風月玄度
ひとのうごきを見るからねむくなるんだ。景色を見よう。きれいな景色を見れば目もさめるだろう。
ほら、そこに杉の木が・・・・生えてないね。いつの間にか周囲を取り囲んでいた杉の木がなくなっている。
木のないひらけた場所に出たと言うわけでもなく、後ろを振り返っても木の影も形もない。
なのに何故かどこからか桜の花びらが吹いてくる。風に遊ばれながら桃色の花弁が地面へと落ちていく。
落ちた花びらは地の中へ溶けていき、あっという間に見えなくなってしまう。
もしかしなくても、ボスフィールドに到着したのだろうか。ねむい目を擦りながら、ボスの姿を探す。
水が湧いている。透明に透き通ったきれいな水だ。
皆が固唾を飲んでボスの登場を待つ中、ただ、せせらぎの音だけがその場に響く。
清らかな湧き水に降り注ぐ月光。その青白い光がふっと翳り、色を変えていく。
勿忘草色から白、淡黄蘗、不言色、淡香、黄丹、赤、そして禍々しくも美しい蘇芳へ。
月の色とともに煌々と透明に澄んで輝いていた水に赤黒い濁りが混ざる。
こぽこぽとどす黒い水が湧いている。その水の中から更に黒い何かが湧き出でてくる。
ゴースンエルケーニッヒ Lv.18
意味は大魔王だったろうか。とりあえずおっさんではない。
ハンスを彷彿とさせるような大きさ(と言ってもハンスの5分の1程)ではあるが、おっさんではない。
「ぃよっし!」
「よっしゃぁああ!」
「良かった!ほんとうに良かった!」
思わず近くにいたおもちゃさんとハイタッチをかわす。続いてお2さん、サルミアッキさんとも。
「すべてを混沌の闇に隠し、己の肉体の壮健さを恨みたくなるような悍ましい光景を見ずにすむ・・・・」
サルミアッキさんが何を言っているのかは理解できないけれど、言いたいことはわかる。
つまり、ハンスの二の舞はごめんだってことだよね?大丈夫だよ。だって今度のボスはハンスと違って筋肉質なおっさんではない。
たとえメタモルフォーゼしても、あそこまでひどい結果にはならないよ。ミニスカはいてもとび出すのはもふもふな足か尾っぽくらいだよ。
大魔王は真っ黒な大きな翼を持ち、真っ赤なお面の鼻は長く、手に持った羽団扇は翼と同じように黒々としている。
大魔王?いや、どこからどうみてもこれは鴉天狗だろう。修行僧?山伏?のような服装で右手に錫杖、左手に羽団扇を持っている。
その様はまさに鴉天狗の具現化そのもののようだ。
「東が日本妖怪ってのは確定っぽいな」
「これは日本ワンチャン・・・・・」
ウォトカさんとリーダーさんが何か真剣に話し合っている。日本が何とか。お父さんも加わり、侃々諤々とした様子だ。
それにしても、誰も大魔王の顕現パフォーマンスを見ていないな。
ボスが出現するときには荘厳な演出と格好いいモーションとともに出てくることが多いが、
大魔王の見た目を確認した途端に各々、大魔王に背を向けて歓喜のハイタッチや話し合いに移行してしまったため、誰も大魔王の格好いいポーズをみていない。
筋肉さんにいたってはハイタッチにも話し合いにも参加していないが、みずからのポージングに夢中なため論外である。
誰も見ていない中、格好いい登場を決めた大魔王は天狗の団扇をひと振りして雷雲を呼び寄せる。
背後で鳴り響いた稲妻に全員一斉に振り返った。
「なんかあいつ怒ってね?」
吃驚して眠気が吹き飛んだ。大魔王の登場前には大分眠気もなくなっていたけれど、先程の雷鳴によって微睡みの余韻ごとすべて吹き飛んでいった。
心臓に悪い目覚ましだ。もっと優しく起こしてよ。
冴えきった眼で睨んだ大魔王は、私以上に据わった目で此方を睨めつけている。
その目元には気のせいか、きらりと光る何かが見える。あっ、え?なんかごめんね?
そうだよね、せっかくの登場を誰も見てくれないとか悲しいよね。えーと、許してニャン☆
はい、二度目の落雷です。大魔王はがち切れしているようだ。背後に雷背負ってるよ。
「始まるよ!みんな気を引き締めて!」
「おう!」
おもちゃさんとよろしくしてたアイギスが私の前に位置取りをする。私は改めて後ろに下がる。
リーダーさんも私と同じ位置まで下がってきた。反対におもちゃさんとお2さんは前に出る。
「遠距離攻撃あるかもしれない。落雷に気をつけて」
「はい」
大魔王の背後で轟く稲妻が後衛の私たちに落とされる危険性がある。稲妻の動きにも注意しておこう。
先陣を切るのはバロンだ。雷よりもなお速く大魔王へ接近し、横っ面に峻烈な猫パンチを食らわせる。
泣きっ面に蜂ならぬ泣きっ面に猫である。すごく痛そう。大魔王は泣いても良い。いや、もう泣いてたか。




