禍福倚伏
「キャァ——アアアアッ!!ウニが——————!?」
突然の悲鳴に吃驚して背後を振り返った。
「大きなウニが!湖に!!」
雲丹?雲丹ってお寿司とかに乗ってるあの雲丹?
ここにあるのは湖で、雲丹は海に生息する生き物だった気がするが、この湖の底に雲丹がいるのだろうか。
覗きこんだ湖は燦々と耀く月の光で水底は窺えない。
ちょっと、お月様、もう少し光量を落として貰えませんか。水底に存在するらしい大きな雲丹の姿が見えないじゃありませんか。
「ルイーゼ・・・・・なにしてるの?」
アイギスの視線が冷たい。と言うかドン引きされてる気がする。
「ウニ・・・食べたい・・・・・」
大きな雲丹とか夢が広がリング。どれくらい大きいのだろうか。雲丹丼何杯分かな。
お腹すいたな。雲丹食べたいな。
『・・・・・・・・・・その雲丹は食べない方がよいぞ』
バロンにまで引かれてる?皆、雲丹好きじゃないの?
少しの間、せめて一目でも雲丹の姿が見えないかと湖を覗きこんでいたが、お月様は雲に隠れるどころか全身しっかり姿を見せて爛々と湖を照らしてくれた。
水面の反射が強くなり、底に沈んでいるであろう雲丹は影も形も見えなかった。お月様、さっきよりも光量あげてません?
諦めて湖から離れる。
アイギスやバロンは雲丹食べたさに私が湖に飛び込むんじゃないかとはらはらしていたようだが、さすがにそこまではしない。水に濡れるのは嫌だし。
水に濡れずに潜れるとしたら飛び込んだかもしれないけれど、そんなことできないので雲丹は諦めよう。
夜ご飯がはやかったから、ちょっと小腹が空いてたんだけどなぁ。雲丹食べたかったなぁ。
「おい!あっちに人工物っぽいものが見えるぞ!」
示された指を辿り、黄色い森の奥に砂色の何かを見つける。
よく見えないけれど確かに建物っぽい。
建物らしきものへ向けて歩きだす周囲に合わせて、私も足を動かす。
木々の奥に微かに覗く薄い黄色の壁は、クリーム色にも見えて空腹を増加させる。
シュークリーム食べたい。コナーファも良い。この間現実で食べたんだけど、美味しかったんだよね。また食べたいな。
『待て。彼処は駄目だ。彼処には行きたくない』
前に踏み出した足をそっと元の位置に戻す。
先に建物の方へ進んだリーダーさんたちに異変はない。特に危険があるようには感じないが、バロンの様子がおかしい。
『早く南へ行くぞ』
いや、南にいることになっている猫が心配で早く南へ行きたいようだ。
バロンに急かされて再度、湖に向き直る。
綾錦の広場では転移後、背後にあった噴水の前に立てば、別の場所への移動を選択できるパネルが表示された。
だから今回も背後にあった湖の前に立てば、パネルは表示されるのではと考えたが、どうやらそれで正解のようだ。
私の目の前には少し前にも見た移動を選択するパネルがある。選択先の表示に湖畔が増えているのを確認し、始まりの広場を選ぶ。
「ルイーゼ。帰るのか?」
私が湖の前から動かないのを不信に思ったおもちゃさんが引き返してきた。
「うん。南に行かないと・・・・・」
バロンが早くしろーと目で訴えかけてきているし。
「一番乗りの大国も見物せずにか・・・あー、ありがとな。助かったわ」
「こちらこそお世話になりました。・・・迷惑かけてごめんね。リーダーさんたちにも伝えておいてくれると嬉しい」
私とアイギスの狐暴走やバロンの猪突進とか、色々と迷惑をかけた自覚がある。
それに自分たちだけで行動していたのでは手に入れられなかった情報もたくさん教えてもらった。
「気にすんな。俺らも助かったし。また会ったときには一緒に冒険しようぜ」
「また迷惑かけると思うけど・・・・」
特にバロンの行動は私には止めることができないので、血に餓えた獣よろしく状況に関係なくモンスターに襲いかかるかもしれない。
「いーて!いーて!神話生物はそういうもんだから!イヌの人の相方も苦労してるみたいだし」
イヌの人と言うのはわんこの姿をした神話生物を連れた探索者らしい。
イヌの人の説明の時のおもちゃさんの歯切れが悪く、犬と言っても犬じゃないとかなんとか言っていたけれど、まぁ、ちょっと変わった見た目のわんこなのだろう。
ボルゾイとか初めて見ると面長すぎて少し戸惑うし、コモンドールとか犬と言うよりモップだし。伏せの状態だともう犬には見えない。
「相方さんはよく『俺の後ろに立たせるな!』って怒ってるらしい」
ゴルゴかな。わんこが背後に立っても反応するんだ。
でも、大型犬なら背後から遊んでって飛び付いてこられたら大変か。戦闘中だったら、特に危ない。
そう言えば、ゴルゴって丸刈りなのは床屋さんに行けないからなんだって。
背後に床屋さんが立つのも許容できないから自分で剃ってるとか。
凄腕の殺し屋だからナイフで超絶カットしたり、ワイヤーや糸で髪型を整えたり出来そうだけど、ナイフやワイヤーは使わないのかな。
知ってはいるけど読んだことはないから分からないや。
「だから、まぁ、気にするな」
「・・ありがとう。その時はよろしくね」
おもちゃさんはにっと笑って親指を立てた。
私は目の前に表示されたままの画面を操作し、始まりの広場へ転移する。
「またね」
水面に沈んでいくように蒼で満たされていく視界の中で、おもちゃさんが手を振っている。
それに手を振り返すうちに、視界は蒼で塗りつぶされて、次に目を開ければそこは始まりの広場だった。




