おぼろな月
しかし、途中に村などはあるだろうか。ない場合には外でログアウトするための道具などが必要になる可能性もある。
野宿のために用意すべきものは何だろう。実際にしたことなどないため不明なことが多い。
そのあたりのことも、クロウさんなら知っているだろうか。
「あの、明日は東に進んでみようと思っているんですが、道の途中に泊まれそうな場所はありますか?」
「ああ、随所に村がありますよ。どの村も頼めば泊めてくれるでしょう。なので野宿の用意などは必要ありません。ただ、食料は持って行った方が良いです」
食料は必要と、心のメモに記しておく。
村の食糧事情に配慮して村の負担にならないように自分たちで用意した方が良いということだろうか。
考えている内に、クロウさんの言葉が続く。
「・・・・しかし、ルイーゼさんも旅立たれるのですね」
寂しくなります、と小さな声で呟く。
優しげな顔を少し曇らせて、聞こえるか聞こえないかの本当に小さな呟きは、だからこそ本音のように感じられる。
知り合って間もないけれどクロウさんには大変お世話になっている。寂しいだなんて言ってもらえるなら直ぐに帰って来よう。
「あ、あの、東の様子を見たら、すぐに戻ってきます!クロウさんにも会いに来ます!」
草原を駆け抜ける風になって東の国にたどり着き、鬱金香が咲きほころぶより早く戻って来よう。
この国に戻ったら、ご主人を見つけた犬のように素早くクロウさんのいる広場に駆けつけることを決意する。まぁ、私、犬じゃなくて猫なんだけどね。
「何もない国ですが、帰ってきてくださるのは嬉しいです」
私の言葉を受けて、悲し気に微笑うクロウさんに言い知れぬ焦燥感が募る。
「何にもなくないです!街の中でも、外でも、たくさんきれいな花が咲いていました。こんなにきれいな街並みの国です。何もないことなんて・・・・」
ない、そう続けようとした私の言葉を遮るようにクロウさんは声高に否定する。
「いいえ!」
クロウさんは自分に言い聞かせるように言葉を続ける。
「いいえ、この国には何もありません。何もない国なのですよ、この国は」
広場を照らしていた月が雲に隠れ、光源はクロウさんの背後で揺れる篝火のみとなっている。
火を背にしたクロウさんの表情は陰になってしまい窺い知れない。けれど、その泥を吐くような声音からひどく苦しそうな表情をしているのではないかと予想できる。
なぜ、この美しい国の美しい広場でクロウさんは溺れた水死者のように苦しそうに喘いでいるのか。
「クロウさん・・・・?」
困惑した様子の私に気づき、クロウさんは苦笑した。
「いえ、すみません。花がきれいな国ですか…そう、思ってもらえるのなら光栄です」
朧月が照らす白い顔は、いっそ青いと感じるほどで、黄色の衣との対比でクロウさんが生きてここにいるのか不安にさせる。
存在を確かめたくて伸ばした手はやわらかな拒絶に空を切り、申し訳なさそうに微笑う顔は闇夜に溶けて消えそうだった。
「あなたのお帰りを此処でお待ちしています」
そう言って、クロウさんは朱色の教会を背に手を振る。その手も足も透けることはなく、確かに実在する人の手足である。
「はい。行ってきますね、クロウさん」
クロウさんはここで待っていてくれるという。次の約束があるならば、きっと、大丈夫だろう。
次に広場を訪れる時にはクロウさんが元気になるようにお土産を持ってこよう。
子供たちもよく教会に参来するようだし、他国の珍しいお菓子とか手に入らないかな。
再会の約束を胸にクロウさんのいる広場を離れる。