黄衣の神父・中二の少女
読み方は「こうえのしんぷ」です。
「あ、起きた?」
見ればウサギが起きたようだ。前足を持ち上げ、両耳をピンと立て鼻をひくつかせている。
そのまま、周囲の様子を暫く伺っていたが、バロンを見つけて長椅子の端まで後ずさりした。
バロンは興味のない様子で大きな欠伸をして見せた後に椅子から飛び降りて更なる距離を稼ごうとするウサギに目を眇めながら伏せの姿勢で前に出した前足の上に顎を乗せてウサギの観察を始める。
バロンさん、やめたげて。
バロンの視線にさらされたウサギはメデューサに睨まれた生贄のように中途半端な姿勢で固まって小刻みに震えている。
かわいそうなので私の身体でバロンの視線を遮りながら、声をかけてみる。
「えっと・・・・パン食べる?」
話題が見つからなかったので、とりあえず食事の話を振ってみた。
大丈夫か聞いてみようかとも思ったけれど、大丈夫じゃないのは見ればわかる。
怯えるウサギを刺激しないようにそっとパンの包みを差し出す。
「お肉とジュースもあるよ」
買ってみたは良いものの兎って草食だよね。モンスターのウサギなら食べられるだろうか。
猫の食べられない物なら少しは知っているが、兎が食べられないものはあまり知らない。
今からでも野菜や果物を売っているお店を探すべきだろうか。
それとも草原へ連れて行った方が良いのか。しかし、草原の草は普通の草ではなく鬱金香である。
鬱金香って毒持ちではなかったろうか。微毒だけれども食べ過ぎるとお腹を壊すと聞いたことがある。
ウサギは草原で何を食べて生きてきたのだろう。ゲームだから関係ないのかな。
とりあえず今日は現実の兎の飼育方法をログアウト後に調べなければ。知らずに間違った対応をしてしまったら大変だし。
匂いを嗅ぐウサギを見守りつつ、ステータスを確認する。
HPバーは何とか半分まで持ち直している。何度か応急手当をかけ続けていた甲斐があった。
ルイーゼ Lv.5
HP 100%
MP 76%
称号: ナビさんのお気に入り
猫の女王様
スキル: テイム 従: クーゲルカニーンヒェン Lv.6 HP 68%
MP 75%
バロン HP 100%
MP 100%
識別
応急手当
水魔法
候補(木魔法、火魔法…etc.)
スキルポイント:12
ウサギのステータス画面を開いたら、ついでに自分のステータスも一緒に見えた。
レベルが上がっている。バロンの弱体化が緩和されたのはこれが要因だろうか。
スキルポイントも手に入っている。
このゲーム、スキルはスキルポイントを消費して獲得する。各スキルで必要ポイントが異なっており、またキャラクリ時を除いて獲得可能スキルはプレイヤーによって違うらしい。
獲得可能スキル一覧を開けば、木魔法、火魔法、風魔法などの魔法スキルの他に、回避、気配察知、医術、鼓舞などのスキルが並んでいる。
先程の戦闘を思い出すと回避や気配察知はほしいかもしれない。バロンが遊んでいる間に私が攻撃を受ける可能性がある。
バロンが戻ってくるまで回避し続ければ、敵はバロンが何とかしてくれるはず。
けれど回復スキルもほしい気がする。応急手当ではウサギの回復もまともにできていないし、回復量が足りない。
「――おや、ルイーゼさん」
悩む私の耳に聞き覚えのある声。
「あ、クロウさん」
黄色の司祭服を纏った神父様である。クロウさんは茶色がかった黒髪に湖を思わせる蒼い瞳をしている。穏やかな笑顔が目に眩しい。
「こんにちは。…クーゲルカニーンヒェンですか?おとなしいですね」
食事中のウサギを見つめる。優し気な眼差し。
クーゲルカニーンヒェン、ウサギの正式名称だ。何度聞いても格好いい。
昔、唸れ、私のクーゲルシュライバーとか言って勉強中に遊んだなぁ。…この話はそこはかとないむずがゆさを覚えさせる。忘れよう。
確か件の言葉はドイツ語。響きが似ているからクーゲルカニーンヒェンもドイツ語だろうか。
視線を送られたウサギは一瞬動きを止めてまた食べ始めている。
私たちと同じお肉とパンを食べ終えたウサギに変わった様子はない。ステータス画面でも毒状態などになっている様子もなく、HPも変動していない。
今日食べたものでは食中毒を起こすことはないようだ。良かった。
ウサギは醸ジュース入りのコップに頭を突っ込むので白い毛皮が茶色くなってしまっている。後で拭かなきゃ。
「こんにちは。東の草原で仲間にしました。…あの、ポーションってどこで買えるかわかりますか?」
ウサギに使いたい。露店ではポーションを見かけなかった。
「ポーションですか?初級でしたら薬屋か冒険者ギルドに隣接した武器屋で買えますよ」
「…初級だけ?」
「ええ、初級ポーションの材料は何処にでも生えており、この国でも簡単に手に入れられます。
しかし、その他のポーションは薬師が自家栽培している分しか材料がないため、入手が難しいのです」
アン…何とか不遇の逸話がまた一つ増えてしまいそうだ。
クーゲルシュライバー(ボールペン)