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無為無策


耳の奥で水音が木霊した気がして閉じていた目を開けた。


けれども、目を開けても閉じても見える景色は変わらない。真っ暗だ。己が目を開けているのか閉じているのかも分からない。


どうやら、暑くて明るいところから涼しくて暗いところに移動したようだ。肌の露出した部位に触れる霧が先程よりも冷たく感じる。


温度差で風邪を引きそうだ。それに急に暗くなったために何も見えない。


ただどこからか波の音がするため、海の近くなのだということは分かった。海か。たしか海があるのは北の国と西の国の間だ。


西の砂浜は季節相応というか、特別暑くも涼しくもなかった。この場所は涼しいことだし北の国にでも転移したのだろうか。



目を瞬かせて暗闇に慣れさせる。


うすぼんやりと暗闇の中に浮き上がるものがある。私たちの目の前には白い大きな貝殻のようなものがあるようだ。


人一人くらい余裕で入れそうな大きさの貝である。貝の下側には何故か車輪が付いている。


前方には取っ手。荷車に付いていそうな取っ手とそれに結わえられた縄が見える。


なんだ、これ。貝殻型の馬車か?



他に何かないか、周囲に人はいないかと見渡したが、濃い霧と闇に阻まれてよく見えなかった。


暗さと霧のせいで視界は最悪だが、私たちをこの場所に飛ばした推定老人と矢印は近くにはいなさそうだ。声も気配も感じられない。


もし側にいるのならこの場所の説明とか、私たちを転移させた意図とか色々と説明して欲しかったが、いないのでは聞くこともできない。


視界が悪いので下手に動くこともできないし、どうしようか。



困り果てて見つめた先の白い貝が眩い光を放つ。


ちょ、目を攻撃するのはやめてください。暗闇に慣れていた目がすっごく痛い。私は目を押さえて蹲った。



『・・・・・・』


そんな私の隣でバロンが貝殻を睨みつけている。


少し前まで私の腕の中にいたはずなのに、何時の間に抜け出したのか。というか、バロンは眩しくないの?



貝殻の発光に目が慣れ始めた頃、光を放出し続けていた貝殻がゆっくりと開く。


中には人影があるようだ。霧が濃いためよく見えないが、白く長い髪が波のように畝っている気がする。


この人物が姿の見えないお爺さんの言っていたかの方だろうか。


どんな美女だろう。美女だよね?だって、貝殻の中に収まった、その立ち位置は人魚か美の女神(ヴィーナス)にしか許されないでしょ。


これで枯葉のような老人が出てきた日には非難の嵐が吹き荒れること間違いなしだ。



私は期待に弾む鼓動とともに貝殻の中の人物へ視線を送った。


貝殻の発する光はうっすらとした空のような甕覗色から深い海を思わせる藍色へと変化している。


その変化は完全に完了することなく、グラデーションを描くように白から蒼、蒼から白へと変化を繰り返している。


霧の中に広がる光の波は、まるで己が海の中にいるように錯覚させる。



周囲を覆い隠していた霧のヴェールが貝殻の周囲のみ薄くなる。中にいた人影が動いた。


『・・・・・・なんだ、お主か』



中から出てきたのは老人だ。豊かな髭と豊かな白髪が波のように畝った老人だ。


枯葉のような細腕ではなく筋肉隆々としたたくましい腕を持っているが何度見返しても老人は老人だった。美女には見えそうにない。これは炎上するな。



『ああ、お主か・・・・ちょうど良いところに』


老人は何やらバロンと知り合いの模様。バロンが珍しく、人相手に会話している。


おもちゃさんに猫のことで詰め寄った以外では初めてだ。


老人の見た目が厳粛そうで少し怖いので、下手に口を挟むようなことはせずに対応はバロンに任せてしまおう。



『この地へたどり着いた褒美に、望みの情報・・・・・・そうじゃな、探索者どもが欲している情報をくれてやろう』


『いらん。子猫の情報をよこせ』


『猫なんぞ知るか』


『なんだと?』


『渡す情報はもう決めたんじゃ。変更はせぬのじゃ』


『猫の情報以外は要らん!』



知り合いなんだよね?一人と一匹は今にも喧嘩しそうな険悪な雰囲気で睨み合っている。


ご老人、猫の情報を!なにとぞ猫の情報をお願いします!バロンがそろそろキレそうなんです。


あ、いや、でも、バロンが望む猫の情報が渡ったらそれはそれで危険か?


いや、探索者たちは解散したらしいし大丈夫か?ど、どうしよう。急募!バロンの機嫌を取る方法!



『儂は案内人気取りの彼奴を邪魔する情報が渡したいんじゃ!アレに嫌がらせさえできればそれで良いんじゃ!』


誰だか知らないけど、案内人さん、すごく嫌われてるね?何したの?



『・・・・その気持ちは分かる』


分かるんだ。謎の案内人さんはバロンからも嫌われているらしい。



『・・・・・・アレへの嫌がらせと言うのならば、今回は不問にしよう』


バロンが納得した。それほどまでに案内人さんが嫌いなのか。


バロンはあんなに浦島さんの猫探しに執着していたのに、それを一時保留にして嫌がらせに賛同するくらい案内人さんが嫌いらしい。


本当に何したの?案内人さん。



『よし!では、お主等を探索者どもの探しているあれの近くへ飛ばしてやろう』


あ、なんか話が変な方向に帰着した気がする。探索者たちが探しているものって何だろう。そして、私たちはどこに飛ばされるの。



『ついでじゃ、お主は面白いものを持っているからのぉ・・・・おまけもくれてやろう』



老人の持っていた木製の杖がこちらに向けられる。


ちょっと、まって!そう声を発する間もなく本日二度目の暗転が私たちを襲った。




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