恐怖・狂気・強行
―「負けイベント」だ。
四散する思考の中で悟る。負けイベント、ゲームなどにおいてシナリオ展開上必ず負けることが確定しているイベントを示す。
どう足掻いても勝てない、どんなに知恵を巡らせ工夫を凝らしても負ける運命にある、どうしようもない絶望をもたらす戦闘。それが目の前に存在していた。
どうせ負けるのならば・・・やけくそな思考が頭を過る。
しかし、即時なけなしの理性がはたらき後退を命じる。けれど、身体はそれに反して勝手に動く。
嫌だ、やめて、死にたくない、“それ”に近づいては駄目だ。
本能が後退を命じ続けているのに、身体はどんどんと前進し、“それ”に近づいていく。
止まって、止まってよ、止まれ、心に相反した身体が“それ”に引き寄せられていく。
そして――
もふりっ
触れた身体が感触を伝える。
え、手触り最高すぎる。一瞬、頭の中が真っ白になった。そのまま、衝動的に抱きつき、撫で回す。
まずは、頬。ひげは触らないように気を付けつつ、もふもふの頬っぺたを撫でる。
次に耳の下、それから、耳の横。耳の近くの筋肉はよく使われるため凝りやすい。
マッサージをするように捏ねくり回す。毛足の長い柔らかい感触が体全体を包み込んでいる。
「最高……」
顎の下も大切だ。
此処をこしょこしょと擽るのを忘れてはならない。
手の平どころか手首まで届く長い毛が皮膚を撫でる。
「素敵……」
ごろごろどころかばるんばるんという爆音が鳴り響き、心地好い振動が身体を震わせる。
なんだこれ、癖になりそう。
夢見心地に見つめる先で漆黒に蠢く毛皮が美しい。
この世のものとは思えないおぞましい顔だと感じたが、こうして見てみると
「格好いい……」
ずっと見つめていると、だんだん愛おしく見えてくる気がする。
そのまま、全身全霊で褒め称え、撫で回し、どれ程経ったのか体感時間が狂い始めた頃、お知らせが流れた。
―???のテイムに成功しました。