生々流転
無理矢理にこじ開けた眼に映るのは宙を飛ぶ巨人——
お、親方ぁ空から変態がぁ!なん、え、なんで!?巨人が空を飛んでるの!?天高く舞い上がる巨体に理解が追い付かない。
なぜ、バロンと巨人、明らかに重いのは巨人の方だ。普通、ぶつかって吹き飛ばされるのは体重が軽い方じゃないのか。
空から落ちてくる巨人を呆然と眺めていると、黒い影が巨人に襲い掛かりアッパーカットをきめた。
バロンである。特に傷を負った様子もなく達者な様子だ。良かった。
バロンのアッパーカットにより、またしても吹っ飛ばされた巨人は轟音をとどろかせながら地面を滑っていく。
その際に考慮されなかったスカートがとんでもないことになって、とんでもないものを晒してくれた。あ、白。
今すぐ記憶を消去したくなった私とは異なり、バロンは巨人の醜態を気にすることなく攻撃の手を緩めない。
巨人の顔を往復ビンタで変形させて、整形を試みているようだ。ナイスです、バロンさん。そのまま何とか美少女顔に押し込めてください。
それが無理なら、せめて顔の判別ができないように殴りまくってください。
別におじさんでも少年でも女装したければすれば良いと思うけれど、最低限の身だしなみとして他人から見て見苦しくないように身なりは整えてほしい。
ひらひら甘ロリミニスカートは年をとってから着るものではない。
「ヒっ」
バロンの猛攻から逃れようともがいた巨人が右手で地面を引っかき左手で大地を叩いている。
両足は地面を何度も蹴り上げ、その度に大地が揺れて立っていることもままならない状態だ。
気絶中のアイギスが地面に打ち付けられないように両手でしっかりと抱き込んで、倒れないように必死に踏んばる。
「——っ」
ふっと、地面をのたうちまわる巨人と目が、あった。相変わらず血走った眼差し。
しかし、それだけでなく、その顔はバロンの攻撃によって切れた口の端から血が滴り、目の上や額に蒼々とした瘤ができ、やばさが増している。
今までダメージを負っても、敵も味方も見た目に変化はなかったのに。
傷だらけの巨人の形相はお岩さん・・・いや、ちがう、でも、自らの作り出した池により濡れたざんばら髪が顔に張り付いている様はどうみてもそっち系だ。
「っあ」
目のあった巨人は獲物を見つけたと言うように、にたりと笑い、バロンの猛攻も無視して此方に向けてにじり寄ってくる。
ずり、ずり、ずりと血塗れのハンスの巨体が此方に這い寄って——
『不心得者が』
冴え冴えとしたバロンの声とともに此方に迫っていた巨体が大きく傾ぐ。
ハンスはその場で両手両足を丸めて蹲り、光の粒子に包まれていく。巨大な体が光となって空気に溶けていき、完全に消える直前に断末魔の叫び声が辺り一体に響いた。
フックラハギ—————っ!
え、何!?ふくらはぎ!?つったの?そんな格好で動くからでしょ!?
冷静な私ならそうつっこんだだろうけれど、恐怖心に苛まれた私は呆然と消えていく巨人を眺め続けることしかできない。
ボスを倒したことで特殊フィールドを抜けたらしく、巨人により作られた山や川がゆっくりと平らにならされていく。
湖を満たしていた水が地面へと染み込んでいき、岩肌をさらしていた地面を白詰草やダンデライオンの緑が覆っていく。
もの○け姫のシシ神様が歩いた後のように急速に植物が成長し、花が咲き、木が生えていく。
はっと息を飲む間に寒々しい大地が命溢れる森林へと様変わりしていた。
けれど、そんな現実離れした神秘的な光景も今の私にはどこか遠い世界の出来事できちんと認識できない。
ただただ無心でバロンの美しい毛並みを見つめ続ける私の耳を誰かの声が通りすぎていく。
「おーい!そんなとこでボーとしてると危ないぞー!」
聞いたことのない男の人の声だ。ほぼ反射的に視線を向ければ此方にむかって手を振る若い男性の姿が見えた。服装、もろもろからして探索者だ。
「・・・三人だけか?・・・・なんにせよ、ここはモンスターも出るから早く移動した方が良いぞ」
他の仲間は死に戻ったのか?小さな声で何か呟いた気がしたけれど、それを気にするだけの心の余裕はなかった。
「・・・・大丈夫か?」
男の人はしゃがんで下から私の顔を覗き込みながら聞いてくる。
幻覚じゃない、確かにそこにいる第三者の存在に、第三者を排するボスフィールドから抜け出したことに、ひどく安堵した私は——
「うわぁ————ん!!ぅう゛え゛———ん!!」
号泣した。