口禍之元
「・・・従魔って死に戻るの?」
「戻るぞ。主人が生きてるときは主人の側に、主人と死んだ時は一緒に最後に潜った門のそばに死に戻りするぞ」
良かった。従魔も死んだら終わりという訳ではなくて。
アイギスのスキル欄を見せてもらって、たぶん大丈夫だとは思っていたけれど確信は持てていなかった。
もしもの時はアイギスだけでも逃がさなければと考えていたが、一緒に死に戻ることができるらしい。良かった。
「で、件の探索者は死に戻った瞬間に元従魔に攻撃されて、再度死に戻ってる間に逃げられたらしいぞ」
「それは従魔を大切にしなかった、その人の自業自得だね」
「せやな」
私たちには関係のない話だろう。信頼関係はばっちりだし。そうだよね、バロン、アイギス。
名前を呼ばれたアイギスは頭上で身じろぎによって返事をしてくれたけれど、バロンは一瞥をくれただけで他に反応はもらえなかった。
猫だもの。人の話なんか無視するよね。知ってた。
「・・・猫だから言うこと聞かないのか、神話生物だから言うこと聞かないのか、判断の難しいところだな。猫の従魔を他に聞かないし」
「猫って珍しいの?」
街中で猫を見かけることもあった気がするけれど、従魔としての猫は珍しいのだろうか。
他所の猫を見つめているとバロンが凝視してくるから、きちんと観察したことがないのだ。
猫って他所の猫を触ると吃驚するぐらい怒るし、バロンも怒りそうだから他の猫は見て見ぬふりを心掛けている。
だって、バロンてば穴が開くんじゃないかってくらいじっと見てくるし、気になっても観察なんてできない。
識別も見つめないと使えないため、使用したことがない。そもそも街中での使用は誤って人に使ってしまったら申し訳ないので控えているしなぁ。
「俺が知る限りでは、今のとこ、猫のモンスターは日本探索組が必死に叩いてるボス猫くらいだなぁ」
『それは——』
猫のボスモンスターもいるんだ。猫とは闘いづらいな。そう思っていた、その時、私たちの会話に割り込むようにバロンが現れた。
『猫をいじめる集団がいると言うことか!?』
「ぅわ!?」
それまでは私の隣に残像を残しながらフィールドを駆け巡っていたのに、突然、前方を遮るように現れたバロンにおもちゃさんが飛びのくように驚いている。
私たちを先導していたおもちゃさんは、そのまま私の背後に回り、隠れるように身を縮こまらせた。
体格差的に大部分がはみ出ていると思うけど、バロンもおもちゃさんも気にならないみたいだ。
いや、バロンは気にしているかもしれない。無言のまま、私の陰に隠れるおもちゃさんを見つめ続けている。
その瞳孔が獲物を見つめる時のように開いていて、少し緊張する。
「えーと?バロン、落ち着いて?急にどうしたの?」
『猫に無体を働く狼藉者がいるのだぞ!?黙ってはおれん!!』
猫が傷つけられて怒っているようだ。バロン、猫大好きだったのか。今まで敵に猫はいなかったから知らなかった。
街中の猫にはそこまで反応してなかったのに。でも、街中で猫をいじめる人なんて見かけなかったから、それで反応しなかったのかも。
言われてみれば街で猫を見かけた時のバロンの目は優しかったような?いや、気のせいか?なんか猫によって反応が違ったような・・・。
『どこにおるのだっ、その不逞の輩は!?』
考えている内にバロンがおもちゃさんに詰め寄っている。その勢いは件の集団の居場所を聞いた瞬間に飛んでいき、すぐさま殺戮しそうだ。
まずい、このままではバロンが他の探索者を攻撃してしまうかもしれない。
従魔の暴走は主人の責任となると冒険者ギルドで聞いている。このままバロンを止められなかったら私、プレーヤーキラーになってしまう。
プレーヤーキラー、通称PKとはオンラインゲームにおいて他のプレイヤーを攻撃するプレイヤーを指す言葉である。
ゲームによってはフィールドでの死亡時にアイテムを落とすことがあり、そのアイテムを狙って行うものや対人戦闘に魅入られたもの、人を攻撃するスリルを味わいたいものなど目的は様々だ。
多くのゲームにおいてPK行為には何かしらのデメリットが設けられている。
たとえば街での買い物が割高になるとか、取引を拒否されるとか、そもそも街に入れてもらえなくなるとか。
デメリットを設けることでPK行為を抑制しようと言う運営側の狙いだろう。
ゲームによっては行為自体ができないように制限されていたり、PKを行えるサーバーと行えないサーバーを用意し棲み分けを行っているものもある。
PK行為はオンラインゲームにおける迷惑行為の一つにも数えられるのだ。
まぁ、味方のふりして近づいてきて、殺してアイテムを奪い取るとか普通に怖いし嫌だ。
殺してでも奪い取るは倫理的に危険な思考だ。戦闘狂の人たちには申し訳ないけれども、あまり賛同したくない行為である。