騒音発生
磯巾着が仲間内での小競り合いに興じている内に、バロンは騒音発生機の数を減らしていく。
1、2、3、4、両手の指でも数えられないほどの頭を潰しても、もともとの数が多すぎるので変化はあまり見られない。
ちょっと櫛の歯がいくつかかけたかなぁ程度だ。脳を攻撃してくる雑音も変わらずに煩い。
どころか、蛇頭たちから発せられる音が大きくなったために耳まで痛くなってきた。
耳当てか耳栓が欲しい。街に付いたら防具屋さんで探そう。今なら法外な値段を要求されても従いそうだ。土下座も辞さない。
バロンによって頭の数を減らされた磯巾着は内輪揉めをぴたりとめた。突然の静寂に耳鳴りがする。
磯巾着もこのままでは一方的にやられるだけだと気が付いたようだ。
蛇たちはお互いに見つめ合い、中心を向いて円を描く。その様子はやはり、どう見ても磯巾着だ。
触手の間に隠れて見えるバロンは隠隈魚のよう。
しかし、バロンは隠隈魚ではなく、ゴ〇ラなので容赦なく触手を減らしていきます。頑張れ、ゴ〇ラ!
私たちは余波で死なないように、できるだけ離れて応援しているね!
理想は磯巾着の声が届かない距離だったのだが、ボスフィールドの広さが思ったよりも狭かった。
耳を押さえて待機する。そうこうするうちに、磯巾着の作戦会議も終わったようだ。
減らしても減らしても騒々しい磯巾着にうんざりしたように首を振っていたバロンへ一斉に首が向けられる。
一匹の黒猫へ注がれる何十対もの瞳。これは大技が来そうだ。私はアイギスをゆすり起こした。
そして始まる磯巾着の大合唱。
同じ曲を同じ言語で歌ってくれたらよかったのに、なぜか皆、各々好きな曲を歌っている。先程の会議は何だったのか。
ここはゲームセンターではないんだぞ。こんなに音が混じったら耳が壊れる。
ああ、アイギスが、またお空の彼方へ旅立ってしまった。置いてかないで~、アイギス~。
『じゃっかぁしいわぁ!?』
キレたバロンが殲滅のスピードを上げる。
けれども、やっぱり数が多すぎるのでゲームセンターから抜け出せない。耳が~耳が~!
数多ある頭部をちまちまと攻撃したって埒が明かない。
奴の胴体はがら空きだ。ボディに決めるのはどうだろうか。もしかしたら、この不協和音が止まるかもしれない。
私の耳はもう限界だ。耳が痛くて、耳鳴りも止まない。耳がご臨終遊ばせる前に磯巾着の大合唱を止めてほしい。
けれども、バロンに磯巾着の胴体を狙う意思はないようだ。
いつものバロンなら、叩き放題の胴体を見たら素晴らしいリズムを刻んで、ついでに、もう一回叩けるドン!くらいはやりそうなのだが、今日のバロンは執拗な顔狙いなご様子。
声の大きい者から潰すという最初の発言にこだわっているのか、それとも別に理由があるのか。
バロンの考えは私には推し量れないが、猫様のすることに異議を唱えるのも野暮だろう。
このパーティで奴とまともに戦えているのはバロンだけだし。
私は大人しく私とアイギスの耳を護って待ってよう。でも、私のお耳が限界突破する前には終わらせてね。お願いだよ。
蛇さんが一匹、蛇さんが二匹、それでも合唱は止まらない。蛇さんが三匹、蛇さんが四匹、まだまだ磯巾着は元気です。
減っていく蛇の頭を数えて気を紛らわせてみたが、耳へのダメージは減らせなかった。
諦めて空を眺める作業に移行する。燃える炎のような橙色をした空には海月のような形の雲が浮かんでいる。
その雲の色は紫色なので、ますます海月っぽい。
これで空の色が海と同じだったなら、海を泳ぐ海月と言えたのだが、茜色なので調理中の海月かスープの中の海月にしか見えない。海月のスープ食べたいなぁ。
意識をお空の彼方に飛ばしている私と意識がお空の彼方に旅立っているアイギスだが、はた目には戦闘中に危機感がなさすぎるように見えるだろう。
ゴ〇ラとギ〇ラの戦いが行われている横で呑気に見学している場合かと思うだろう。
余波で死なないように防御をしないのかと不思議がられても仕方ない状況だ。
しかし、今回に限っては問題ない。磯巾着は炎も吐くし、空を飛んで上空から攻撃もしてくる。
遠距離攻撃の手段も持っており、戦闘を見学中の私たちも普通に考えれば十分危険なのだが、今回は大丈夫なのだ。
隣を見上げる。そこには青々とした葉を茂らせた樹木が植わっていた。
磯巾着はこの木には攻撃しないようで、木の背後にいれば炎のブレスが飛んでくることも、翼で強風を起こして攻撃してくることもない。
磯巾着ってエコだったんだね。自然保護に対する意識が高いわぁ。私たちも見習わないといけない気がするよ。特にバロン。
先程バロンは磯巾着へ攻撃する際に、巻き込み事故を発生させている。
無残にも折れた木の枝に磯巾着は怒り心頭と言った様子で震えたまま動かない。
花が咲く前に蕾のまま、地面に散った薄桃色の花弁がなんとも同情を誘う。バロンさん、これは謝っといた方が良んでない?