はただの息ではなく炎を伴いこちらに向かってくる。
「キャー――!」
大迫力の炎の渦がこちらに押し寄せ、ウサギの体で遮られて後方へ流れていく。
これに耐えられるとはウサギもすごい、と見つめた先でモッフモフの名に恥じない大増量の長毛に火が点く。
よく見ればウサギの毛先に所どころ火が点いて焦げている。やだ、ウサギ燃えてる!
「ギャー――!」
消火!消火ぁ―――!!大急ぎで水魔法を使用し、ウサギに点いた火を消す。
水魔法で使用可能な呪文が水の玉しかない。これではのどを潤す量の水を作るくらいしか効果がない。
今欲しいのはもっと大きな水を作れる呪文なのに!
蛇のブレス?攻撃が止んだ隙に小さくなったウサギに水の玉を掛ける。
ウサギは濡れ鼠になったが火は消えた。それにしても、水魔法をもっと使って、早く使える呪文を増やしたい。たぶん使い続ければ増えるはず。
びしょ濡れのウサギをタオルハンカチで拭きながら考える。
タオルハンカチは露店で見つけて数枚買っておいた物だ。女の子の嗜みとして買っていて良かった。
火吹き蛇?火を噴くなら竜?は鷲のカーちゃんによる突風のナイスアシストによってバランスを崩したところをバロンによって退治されている。
モンスターたちってなんであんなに仲が悪いの?足の引っ張り合いが酷い。
先程の蛇は今までで一番、強敵だった印象。もふもふの毛ってよく燃えるんだな。
『怪我は?』
心配したバロンが近寄ってきた。
「大丈夫。毛先が燃えたくらい」
ウサギは毛先に火が付いたものの、長い毛が幸いして火傷などは負っていない様子。一応、応急手当もかけておこう。
『・・・そうか』
バロンはまた陸側へと離れていく。
その後は特にトラブルもなく、途中風車小屋で宿を借りながらも進み続け、気が付けば周囲は霧に包まれていた。
砂浜を歩いていたはずなのに、辺り一面、薄っすらと水が張った湖のような場所にいる。
バロンは肉球が濡れて不快そうにしており、ウサギは頭上にしがみ付いて濡れるのを拒否している模様。
少し髪の毛が引っ張られる感覚がある。抜かないでね。
ゥワオオォォォーーーーーーン!!
静寂に支配された空間を引き裂くような獣の声が轟く。
漆黒の鎧をまとった大きな獣が静かに眼前へ降り立ち、粛静の湖畔に波紋を描く。
その波紋と供に獣の足元から氷が生まれ、湖を凍らせていく。
獣の真っ赤な瞳がこちらを向き、その眼に己の領域へと侵入してきた愚かな生贄たちを映し出す。
BOSSアビティトゥールビア Lv.11
演出からしてまさかとは思ったがボスモンスターで間違いないようだ。
真っ黒な毛の大きな狼である。毛足が長く触ったら気持ちよさそう。
犬の毛は猫の毛のように柔らかくないんだっけ。でも、長毛種のワンちゃんの毛は触り心地よさそうなんだよな。
「――キャィンッ」