宇宙ゴミクズ科学B
二浪の末に大学生となった二路・兎は感染病が収まって、初めての授業を大学に受けに行くことになった。
時期は10月の頭であった。つまるところ後期に当たるタームの初日である。
その大学の名は国立老忍するなよ学園。
名前に大学という文字もなく、もはや大学ですらないかもしれない。
すなわち学園と呼ぶにふさわしい御勉強処への初めての登校。
登校前の電車から兎は興奮を隠せない様子だった。
「老忍するなよ学園、あの学び舎で、僕はどんなことを学んで行くんだろう」
そう、一人こぼした。
側から見れば、未来への希望に満ち溢れた新入生のようだ。
しかし、兎は前期に単位を落としまくっている。
なにせ二浪。兎のオツムは常人の1%に満たないのだ。
勉強が何よりも嫌いな兎がそんな抜けた発言をしたのは、二浪もして得た学園へのレインボーパスを神格化し、学園の正門をくぐる事に自身の全ての希望をあてがったからかもしれない。
「今日の一限は、えっと……。あ、宇宙ゴミクズ科学Bだ!楽しみだな〜」
一限の教科すら把握していないようだ。
兎が呑気に大嘘を垂れている間に、ようやく学園の最寄駅についた。
電車から降りた兎が初めに行ったのは写真撮影だった。
幾年憧れたその駅のホームを、人目も憚らず撮り始める。
そして、よく分からないSNSを意気揚々と開き、駅のホームの写真と共に「私が来た」という意味不明な言葉を添え投稿した。
もちろん、いいねは0。よくないのである。
最早、憧れた駅のホームの段階で気持ち良くなってしまったのか、気色の悪いポエムも続けざまにSNSへ投稿した。
そして独り言ちる。
「あー、この時のために俺は生きていたんだなぁ」
むしろその時のためにしか生きていないという事に気付かない兎は、時間もいい頃だと思ったのか学園へと向かった。
(中略)
正門をくぐった兎の様子は割愛させてもらう。
怖いもの見たさという言葉はあるが、汚いもの見たさという言葉はない。
人は、面白いものは当たり前のように見るだろう。
怖いものも人によっては見たいだろう。
汚いものは当たり前のように見ないだろう。
つまりはそういう事である。
予想できた事だが、正門をくぐったあたりから兎の様子はおかしくなっていった。
「c塔ってどこの建物だよ……クソ、帰りてぇ」
先ほどまでのやる気はどこにいったのか。
最早、やる気の霧散した兎に残っているのは怠惰なる欲求だけだった。
そこからかなり時間がかかり、兎は宇宙ゴミクズ科学Bが始まるギリギリの時間にようやく目的の塔についた。
「えーっと、席はなるべく後ろの方……。できれば、一番後ろで人に紛れこめる位置……どこかな」
教室は前と後方が埋まっているという状況だった。
兎の望む席はかろうじて残っていて、安心した兎は隣の席の人の顔も確認せずに腰を落ち着けた。
(ふぅ、やっと着いたよ。さて、どんな退屈な授業が始まるんだろ……やだなぁ)
実を言えば、兎は前期に宇宙ゴミクズ科学Aを履修しており、点数は単位取得にギリギリの60点だった。
コリもせずに履修するその心意気は果たして純粋な学問への探究心からか、前期の腹いせによるものか、前期の惨状を既に忘れてしまったためか、はたまた、AB両方とるとお得な気がしたためか。
取り出した筆箱からシャーペンを鼻と唇の間に乗せ、両腕を後頭部にあて思い切り体を反らす奇行をしているうちに兎は隣の席の人間にようやく気付いた。
そこに座っていたのは、少し茶色の入ったロングの黒髪の持ち主だった。女である。
流れるような黒髪に加え、前方を見据える凛とした眼差し。控えめな服装ではあるが、垣間見える洒落感が兎をドキッとさせる。
兎は隣に人が座っていて、尚且つ女だった事に動揺した。
そして動物園の檻に人間のメスが収容されているのを、目撃したかのような目つきでその女を見つめた。
ネットリとした熱視線だったために女もすぐに気付いた。
身の危険を感じたのか、同時に女は自らを守るように両手を交差させた。
そして兎に問いかける。
「あ、あなた。なんで私を見つめているわけ?」
「そこに、君がいたからだ……」
二人の間に重く積もった静寂が張り詰める。
兎は表情を崩さなかった。
崩せなかった。
あ、あれ。俺何言ってんだろ。あれれ?馬鹿なのか俺は!みたいなことを考えているのだろう。
内心は大焦りだった。
しかし放った言葉は返らず、気まずい空気が晴れる様子はなかった。
しかし、女は「え、な、何こいつ。キッショ〜死ねよまじで」という顔で兎を見つめていたが本当にそんなことを思っているわけでもないようだった。
「意味が分からなかったから、ちゃんと説明してもらえる?」
長く続いた沈黙の後、女は兎にそう返事をした。純粋に兎の態度について考えていただけのようだ。
兎は危機は去ったと胸をなでおろし、ちゃんと弁解をしようと、謝罪初めの「ご」まで言いかかったが
「よし、授業始めますよー」という教授の言葉に全てかき消されてしまった。
「あ……」
女は兎の返事より授業の方が大事と言わんばかりに兎の方から教授へと視線をすーっと逸らしていった。
そして退屈(偏見)な授業が始まったのだった。
授業聞いてないから続きかけないお。