国の名は。
ところ変わって、南の高台にやってきました。
南の高台は最初の広場から冒険者ギルド側へ進んだ先にある南門を出て直ぐのフィールド。冒険者ギルドからそのまま運河を下り、街の外に出てきた形である。
これからの冒険に胸を膨らませて門を出る。そして戻る。
「・・・・・」
予想以上にフィールドが暑かった。腕の中の耐寒性抜群な猫様は耐熱性においてはマイナスである。一瞬で毛皮に触れた腕に汗が吹き出た。
不快度指数100である。こんなに暑いだなんて、この先は灼熱地獄にでも続いているのだろうか。
南にはそこはかとなく暑いイメージがある。きっと南が特別暑いのだろう。
気を取り直して別の場所に行こう。
涼しそうなのは北だろうか。先程の暑さを早く忘れたいし、北に行こうか。
いや、しかし、北のフィールドは確か「北の沼地」。冒険者ギルドで確認した地形では、東が草原、南は高台、西は砂浜、そして北が沼地である。
つまり泥と水の地形である。自慢の毛皮が汚れるなんて考えたくもない。やめよう。
残るは東と西。とりあえず東の草原に行ってみよう。
運河に戻り、船に乗せてもらう。広場のそばから続く運河は街の城壁近くまで流れている。
町中の移動はこの運河を使った方が早い。広場や門の傍、主要な施設の前に船守が待機しており、お金を渡せば目的地まで運んでくれる。
船はモーターボートのように自動で進み、思ったよりも早い。仕組みは不明。
たぶん魔道具とかかな。例のアレとは違うはず。船の下に飛沫で分かりづらいが魔法陣らしきものが見える気がする。
船から眺める街並みも美しい。
鳥曇りの空を写したかのような屋根の下に白く縁取られたいくつもの窓。その窓の枠を彩るように風信子の花が咲いている。
窓辺に置かれた硝子の中を揺蕩う球根から神楽鈴に似た形の花が天へ伸びている。
この国は花が多い。広場も花に溢れていたし、ギルドのカウンターでは花泪夫藍の花が揺れていた。今も風信子が咲きほころんでいる。
クロウさんはこの国には取り柄がないと言っていたけれど、こんなに綺麗な街並みなのだ。これは取り柄と言えるのではないだろうか。
花の国として売りに出してみるのも良いと思う。花の国アン・・・・・
あれ、この国の名前・・・かんs、じゃなくて、えーと。大丈夫、覚えてる。覚えてるから、想像上のクロウさん悲しそうにこっちを見ないでください。今はちょっと出てこないだけなんです。
アン・・・何だっけ?アンデ・・・・・
「アンデジェスチョンってさぁ――」
そう、アンデジェスチョン!
「胃痛って意味だよな」
胃痛?
「あ?そうなの?」
「そうそう、確かフランス語で胃痛って意味だぜ」
「まじかよ、信じらんねぇ。普通そんな名前付けるかぁ~?」
「だよな~」
通りを歩いていた探索者のすれ違いざまの会話が私の思考に割り込んでくる。
今、一瞬名前が出たのに。脳内が胃痛という単語で満たされて他の名前が出てきそうにない。なんということをしてくれたのでしょう。こんな所でとんでもない会話を繰り広げないでほしい。
いや、彼らに罪はない。悪いのは運営だ。
なんで、そんな、名前を、付けたのか。もっとまともな名前はなかったのか。緩衝材扱いと言い運営の悪ふざけが伺える。
胃痛国の苦労さん・・・違う、アン何とかのクロウさんだ。間違って覚えてはいけない。
どうしよう。頭の中でクロウさんが胃の痛そうな笑顔で手を振っている。
この後、もし広場で会ったら気まずいぞ。
東西南北の門はそれぞれ広場で交差する大通りで繋がっている。広場を経由して各門へ移動するのが分かりやすい。運河を使う場合には広場で船を乗り換えることが多い。
しかし、広場にはクロウさんがいる可能性がある。
よし、別の道で行こう。広場を通らなくても東門に行けるはずだ。運河には支流もたくさんあった。どれかは東門に繋がるだろう。
「おじさん、広場を通らずに東門に行けますか?」
「ん?おう、行けるぞ」
良かった。行けそうだ。
「お嬢ちゃんは運がいい。若ぇ奴なんかだと本流以外は迷いやがる。俺ぁベテランだからな、安心して任せとけ」
やはり迷うこともあるのか。おじさんの船に乗れたのは幸運だった。